平成1730日目

平成5年10月3日(日)

1993/10/03

【ロシア・エリツィン大統領】モスクワに非常事態を宣言

エリツィン大統領の議会解散と最高会議ビルの封鎖に反対する群衆約2万人が3日、同ビルに押し掛け、これを阻止しようとする内務省部隊が威嚇射撃するなど激しく衝突、一部で銃撃戦が発生するなどして少なくとも2人が死亡、多数の負傷者が出た。これに対しエリツィン大統領はモスクワ市に非常事態を宣言、即時実施し、最高会議ビル周辺を占拠した議会側を実力で排除する構えをみせており、ロシア政局は、双方の大規模な武力衝突の可能性をはらむ重大な局面に入った。

最高会議ビルをほじめ、隣接するモスクワ市庁舎、ミール・ホテルなど周辺はすべて反大統領派で占拠され、大統領側の部隊は大きく後退し、手がつけられない状態になっている。ルツコイ大統領代行、ハズブラートフ議長は、大統領による非常事態宣言の直後、国民と軍に向けて声明を発表「祖国にとって決定的な時が来た」と、反大統領側に立って徹底抗戦するよう訴えた。

最高会議ビルには午後3時(日本時間同9時)、オクチャブリスカヤ広場で集会を開いた反大統領派の群衆が警備陣の封鎖網を破って続々と到着、ビル前を装甲車で封鎖していた内務省部隊と激しく衝突を繰り返した。内務省部隊は威嚇発砲で応じたが、2万人を超す群衆は封鎖を突破した。

ルツコイ「大統領代行」は、群衆に市庁舎、オスタンキノ・テレビへの攻撃を呼び掛け、武装した市民が市庁舎に突入、タス通信によると、この際の銃撃戦で内務省兵士2人が死亡、多数の負傷者が出たもようだ。

群衆は、内務省部隊の装甲車、輸送車を奪い、議会側によると、内務省特殊部隊のうち4−500人が大統領側から議会側に寝返った。また群衆が奪った装甲車1台が赤旗を立て、オスタンキノ・テレビの攻撃にも向かった。最高会議ビル周辺は夜に入っても群衆が去らず、時々銃声らしい音が聞こえている。

ロシア正教会の仲介で始まった大統領側と議会側の交渉は3日未明中断した後、再開されたが、フィラトフ大統領府長官は「交渉は終わりだ」と語り、決裂したことを明らかにし、大詰めの妥協工作も失敗した。ハズブラートフ議長は同日夜、議会の演説で「クレムリンも占拠しなければならない」と実力で政権を奪う方針を強調した。《共同通信》

反大統領派と内務省軍との武力衝突で流血の惨事となり非常事態令が宣言されたモスクワでは、3日夜(日本時間4日未明)、議会側武装市民らが国営オスタンキノ・テレビを攻撃し、一時占拠するなど主要報道機関の奪取を図り、同テレビ前では激しい市街戦を展開した。国家非常事態委員会スポークスマンによると、3日の衝突で少なくとも21人が死亡した。100人以上が負傷したが、死傷者はさらに増えることもあり得る。

これに対しエリツィン大統領はモスクワ周辺のタマンスカヤ機甲師団など3師団に出動を命令、部隊の一部が市内に入り、オスタンキノ・テレビを奪還するなど反撃に出ており、ルツコイ「大統領代行」ら議会側が立てこもる最高会議ビルや占拠した市庁舎などを包囲する態勢を整えている。

大統領は3日夜「内戦を起こした努力は敗北する。間もなく首都の秩序を回復し勝利する」との国民に向けた声明を発表。さらに副大統領の職務を停止させていたルツコイ「大統領代行」を正式に解任するとともに、大統領が辞任、死亡するなどして職務を執行できなくなった場合、チェルムイルジン首相を大統領代行にするとの大統領令を出した。

