平成858日目

1991/05/15

【安倍晋太郎さん】死去

自民党安倍派「清和会」の会長で、党幹事長、外相を歴任した安倍晋太郎氏が15日午前7時7分、肝不全のため、入院先の東京・本郷の順天堂大付属病院で死去した。67歳だった。通夜は16日午後6時から、密葬は十七日午後二時から、いずれも東京都港区芝公園四の増上寺で。喪主は長男、寛信氏。密葬の葬儀委員長は福田赳夫元首相。

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安倍氏は竹下元首相、金丸信・元副総理(竹下派会長)らと親交を結び、海部政権後をうかがう総理・総裁候補の最右翼の一人と目されていた。安倍氏の死は、求心力を欠いた安倍派の今後の動向と併せ、「ポスト海部」に向けて流動化の兆しを見せる政局を一段と不透明なものにしよう。

安倍氏は、大正13年4月29日、後の衆議院議員安倍寛氏の長男として生まれた。山口中学、六高、東大を経て、昭和24年に毎日新聞社に入社。政治部記者時代の26年5月、岸信介元首相の長女・洋子さんと結婚、岸氏の外相および首相時代の秘書官を務めた。33年の総選挙で、山口一区から出馬して、初当選。以来、当選11回(落選1回)を重ねた。この間、三木内閣で農相として初入閣したのに続いて、福田内閣で官房長官、鈴木内閣で通産相、中曽根内閣では3年8か月にわたって外相を務めた。

自民党内では、国対委員長などのほか、政調会長、総務会長、幹事長を歴任した。

また、安倍氏は過去2回の総裁選で政権の座に挑戦。57年11月の総裁選では、予備選に出馬したものの、中曽根康弘、河本敏夫両氏に次いで3位に終わった。ポスト中曽根を決める62年10月の総裁選は、竹下登、宮澤喜一両氏と三つどもえの争いとなったが、最終的には中曽根首相(当時)の裁定で竹下氏が政権を射止め、安倍氏は、幹事長として竹下首相に協力した。

リクルート疑惑では、安倍氏周辺への未公開株譲渡や多額のリ社献金などが明らかにされ、幹事長として厳しい国会、政局運営を強いられた。さらに、平成元年4月18日に入院した後は、竹下首相の退陣表明(4月25日)を受け、病をおして後継総裁選びをめぐる党内調整にあたった。5月15日、総胆管結石の手術を行い、7月25日に退院したが、この間に宇野首相が退陣表明。ポスト宇野をめぐる総裁選にも、手術後間もないことやリクルート疑惑で出馬できなかった。

その後、2年1月には自民党代表団の団長として訪ソ、同6月には日米安保条約改定三十周年記念行事に政府特使として出席するため訪米。この時に安倍氏が提案した「日米親善交流基金」は、この4月に実現した。

安倍氏は昨年9月に2回目の訪ソを計画したが、その直前に入院し断念した。11月末に退院、12月29日の内閣改造・党役員人事では陣頭指揮に立ったものの、平成3年1月中旬からまた入院。4月のゴルバチョフ・ソ連大統領来日の際、歓迎昼食会に姿を見せ、健在ぶりを誇示したが、急に容体が悪化、ついに悲願の「安倍政権」を実現することなく三十余年の政治生活に幕を閉じた。《読売新聞》

海部首相は15日午前、安倍元自民党幹事長の死去について首相官邸で報道陣のインタビューに答え「大切な方を失い、寂しさとわびしい気持ちでいっぱいです。私だけでなく、日本の政界にとり損失は大きい」と述べ、死を悼んだ。《共同通信》




※引用記事は名前、住所など一部修正の上、抜粋してあります。また、画像は基本的にイメージです。

【社会党・土井たか子委員長】臨時大会で人心一新

社会党は15日、東京・三宅坂の党本部で、都道府県本部委員長、書記長による全国代表者会議を開き、党改革について論議した。冒頭、土井委員長があいさつし、さきの統一地方選の敗北に関連して、「執行部の総辞職も一つの選択だったが、党改革の道筋をつけたいと決意した」とした上、「臨時党大会で、党改革案」を具体的方針として決定し、人心を一新し、新たな第一歩を踏み出したい」と述べ、自らの進退問題に直接言及することは避けたものの、土井氏を含めた現執行部が、7月の臨時大会を機に辞任するとの考えを改めて明らかにした。

同党は、臨時党大会で人心一新を図る方針を決めており、この日の土井氏の発言は、これに沿ったものだ。土井氏自身は、この日のあいさつでは直接触れなかったが、党改革の道筋をつけた時点で、統一選敗北の責任を取り、辞意表明する意向をすでに固めている。

ただ、委員長公選を臨時大会前に開くのか、大会後か詰まっておらず、また、土井氏については、いったん辞意表明して統一選敗北のけじめをつけたあと、再び委員長公選に出馬するよう求める声が党内にあることから、その最終的な進退については、なお流動的な要素も残されている。《読売新聞》

【信楽高原鐵道列車衝突事故】捜査本部、人為ミスと断定

死者42人、重軽傷者415人の惨事となった滋賀県・信楽高原鉄道の列車正面衝突事故で、同県警捜査本部(水口署)は、高原鉄道の上り普通列車が、信号故障のため作動したATS(列車自動停止装置)を解除して無理に発車した人為的ミスと断定、15日朝、同鉄道本社(信楽町)など4か所を業務上過失致死傷の疑いで捜索、強制捜査に乗り出した。また同社とJR西日本、運輸省などの立ち合いで、衝突現場と小野谷信号所(待避所)の2か所の現場検証を始めた。

