平成877日目

平成3年6月3日(月)

1991/06/03

【雲仙普賢岳火砕流災害】

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長崎県の雲仙・普賢岳(1359メートル)の地獄跡火口で3日午後4時ごろ、これまでで最大級の火砕流が相次いで発生、高熱のガスを伴った溶岩塊が、ふもとの島原市北上木場、南上木場町の両集落をのみ込んだ。長崎県警島原署の調べによると、4日午前1時現在、九州管区機動隊員1人、報道関係者14人、フランス人火山研究家夫妻ら計31人が行方不明、地元消防団員ら20人がやけどなどによる重軽傷を負った。

火砕流が押し寄せた現場近くのパトカーの中で、1人の焼死体が目撃された。被災地区では、住宅数10軒が炎上、山林火災が発生した。火砕流再発生の危険から現場に近づくことができないため、行方不明者の安否確認も思うように進んでおらず、被害はさらに拡大しそう。同市災害対策本部は、水無川流域の2町に出されていた避難勧告を、13町の1090世帯、4222人に拡大して発令した。

島原市災害対策本部などによると、大規模な火砕流は午後3時57分と同4時15分に連続して発生、巨大な灰色の噴煙を3、400メートルの高さに噴き上げながら、火口東側斜面の水無川沿いに、時速150キロ近い高速で駆け下りた。火砕流の先端は一気に2キロ近く延び、約5キロ東の同市札の元町のバス停付近にまで達し、住宅火災や山林火災を引き起こした。乗用車、トラック数台が空中に吹き飛ばされて炎上した。

火砕流にのみ込まれた北上木場、南上木場両町(計96世帯)は、立ち入り規制区域で合わせて1キロ四方が溶岩片、火山灰で覆われ、木造住宅はすべて炎上した。

パトカーの焼死体は、行方不明になっていた九州管区機動隊佐世保小隊所属のA巡査(25)ではないかとみられ、この他、取材にあたっていた読売新聞、毎日新聞、テレビ朝日などの報道関係者を含む計30人が、深夜になっても連絡がなく、安否が気遣われている。報道関係者の多くは、北上木場地区で火砕流発生に備えて待機取材にあたっていた。これまでの火砕流の先端からは500メートル離れており、水無川から40メートルほど高い場所だった。

負傷したのは、水無川上流で、火砕流や土石流発生を監視していた地元消防団員7人、窯元従業員5人のほか、避難先から一時帰宅していた地元住民などが含まれている。朝日放送のBさん(26)ら報道陣4人も、取材中、顔にやけどを負うなど、1―2週間のけがをした。

負傷者は、県立島原温泉病院のほか、大村市の国立長崎中央病院、愛野町の愛野記念病院、布津町の明島病院などに運ばれたが、11人が重体。《読売新聞》

「ドーン」という大音響と同時に、熱風が襲って来た。3日午後4時すぎ、記者(吉村)らは、深江町大野木場町の水無川上流域で、火山活動の取材をしていたところ、火砕流の直撃を間近にした。

水無川南側の高台にカメラを構えた直後のことだった。薄茶色の最初の煙がグングンと空を突き抜け、やがて市街地方向へ流れて行った。その1、2分後、ごう音とともに次の噴煙がわき上がり、谷間の島原市・上木場地区へ。大規模な火砕流だ。路上に止めてあった軽トラックは激しい熱風で転がり、畑の間に点々とある住宅も、一瞬にしてメラメラと炎に包まれていった。直径20センチはある杉の木がバリバリと音をたてて倒れていく。 やがて、火砕流の一部はホコ先を変え、丘を越えて記者たちの方へ向かってきた。「逃げろ」。高台で山の動きを見ていた住民らは次々と大声を上げた。「火砕流にのみ込まれてしまう」―。

高台から次々とトラックや乗用車が、猛スピードで走り去って行く。記者も、近くに止めた車に戻るのがもどかしく、走って逃げた。火山の巨大な力に圧倒され、自分の体が震えるのがわかった。 約20分後、車を取りに戻ると、上木場地区ではまだ住家や大木が激しく燃え続けており、一面に火山灰が雪のように分厚く積もっていた。《読売新聞》

