平成1712日目・敬老の日

平成5年9月15日(水)

1993/09/15

【ボクシング・辰吉丈一郎選手】「網膜剥離」であることが明らかに

世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級暫定王者、辰吉丈一郎(大阪帝拳)の選手生命が危機を迎えた。大阪帝拳ジムの吉井清会長は15日、大阪府守口市のホテルで記者会見をし、辰吉の左目に異常が見つかったため11月25日に予定していた王者辺丁一(韓国)との統一タイトルマッチ(大阪城ホール)を中止、王座を返上すると発表した。

辰吉の病名は「左目の網膜剥離」。症状としては軽いが手術が必要で2、3週間の入院を要するという。日本ボクシングコミッション(JBC)では網膜剥離になった選手は試合をできないことになっており、選手生活を継続する最大の危機に立たされた。

関西医大の宇山昌延教授によると、辰吉は9日、「左目の視野が少し暗い」と訴えた。守口市の同大学の病院で診察を受け、網膜剥離の診断を受けた。辰吉は、一昨年12月にも同じ左目に網膜裂孔を生じ、手術を受けた。剥離の部位は前回とは別の場所。14日に入院した辰吉は、来週早々にも手術を受ける予定になっている。《共同通信》



【大相撲秋場所】4日目

大相撲秋場所4日目(15日・両国国技館)横綱、大関陣はそろって勝ち、安泰の土俵だった。横綱曙は元気な小結貴闘力をはたき込み、土つかずの4連勝。新大関の若ノ花も栃乃和歌を寄り切って4戦全勝。最年少横綱昇進を目指す貴ノ花は、琴富士を下して3勝1敗とした。関脇貴ノ浪は好調の大善を破って4連勝。しかし、関脇武蔵丸は初黒星を喫し、関脇琴錦は2日目から3連敗となった。十両の全勝は浜ノ島、琴ケ梅、大日岳の3人。《共同通信》

【羽田孜外相】タイ首脳と会談

タイを訪問した羽田孜外相は15日午前、チュアン首相、プラソン外相とそれぞれ会談した。一連の会談では両国のパートナーシップを確立し、カンボジアの復興、ミャンマーの民主化、インドシナ開発などで協力していくことで一致した。

外相会談でプラソン外相はカンボジア新政府発足後のポルポト派への対応について、ポト派が主張する①政府の顧問としての参加②国軍への参加ーが、すべての関係者の協議で受け入れられるよう期待を表明した。《共同通信》

【羽田孜外相】UNTAC・明石代表と会談

カンボジアを訪問した羽田外相は15日夕、プノンペンの国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)本部で明石代表と会談した。この中で外相は、日本の今後の国連平和維持活動(PKO)参加について「アジアにとどまらず、検討すべきだ。日本国内で許容される範囲で貢献することが大事だ」と述べ、憲法の許す範囲で積極的に参加していく考えを明らかにした。

明石代表はカンボジアでの日本のPKO活動を高く評価するとともに、カンボジア新政府が抱える財政赤字について「解決に向かっており、2、3年すれば独り立ちできるだろう」と楽観的見通しを述べた。その後、羽田外相はプノンペン市内のホテルで開かれた今川駐カンボジア大使主催の夕食会であいさつし、細川新政権としては①政治、経済面での自助努力への支援②アンコールワット遺跡の保存、修復への協力③人的資源の開発への協力―など多方面にわたり、カンボジアの復興に協力していく方針を表明した。

これを前に外相は南部の港湾都市シアヌークビルを訪れ、PKOの任務を終え、帰国準備を進めている自衛隊のカンボジア第二次派遣施設大隊員150人を慰労した。外相は施設大隊が建設したコンテナヤードで、整列して迎えた隊員を前にあいさつ。「皆さんはカンボジア国民の心にいろんなものを残してくれた。日本とカンボジアの新しい架け橋になったことと思う」と賛辞を贈った。《共同通信》

【カンボジア】立憲君主制を承認

カンボジア新憲法を採択する制憲議会が15日開会し、シアヌーク殿下を擁する立憲君主制を新政府の政治体制とすることを承認した。会期は3日間で最終日の17日までに、カンボジア王国憲法を採択する。カンボジアの王制復活は1970年以来、23年ぶり。

新憲法は、病気療養のため北京に滞在中のシアヌーク殿下の承認を受けた後、早ければ18日にも公布される。憲法案は、国王を「国民統合の象徴である」と規定し「君臨すれど統治せず」の立憲君主制の原則を明記している。

制憲議会では14章、140条の憲法案を第1条から順次討議。この日は、国名を「カンボジア王国」とすることをうたった第1章「独立国家」、第2章「国王」などの条文を承認した。

ソン・サン議長は制憲議会初日の15日「この憲法は民主的、自由な立憲君主制の下で、シアヌーク殿下を国王に復位させるものである」と冒頭演説。その後、暫定国民政府のチェム・スグーン法相が憲法起草作業の経過を説明した。《共同通信》

【天皇、皇后両陛下】ベルリン旧東側を訪問

ドイツ訪問中の天皇、皇后両陛下は15日夕(日本時間16日未明)、ドイツ統一の象徴、ブランデンブルク門などベルリン市内の東側地域を見て回られた。

両陛下を迎えた群衆の中には「慰安婦に補償を」と日本語で書かれたプラカードを無言で掲げる青年たちや「天皇訪独糾弾」の横断幕を持ったグループの姿もあり、今回の欧州訪問で初めて抗議のデモンストレーションが見られた。

門の西側広場で車を降りた両陛下は、かつてベルリンを東西に分断していた。「ベルリンの壁」があった付近でワイツゼッカー大統領夫妻の出迎えを受け、説明に聞き入りながらブランデンブルク門を歩いてくぐられた。東側広場では約1000人が待ち受け、ベルリン少年少女合唱団が日本の「さくら」の歌で歓迎した。両陛下はこの後、市庁舎やフンボルト大学を訪問。同大ではドイツの日本研究者と懇談された。

ベルリン到着に先立ち、コール首相夫妻とともにライン下りを楽しんだ両陛下は船上から両岸の市民や行き交う船に手を振ってこたえられた。同首相は22年前の昭和天皇訪独の際も、地元の州首相として川下りに同行。「ぜひ皇太子ご夫妻を招き、3代の川下りの案内をしたい」と両陛下に話したという。《共同通信》



9月15日のできごと