最高会議ビル周辺には4日未明(同日早朝)も、反大統領派の群衆約4000人が周辺にバリケードを作るなど大統領側の実力行使に備えている。

タス通信によると、大統領報道部は3日夜、ロシア全土の軍管区司令官が大統領とグラチョフ国防相に忠誠を誓ったと発表、反大統領側の武力抵抗を抑え込む自信を示した。タス通信によると、装甲兵員輸送車30台が首都中心部に向かうのが目撃された。モスクワから南西に70キロの所に駐屯しているカンテミーロフスカヤ戦車師団の所属とみられる。

議会側の武装グループは3日夜からオスタンキノ・テレビ、モスクワ放送、タス通信など主要報道機関を次々に襲撃し占拠を図った。しかしその約2時間後、大統領側の部隊が反撃に出、オスタンキノ・テレビ局前で再び激しい銃撃戦の末、奪い返した。最高会議ビル内では議会側に寝返った内務省部隊を含め約1000人が武装して立てこもっているといわれる。

一方、クレムリン周辺では大統領派市民らがバリケードを作り、守りを固めた。《共同通信》



【世界柔道】田村亮子選手、園田隆二選手が初優勝

“YAWARA”と新鋭園田が世界の頂点に—。3日、カナダ・ハミルトンで行われた世界柔道選手権最終日で、女子48キロ級の田村亮子選手(18)=福岡工大付高=が初優勝し、日本選手で男女を通じて最年少の世界チャンピオンに輝いた。男子60キロ級の園田隆二選手(20)=明大=も初優勝した。

田村は1回戦から順調に勝ち進んだ。決勝では李愛(中国)角を判定で下して念願のタイトルをつかみ、昨年のバルセロナ五輪で銀メダルにとどまった無念を晴らした。日本女子の優勝は1984年大会(ウィーン)の秋の山口香以来9年ぶりで2人目。

世界選手権初出場の園田はしり上がりに調子を出し、決勝でバルセロナ五輪金メダルのナジム・グセイノフ(アルバイジャン)に優勢勝ちした。男子無差別級で史上初の4連覇を目指した小川直也選手(25)=日本中央競馬会=は準決勝で敗れ、3位にとどまった。《共同通信》

【全日本学生柔道】篠原信一選手が初優勝

体重無差別の学生日本一を決める第45回全日本学生柔道選手権最終日、同第7回女子選手権は3日、東京・日本武道館で行われ、男子は篠原信一(天理大)が初制覇、女子は増田仁子(竜谷大)が2年連続2度目の優勝を果たした。

篠原は、準決勝で全日本学生体重別選手権95キロ超級覇者の真喜志慶治(天理大)を判定で破って勢いに乗り、決勝では開始直後に左大外刈りを鮮やかに決めて武村雄太(近大)に一本勝ちした。増田は堅実な試合運びで順調に勝ち上がり、決勝では一年生の吉田早希(筑波大)を背負い投げの一本勝ちで仕留めた。《共同通信》

【細川護熙首相】水田を視察

細川首相は3日、冷害で戦後最悪の凶作となっている東北地方の福島県を訪れ、伊達郡川俣町と福島市の水田地帯を視察した。首相は「深刻さを改めて認識した。政府としてできる限りのことをしていきたい」と述べ、先月30日に決定した8項目対策の早急な実現を約束した。

2ヶ所の視察では多くの地元農民が首相を出迎え、被害の厳しさを訴えた。農民の一人から色紙を渡されサインを求められた首相は「農魂」と記入。帰京後、秘書官を通じ「その場で考えた言葉だ。農民魂で、天災に負けず不屈の精神で頑張ってほしいという気持ちだ」と説明した。《共同通信》

【細川護熙首相】マレーシア・マハティール首相と会談

細川首相は3日夜、東京・元赤坂の迎賓館和風別館で、マレーシアのマハティール首相と夕食を共にしながら懇談した。両首脳が会うのは初めて。

この中で、マハティール首相が、特に投資、貿易面で日本との関係を一層強化したいと述べたのに対し、細川首相も両国関係推進で従来の緊密な関係を継承していくことを表明した。また、マハティール首相は日本への留学生派遣の拡大を要望。細川首相は「その推進のため、何ができるか考えてみたい」と前向きの意向を示した。