【海部俊樹首相】「政治改革」月内に法令化

海部俊樹
https://www.kantei.go.jp/

海部首相は3日午前、都内のホテルで開かれた政治家と財界人の集まり「自由社会研究会」の会合に出席。衆院への小選挙区比例代表並立制の導入を柱とする政治改革について(1)6日の選挙制度審議会総会に出席し、小選挙区の区割り案作成を要請する(2)その答申を受け今月末までに法案化したい、などの方針を表明した。

首相は、先月31日に政治改革法案の要綱骨子が自民党で党議決定されたのを受け、吹田自治相に早急な法案作成を指示しているが、「6月末」という具体的な取りまとめ時期を明示したのは初めて。今月中に法案を作成し、政治改革を審議する臨時国会の早期招集に改めて強い意欲を示したものだ。《共同通信》

【カンボジア和平協議】「SNC議長」で紛糾

ジャカルタでのカンボジア問題パリ国際会議(PICC)共同議長国(インドネシア、フランス)とカンボジア紛争四派で作る「最高国民評議会」(SNC)メンバーとの会合は2日目の3日、国連安保理最終和平案の全面的受け入れを拒否するプノンペン政府が初日提出した修正案を中心に非公式折衝が続けられた。

共同議長のアリ・アラタス外相は国民政府(三派連合)各派に対し、前日プノンペン政府から提出された国連安保理常任理事国和平案(昨年11月)に対する「修正案」を提示、各派間の意見調整を開始した。

一方、SNC議長に三派連合代表のシアヌーク殿下、副議長にフン・セン・プノンペン政府首相がつくとの前日の「シアヌーク—フン・セン合意」に対し、三派連合最大軍事勢力ポル・ポト派だけが強く反発、態度を硬化させており、SNC議長問題が協議進行の上での障害となる可能性が高まっている。

この日朝、シアヌーク殿下は記者団に対し「キュー・サムファン氏(ボル・ボト派議長)はシアヌーク—フン・セン合意を受け入れることができないと語った」と、ポト派が拒否していることを明らかにした。さらに殿下によるとサムファン氏は「我々はプノンペン軍よりも強力だ。もし協議がはかどらなければ、我々は戦いを継続しなければならない」と強硬な姿勢を明らかにしたという。

プノンペン政府の修正案はポル・ポト派の大量虐殺の再来を防ぐための具体的措置を盛り込んだものだが、同政府筋によれば、議長問題が共同議長と同政府代表との非公開折衝の場の中心議題だったという。《読売新聞》

【ソ連】新国名を正式決定

「6月完了」を目指すソ連の新連邦条約編成委員会の第2回会合が3日、ゴルバチョフ大統領のもとで開かれ、新しい国名を「主権ソビエト共和国連邦」とすることを最終決定した。また、各共和国の独自外交権を容認し、連邦政府は「外交の一般的原則を策定する」との外交権分権でも合意した。

現国名「ソビエト社会主義共和国連邦」から「社会主義」を削除した新名称は、ソ連社会の脱イデオロギー化への意思表示。ソ連最高会議は先月、現国名の維持を求める決議を採択していたが、共和国側が主張を押し通す形で決着、条約策定作業は「7月締結」に向け前進した。

シャフナザーロフ大統領補佐官がタス通信や独立構報紙「インターファックス」に明らかにしたところによると、委員会がこの日の会合で基本合意に達したのは、ほかに①新連邦の形態は主権国家連合②共和国間関係は「民主的フェデレーション(連邦)」③経済の土台は「すべての所有形態」容認と市場経済―などとした七つの基本原則。反対に「新しい連邦機関の編成問題」で対立が続いているとして、憲法改正による現最高会議の解散、連邦大統領の直接選挙をめぐり不一致があることを示唆した。《読売新聞》



6月3日のできごと