1992 平成4年8月4日(火)のできごと(何の日)

平成1305日目

平成4年8月4日(火)

1992/08/04

【松本清張さん】死去

社会派推理小説の巨匠で、昭和史の政治、経済、社会的事件の暗部や古代史のナゾの解明にも迫った作家の松本清張氏が4日午後11時14分、肝ガンのため東京・新宿区の東京女子医大病院で亡くなった。82歳だった。

福岡県小倉市(現北九州市小倉北区)生まれ。小倉市立清水尋常高等小学校高等科卒。印刷会社の版木下書き工の仕事などを経て朝日新聞西部本広告部でデザインを担当。40歳を過ぎてから小説執筆をはじめ「週刊朝日」の懸賞小説に「西郷札」を応募して入選。「或る『小倉日記』伝」(昭和27年)で芥川賞を受賞した。

昭和31年に勤めをやめて執筆に専念するようになり、社会的に抑圧された人々を主人公に下積み生活の労苦や執念につかれた姿を描いて深い共感を呼んだ。推理小説「張込み」(30年)、官庁汚職を素材にした「点と線」(33年)でアリバイくずしに挑戦、社会派推理小説の新分野をひらいた。

続いて「眼の壁」(32年)「黒地の絵」(33年)「ゼロの焦点」(35年)「黒い画集」(33−35年)などを発表、従来の現実感に乏しい推理小説とは違い、庶民感覚にも納得できる犯行動機や現実を直視するリアリズムを特色にして“清張ブーム”をまき起こした。時代小説にも健筆をふるい、「無宿人別帳」(38年)「彩色江戸切絵図(39年)ほか多数がある。

昭和史の暗部をえぐる「日本の黒い霧」(35年)「昭和史発掘」(46年)のほか、古代史研究の分野でも「古代史疑」(42年)「清張通史」(53年)などの史論がある。

実業界の裏面に取材した「溺れ谷」(40年)「空の城」(53年)などアクチュアルな現代小説、海外取材に精力をそそいだ「聖獣配列」(61年)「舞踏 二つの世紀末」(同)、また岸田劉生、岡倉天心を描いた史伝物など多彩なジャンルに業績を残した。その広い文学的活動「で吉川英治文学賞や菊池寛賞を受けている。

昭和47年には「季刊現代史」を発刊して研究者に発表の場を提供したり、共産党と創価学会の“歴史的和解”の仲介をしたり、野村芳太郎監督と霧プロを結成して自作の映画化をすすめたりもした。《読売新聞》



【富山県・中沖豊知事】執務中襲われる

4日午後3時ごろ、富山市新総曲輪の富山県庁3階の知事室に木の棒を持った男が押し入り、執務中の中沖豊知事(64)に襲いかかった。近くにいた職員が男を取り押さえ、富山署に引き渡した。同署は公務執行妨害と不法侵入の現行犯で逮捕した。知事にけがはなかった。

逮捕されたのは東京都青梅市の右翼団体役員A容疑者(67)。同容疑者は、平成2年3月に県立図書館が公開していた、昭和天皇に裸婦をあしらった大浦信行氏の版画「遠近を抱えて」を掲載した図録を神官(45)が破った事件で、器物破損罪の告訴を取り下げるよう知事に数回にわたり面会を求め、断られたことがある。《共同通信》

【渡辺美智雄外相】ロシア・副首相と会談

来日中のロシアのミハイル・ポルトラーニン副首相と渡辺美智雄外相との会談が、4
日午前、外務省で約40分間行われた。ポルトラーニン副首相は、今回の訪日の目的について、「ロシアは1956年の日ソ共同宣言を継承する立場から、(日ロ)両国関係の接点を見極めたい」と説明し、ロシア側として、平和条約締結後の歯舞、色丹の二島返還を明記した日ソ共同宣言を基礎に、北方領土問題の打開をめざす方針を明らかにした。同副首相は、「具体的な考え方は、エリツィン大統領が訪日した時に大統領が言うことになろう」と述べ、エリツィン大統領が9月13日からの来日の際、領土問題解決へ向けたロシア側の基本的考え方を示すとの見通しを示した。

同副首相はエリツィン大統領の側近の一人で、この発言は、大統領自身が日ソ共同宣言の有効性を認める立場に立って領土交渉を進める意向であることを初めて示唆したものといえる。

渡辺外相は「一日も早く日口平和条約を結んで、過去のことにこだわらずけじめをつけ、新しい両国関係の発展に努力したい。北方領土を直ちに返還しろとしているのではないが、原則がきちんと認められないと、両国関係は前進しない」と述べ、北方四島の日本の主権を認めることが最重要との考えを示した。《読売新聞》

【自民党】「天皇訪中」結論持ち越す

自民党総務会が4日開かれ、天皇訪中問題について相変わらず反対、慎重論相次いだものの、「外交日程として詰まってきている以上、取りやめると新たな問題が生じる」(深谷隆司元郵政相)といった賛成論も初めて2、3人から出て、党内空気の微妙な変化をうかがわせた。しかし、慎重論が大勢であることには変化はなく党執行部としては5日に最高顧問会議を開くほか、7日にも総務会を開き、論議を続行するなど訪中実現に向け慎重に党内調整を進める方針だ。

4日の総務会では、まず綿貫幹事長が先月29日に、宮沢首相と金丸副総裁ら党四役が会談、訪中実現に向けての首相の強い要請を受け、党執行部としても前向きに党内調整を進めることになったと報告した。

これに対して「今の時点で訪中されるのは中国に政治的に利用される」(中川昭一氏)など若手を中心に強硬な反対意見が相次いだ。また、一部で詳細な訪中日程が報じられたことから「中国側が意図的にリークしている」として政府の見解をただしたのに対し、近藤元次官房副長官らが「何も決まっていない」と釈明する場面もあった。

その一方で、水野清・元総務会長や衛藤征士郎・衆院議員(いずれも宮沢派)らから今まで公然とは表に出なかった賛成論も初めて総務会で出た。また、反対派の急先ぼうと見られている藤尾正行元文相も総務会を途中で退席して、記者団に対し、「日中両国政府間で日程まで決められているものを反対とか慎重とかいってもどうにもならない」と述べるなど、天皇訪中はやむをえないとする空気も漂い始めた。

党執行部としては、さらに、時間をかけて党内調整を進め「国民に祝福される形での訪中」(佐藤総務会長)の実現に向けて軟着陸を目指すい考えだ。《読売新聞》



8月4日のできごと

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