マハティール首相は、細川首相のマレーシア訪問を招請、細川首相も「アジア訪問の機会があれば早期に訪問したい」と述べた。

細川首相が経済改革など三つの改革に着手していることを説明したところ、マハティール首相は「日本の改革に関心を払っている。特に日本の経済の回復はマーレーシアに直接影響を及ぼすので大きな関心を持っている」との認識を示した。《共同通信》

【中国・江沢民総書記】市場経済の枠組み制定へ

3日の新華社電によると、中国の江沢民・共産党総書記(国家主席)は9月末、広州で行った重要演説で、時機を逃さず改革・開放を推進するため「社会主義市場経済の全体的枠組み」の制定を急ぐ必要性を強調した。

政府筋によると、この枠組みは市場経済化への具体的な戦略を網羅した綱領的文書で、来年の制定を目指し起草作業が行われているが、中国指導者が文書の重要性について具体的に言及したのは初めて。

江総書記は「先富」(一部の人や地域が先に豊かになること)を認めながらも「最終的にはともに豊かになる」として、長期的には個人や地域の収入格差の縮小に努める必要性を指摘。この方針は資本主義国とは異なる「社会主義市場経済」の独自性として「枠組み」に盛り込まれる可能性が強い。

江総書記は、経済過熱などの問題は改革・開放を深化させることで解出していくべきだ、として「国民経済が引き続き、速く、健全な発展をするよう促進する」と強調している。《共同通信》

【カンボジアPKO】派遣部隊が解散

カンボジアでの5カ月余にわたる国連平和維持活動(PKO)を終えて帰国した陸上自衛隊第二次派遣施設大隊(石下義夫大隊長、600人)の大隊旗返還式が3日、北海道恵庭市の陸上自衛隊南恵庭駐屯地で行われた。北部方面隊を中心に編成された同大隊はこれで正式に解散し、隊員は通常勤務に戻る。

返還式には派遣隊員と関係者ら約1000人が出席し、石下大隊長が帰国報告。中西啓介防衛庁長官が「諸君の活躍はわが国の人的側面での国際貢献として歴史的な意義があり、国連や世界各国から高い評価を受けている」と隊員の労をねぎらい、細川首相からの表彰状を部隊に贈呈。続いて大隊旗が長官に返還された。

第二次大隊は昨年9月に派遣された第一次大隊(中部方面隊を中心に編成)の後を引き継いで、今年3−4月にかけてカンボジア入りし、道路補修などに当たった。しかし日本人のボランティアや文民警察官が殺害されるなど治安が悪化したため、翌月の総選挙では投票所の「巡回」などの選挙支授業務も担当。9月中旬から下旬にかけ、二陣に分けて帰国した。《共同通信》

【法務省】退去強制トップは韓国人

法務省が3日付で発表した入管難民法(出入国管理及び難民認定法)違反外国人の集中摘発の集計によると、退去強制となった外国人は3058人(男性2074人、女性984人)で、韓国人が一番多かった。集中摘発は6、7月に東京、大阪、名古屋、仙台の各地方入国管理局で、住民から苦情が寄せられているケースや売春、偽変造旅券・査証など悪質な事案に重点を置き、実施された。

それによると、退去強制となったうち8割以上の2572人(男性1800人、女性772人)が不法就労者。建設作業現場や金属材料製造加工業、ゴム・プラスチック製造業など中小企業の多い地域への不法就労者の集中傾向が依然として続いている。不法就労の男性は韓国がトップで、次いでマレーシア、イランなどの順。職種は工員と建設作業者で全体の7割以上を占めている。女性はタイが最多で、次いでマレーシア、韓国の順。ホステスが4割近くと最も多いが、工員、皿洗い、雑役・清掃者なども増えている。

退去強制となった者全体の国籍別では、韓国が671人と最も多く、次いでマレーシア570人、タイ564人など。居住地は東京が一番多く、2位が大阪、3位が神奈川と千葉で、首都圏や東海道ベルト地帯を中心に24都府県に及んでいる。《共同通信》



10月3日のできごと