1992 平成4年8月30日(日)のできごと(何の日)

平成1331日目

平成4年8月30日(日)

1992/08/30

【自民党・佐藤孝行総務会長】政治改革、慎重に

自民党の佐藤総務会長は30日、東京・元麻布の私邸に金丸信・前副総裁を訪ね約30分間会談した。佐藤氏は、政治改革について「いつまでと時間を区切ってやる問題ではない。将来の批判に堪え得るものを考えるべきだ。総務会で採決で決めるようなことはしない」と述べ、11月にまとめる抜本改革に慎重に取り組むべきだとの考えを明らかにした。

佐藤氏によると、金丸氏も同様の考えを示したという。先に、宮沢首相と、綿貫幹事長ら党首脳、政治改革本部幹部は、11月に選挙制度、政治資金問題を含めた抜本改革の基本方針をまとめることで合意している。佐藤氏は、11月までに選挙制度改革などで党内合意を得るのは無理との判断に立っており、政治改革論議に一石を投じそうだ。

また、佐藤氏は、金丸氏が竹下派会長を辞任する意向を表明していることについて「竹下派を混乱させることのないよう、建設的な対応を取るべきだ」と辞任を思いとどまるよう求めたのに対し、金丸氏は「わかった。よく考えて対応したい」と再考する姿勢を示した。

北方領土問題では、佐藤氏は、サハリン訪問の様子を説明、「ロシアは、四島の主権を認めるような雰囲気ではない。焦らず、毅然たる態度で対応すべきだ」と述べ、エリッィン・ロシア大統領の来日での進展は難しいとの見通しを明らかにした。《読売新聞》



【田中角栄元首相】中国身障者福利基金会に車いす50台を寄贈

中国を訪問中の田中元首相は30日午前、北京の釣魚台迎賓館で最高実力者鄧小平氏の長男で中国身障者福利基金会理事長の鄧小平氏の長男、鄧樸方氏と会談し、同基金会に対して車いす50台を寄贈した。

元首相の長女真紀子さんは元首相に代わって「(1978年に)鄧小平氏が目白の我が家を訪問した時、花を渡した当時3歳の娘は17歳になった。娘は鄧小平氏の大ファンです」とあいさつし、車いすの目録を鄧樸方氏に手渡した。《共同通信》

【羽田孜蔵相】政治改革に小選挙区導入

羽田孜蔵相は30日、長野県軽井沢町で開かれた自民党セミナーでの講演で、「政治改革は今やらないといけない。(衆院の)定数是正は民主主義の基本であり、政治改革でない。選挙制度に踏み込むべきだ」と述べ、11月をメドに自民党がまとめる抜本改革では、小選挙区制導入を再度柱に据えるべきだとの考えを強調した。《読売新聞》

【渡辺美智雄外相】ロシアでゴルフ

ロシア訪問中の渡辺美智雄外相は30日午前(日本時間同日夕)、枝村純郎駐ロシア大使らとモスクワ市内のトゥンバ・ゴルフ場でハーフ・ラウンドのゴルフを楽しみ、健康ぶりをアピールした。

今回の外相訪ロは9月のエリツィン大統領来日に備えて、北方領土問題解決の道筋をつけるのが狙いだが、モスクワの日程は手術後の外相の健康を気遣い、ゆったりめに組んである。このため、外相の体調は万全ではないとのうわさが流れかねず、この日のゴルフで“復調”を印象づけたかった、というわけ。

外相はモスクワ到着の29日、空港に出迎えたゲオルギー・クナーゼ外務次官に、「今年の夏は8日間、ゴルフをやった。医者から、やり過ぎだとしかられた」というエピソードを紹介していたが、この日もスタート前は「退院してから9回目のゴルフ。これまでのスコアは手術前と同じハーフ55から60で変わらんな」と上機嫌。

3年前に完成したモスクワ市内唯一のゴルフ場は9ホールだけの平たんなコース。もっとも第一、第二打はチョロで、北方領土交渉同様、暗雲ただよう(?)プレーぶり。それでも、事前の予想通りスコアは58。

モスクワ第一夜は泥棒に入られた夢を見て、「ドロボー!」と叫んで目が覚めたとか。「さすがに北方領土とは叫ばなかったな」と、きわどい冗談を飛ばしていたが、外相の頭の中はやはり領土問題でいっぱいのよう。《読売新聞》

【ブラジル・コロル大統領】疑惑を全面的に否定

汚職疑惑で窮地に立ったブラジルのフェルナンド・コロル大統領は30日夜、議会特別調査委が疑惑に関する報告を行ってから初めてのテレビ演説を行い、疑惑を全面否定、大統領弾劾を要求する野党勢力と対決する姿勢を明らかにした。

演説の中で、大統領は経済改革法案の可決と引き換えに、任期終了前に辞任する可能性もほのめかしているが、演説全体に野党勢力への妥協的な姿勢は見られず、政治的混乱がさらに拡大する恐れがある。

議会調査委報告では、大統領の友人パウロ・セサル・ファリアス氏が、大統領側近の立場を利用して膨大な不正蓄財を行い、その一部約650万ドル(約8億円)が大統領私邸の改修費、車の購入費用など大統領の私的経費に使われていたと報告した。

だが、コロル大統領はこの日の演説で、「私邸改修は大統領就任に伴い警備強化が必要だったため行ったもので、自分で払った」と主張、車についても他人が払ったものではないとした。

また、コロル大統領が就任直後に、約1200万ドル以上の銀行預金を凍結した緊急経済改革を行った際に、大統領の関係者が事前に情報を得て凍結を免れたとの批判に対しても、「事実無根」と突っぱね、「弾劾の可否を決める投票では我々が勝利する」と述べた。《読売新聞》

【五社英雄さん】死去

テレビの連続時代劇「三匹の侍」や映画「人斬り」などダイナミックな作品を手掛けた映画監督の五社英雄さんが、8月30日午後0時36分、呼吸不全のため京都市西京区の病院で亡くなっていたことが3日、明らかになった。63歳だった。

東京・浅草の生まれ。明治大卒業後、ニッポン放送に入社。昭和34年、フジテレビに出向し、プロデューサー兼ディレクターとして活躍。シリーズ「三匹の侍」で、殺陣が話題を集め、38年にテレビ局在籍のまま松竹映画「三匹の侍」を撮り、テレビディレクターの映画界進出の先駆的存在となった。以後、「人斬り」(44年)「雲霧仁左衛門」(53年)など主に激しいアクションを売り物にした時代劇路線で、個性を発揮。55年、短銃不法所持事件にからんでフジテレビを退社、フリーとなった。

「鬼龍院花子の生涯」(57年)で映画界に復帰後は、女性路線に転換。日本アカデミー賞最優秀監督賞を受けた「陽暉楼」(58年)、「櫂」(60年)など、ケレン味を効かせた娯楽作品を作り上げた。二・二六事件を描いた「226」(平成元年公開)のクランクアップ直後、人間ドックで検査。医者がしまい忘れたレントゲン写真で、食道ガンを見つけた。手術を受けて再起した後「専門医でなかったので写真のブレだろうと言ったが、僕は写真の専門家だからこいつはと感じて、専門医に見てもらい、ガンと分かった」と明かした。

遺作となったのは近松門左衛門原作の「女殺油地獄」(今年5月公開)。映像は極端に様式化し、五社監督の新境地を示すものだった。しかし、撮影終了後、再び倒れ入院していた。《読売新聞》



8月30日のできごと

シェアする

フォローする