1991 平成3年10月10日(木)のできごと(何の日)

平成1006日目・体育の日

平成3年10月10日(木)

1991/10/10

【台湾・李登輝総統】「共産主義時代、終えん迎えた」

台湾の李登輝総統は10日、台北で開かれた辛亥革命80周年記念日(双十節)式典での演説で「中国の歴史の中で、共産主義の時代は終えんを迎えようとしている。共産主義者はその試みが失敗したことを理解し、中国国民を苦しみから一刻も早く解き放すよう望む」と述べ、共産主義によらない再統一という原則路線堅持の立場を強調した。

また総統は台湾の野党勢力を中心に最近起きている台湾の一国家としての独立を要求する動きについては「わが国家の領土分断と、われわれの時代の使命からの逃避を図る者は必ず責められるだろう」と批判した。《共同通信》



【長谷川恒男さん】死去

「日本を代表する登山家、長谷川恒男さん(43)(東京都渋谷区)の登山隊が、パキスタン北東部、カラコルム・ヒマラヤ山系の未踏峰ウルタルⅡ峰(7388メートル)で、さる10日雪崩にあい、長谷川さんと星野清隆隊員(31)の2人が死亡したことが、15日、現地から東京の留守本部に入った連一絡でわかった。長谷川さんは、マッターホルンなど三大北壁の冬季単独登はんに成功、世界初の三冠王に輝いた、世界でも有数の登山家だった。

遭難した登山隊は長谷川さんが名誉会長を務めるウータンクラブが主催。隊長の長谷川さん以下メンバー8人で、先月12日から登はんを始め今週中に頂上にアタックする計画だった。

遭難したのは、さる10日午前10時20分ごろで、第一キャンプ(4900メートル)から第二キャンプ(5500メートル)へ荷上げ作業中、5300メートル付近で、約500メートル上で発生した雪崩に巻き込まれ、滑落した。同日午後、ほかの隊員が2人の死亡を確認し、12日に遺体を収容したという。

登山隊には、長谷川さんの妻、昌美さん(38)も加わっていた。この遭難のため、一行は登山を中止、27日に帰国する予定。

長谷川さんは、横浜市生まれ。23歳でプロのアルパインガイドとなり、昭和52年マッターホルン、53年アイガー、54年グランドジョラスと、世界の三大北壁の冬季単独初登はんに成功、一躍世界のトップクライマーの仲間入りをした。

ネパールのダウラギリⅠ峰北東りょう、パキスタンのナンガパルバットなどを登った後、60年からは中国・チョモランマ(エベレスト)に毎年遠征。昨年秋、今回と同じウルタルⅡ峰南西壁に挑んだが、悪天候のため断念していた。

「少年時代から山だけが自己表現の場。山が学校だった」という長谷川さんは、後輩クライマーには「平常心が山の鉄則。いつも自然への畏怖の気持ち、感謝を忘れてはいけない」が口グセだった。

一方、星野さんは、長谷川さんが主宰する「アルパインガイド長谷川事務所」勤務で、長谷川さんの右腕的存在としてチョモランマ登山などに同行していた。《読売新聞》

【海部俊樹首相】米・ブレイディ財務長官と会談

海部首相と中山外相は10日午前、米国のブレイディ財務長官とそれぞれ会談し、対ソ支援問題をめぐって意見交換、日米双方は食料など緊急支援を内容とする人道的援助を中心とし、本格的な対ソ金融支援はすべきではないとの方針を確認しあった。

首相は会談で政府が決定した25億ドル規模の対ソ支援策を説明。その上で「(対ソ沿支援を)日米協調してやっていきたいが、日ソ平和条約が締結されていないことを十分留意しなければならない」と述べ、北方領土問題の存在を理由に日本の対ソ支援には限度があるとの認識を強調した。《共同通信》



10月10日のできごと

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