平成1261日目

平成4年6月21日(日)

1992/06/21

【埼玉県知事選】土屋義彦氏が当選

埼玉県知事選は21日投票、即日開票の結果、自民党推薦の前参院議長・土屋義彦氏(66)(無)が社会党推薦の前県議・小山行一氏(67)(無)ら4新人を大差で破り初当選、畑和知事のもとで5期20年間続いた革新県政を保守の手に奪還した。「三権の長」経験者が地方自治体の長に転出するのは初。有権者の関心は極めて低く、投票率は過去最低の44.04%(昭和59年)を大幅に下回る33.10%だった。

土屋氏は、全県で強さを発揮。保守票を固めたほか、畑支持票も一部取り込んだ。自民党本部の土屋降ろし工作を「初志を貫く」とはね返したことも、知名度を大幅に高め、圧勝の大きな要因となった。

ともに畑県政継承を目指した小山氏と病院長・高橋昭雄氏(64)(無—共産推薦)は、出遅れが響いた。畑知事不出馬の後遺症で社会党系労組の動きが鈍く、小山氏の得票は高橋氏も下回った。「埼玉都民」に的を絞って運動を進めた前所沢市長・中井真一郎氏(46)(無)は、浮動票を集め切れなかった。《読売新聞》



【第123通常国会】閉幕

第123通常国会は21日、1月24日からの150日間の会期を終えて閉幕した。最大の焦点であった国連平和維持活動(PKO)協力法は衆参両院での激しい攻防の結果、自民、公明、民社3党などの賛成多数で成立した。

一方、法案成立阻止を目指す社会、社民連両党は全衆院議員141人が衆院解散を求めて辞職願を提出、憲政史上例のない異常事態の中で会期末となった。《共同通信》

【カンボジア】ポルポト派、武装解除を拒否

カンボジア復興閣僚会議の焦点となっているポル・ポト派の武装動員解除の拒否問題をめぐって、カンボジア4派による最高国民評議会(SNC)の非公式協議や、ポル・ポト派のキュー・サムファン議長と日本、中国、インドネシアなど関係国の代表との個別会合が21日、都内で相次いで開かれ、同派に対する説得が行われた。

同議長は22日の閣僚会議の閣僚級会合には出席することになったが、武装動員解除問題などでは従来の主張を繰り返すだけで、妥協的姿勢は示さなかった。このため、22日の閣僚会議で採択される東京宣言には、同派に対してパリ和平協定の順守を求める内容が盛り込まれることがほぼ確実になった。

日本を始めとする関係国の間では、閣僚会議とは別に、カンボジア4派と関係国が今後の和平プロセスのあり方を話し合う非公式会合を東京で開く方向で調整を進めており、24日の同議長の帰国までにギリギリの説得工作が続けられる。《読売新聞》

【ロシア・エリツィン大統領】モルドバに介入警告

エリツィン・ロシア大統領は21日、激しい戦闘が続くモルドバ情勢について声明を発表。モルドバのスネグル政権に対し、攻撃を停止しなければ、ロシア系住民防衛のため紛争に介入する構えを明確にした。

また、モルドバと敵対するロシア系「ドニエストル共和国」最高会議プレス・センターは21日、19日に始まったベンデルイ市をめぐる攻防戦で自陣営だけで「死者200人、負傷者300人が出たと発表した。

大統領はカナダから帰国直後に空港で声明を出したもの。エリツィン大統領は「交渉による解決」への支持を再確認する一方で「大勢の死人が出ていることに無関心ではいられない。流血を停止させ、人々を守ることは我々の義務であり、そのための力は我々に備わっている。スネグルはそれを認識すべきだ」と述べた。

また、ルツコイ・ロシア副大統領は20日、外遊中だった大統領の代理としてモルドバ、南オセチア情勢に関する政府決定を、テレビ声明の形で発表。モルドバ駐留のロシア第14軍などの将兵、その家族が攻撃を受けた場合、「持てるすべての手段で反撃する権限をロシア軍に与える決定が採択された」とした上で、現地の軍部隊は「今後は(攻撃に対し)適切な対応を取るだろう」と述べた。この決定は第14軍が日シア系の側に立って紛争に介入する可能性を一層高めるものである。

一方、独立系通信社インターファックスによると、モルドバ軍に占領されたベンデルイ市は、ロシア系住民がモルドバ領に創設を宣言した「ドニエストル共和国」の側に立つコサック部隊約500人の反撃により、21日朝(現地時間)までに、同共和国側の支配下に戻った。《読売新聞》

【ゴルフ】デビッド・イシイ選手、4年ぶりツアー優勝

男子ゴルフ・よみうりサッポロビールオープン最終日(21日・兵庫県西宮市読売ゴルフ・メンバーコース=パー72、読売新聞社など主催)―デビッド・イシイ(36)(米)が鮮やかな逆転勝ちを収め、今大会初優勝で賞金1440万円を獲得した。

首位と4打差で出たイシイは、持ち前の手堅いゴルフで4バーディー、2ボギーとスコアを伸ばしたのに対して、トップのB・ジョーンズ(豪)は後半4番でダブルボギーをたたいたのが響き2位に終わった。イシイは88年日本マッチプレー以来、4年ぶりにツアー11勝目(ほかに90年ハワイアンオープン優勝)を挙げた。

日本選手では前日2位の横山明仁が5オーバー、77で大きく後退、代わって中島常幸が追い上げて後半トップに1打差まで迫ったが、チャンスを逃して3位にとどまった。《読売新聞》



6月21日のできごと