一方、高原鉄道幹部は「この日、JR快速を完全にストップさせた上で出発すべきだった」と初めて過失を認め、事故が初歩的ミスによって起きたことが改めて裏付けられた。

高原鉄道本社では同日未明、A施設課長が会見、普通列車が信楽駅を出発する際に問題となった同駅構内の信号機の異常について「信号装置を点検中で、その結果を報告していないうちに手信号に切り替えて列車が発車してしまった」と述べた。また同課長は、「四月上旬だったかははっきり記憶がないが、やはり信号異常が起き、その時は、誤操作によるものと処理した」事実も明らかにし、原因を解明しないまま放置していたことがわかった。

同本部では、当時の現場指揮の最高責任者だったB業務課長が上り普通列車の発車を決めた疑いを強めているが、同課長は信号所の点検に向かうため列車に同乗、事故で死亡しているため、事実関係確認は時間がかかりそうだ。

事故列車にB課長と同乗、死亡した高原鉄道のC常務が、視察のため信楽駅を訪れる近畿運輸局職員を貴生川駅に出迎える予定でいたと言われ、捜査本部ではこの出迎えが無理な出発を招いた可能性がないか慎重に捜査している。《読売新聞》

【フランス】初の女性首相

仏大統領府のユベール・ベドリヌ報道官は15日、ミシェル・ロカール首相が同日辞任し、後任にエディット・クレッソン女史(前欧州問題担当相)が指名されたと発表した。クレッソン新首相は直ちに組閣に入り、同日夜までには新政府の骨格が固まると見られる。

クレッソン新首相は仏政治史上、初の女性首相。ミッテラン大統領にきわめて近い立場にあるとされる。新首相は、欧州の復権を唱える欧州主義者で、フランスの政権を握る社会党内でも「反日派」の最右翼と目されているだけに、欧州市場における日本車のシェア問題など対日政策では、もともと厳しいフランスの姿勢が強化される可能性が大きい。《読売新聞》

【警察庁】金賢姫教育係は埼玉出身、35歳元ホステス

1987年11月の大韓航空機爆破事件で死刑判決を受けた後、特別赦免された金賢姫(キム・ヒョンヒ)元北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)工作員(29)の日本人教育係とされた「李恩恵」(リ・ウンへ)=日本名「ちとせ」=について、警察庁と埼玉県警は15日、昭和53年6月ごろに失跡した東京都豊島区内の元キャバレーホステス(35)である可能性が極めて強いと発表した。同庁では、身元確認の裏付けとなる物証がないため、断定はさけたものの、「間違いない」としている。

同庁の幹部も、同日午前、ソウル市内で金元工作員に面会、写真照合してこの事実を確認した。同庁は今後消息を絶っている元ホステスに関して、拉致事件の疑いで捜査を進める。

警察庁は昭和63年2月以降、捜査を進めてきた。その結果、女性は、埼玉県出身で、昭和30年7月5日ごろの生まれ。同県内の公立高校を二年で中退、飲食店関係で働き、53年6月ごろまでの数か月間は、豊島区内のキャバレーで「ちとせ」という名前でホステスをしていたという。

女性は高校中退の直後に結婚、失跡当時は離婚状態で、家族とも離れ、男女一人ずつの子供と生活していた。しかし、子供を託児所に預けたまま失跡、家族はその直後の53年7月4日、捜索願を出していた。

この元ホステスの年齢、母親の出身地が新潟県の佐渡で、調理師免許があること、兄弟など親族関係などが、金元工作員が証言した「ちとせ」の特徴と酷似していることから、同庁などでは、この女性に間違いないと判断。今月14日、警備局の漆間巌・外事一課長を韓国に派遣し、15日午前、ソウル市内で複数人の女性の写真を金元工作員に見せたところ、彼女もこの元ホステスが「ちとせ」だとして写真を指したという。

元ホステスの親族は、「間違いない」と気付いていたが、子供のことなどを考え、届け出なかったという。《読売新聞》

【中国・江沢民総書記】ソ連訪問

中国共産党の江沢民総書記兼中央軍事委員会主席は15日午前11時20分(日本時間同午後5時20分)、モスクワに着いた。江総書記は午後0時半からクレムリンでの歓迎式典に臨んだ後、ゴルバチョフ大統領との第一回首脳会談に入った。

首脳会談は16日も行われることになっているが、江沢民総書記に同行している中国外務省スポークスマンによると、約2時間20分の第一回会談で、両首脳は、中ソ関係正常化の意義と各分野における両国友好関係の発展を高く評価した。両首脳はさらに、両国の国内状況について説明した。

両首脳は国際問題についても討議しており、韓国の単独国連加盟問題を中心とする朝鮮半島情勢、カンボジア問題について、突っ込んだ意見交換が行われたものと見られる。

なお、江総書記は、モスクワ到着後、空港で書面談話を発表し、中ソ関係正常化後の二年間、両国関係が、経済、貿易、軍事などの各分野で順調に発展していることを指摘するとともに、今回の訪問の目的は、中ソの国家、党関係の一層の発展、促進にあると強調した。

また、平和共存五原則を基礎とした善隣友好相互協力は両国人民の根本利益に合うだけでなく、アジアおよび世界の平和と安定に積極的影響を及ぼすとの考えを示し、今回の訪問ではイデオロギー問題は棚上げにし、実務関係の拡大、強化に全力を挙げる方針を明確にした。

江総書記の訪問には、銭其琛外相、秦基偉国防相、李嵐清対外貿易相の三閣僚が同行している。《読売新聞》

【大相撲夏場所】4日目

大相撲夏場所4日目(15日・両国国技館)旭富士、小錦が平幕の春日富士とともに無敗を保った。旭富士は押し相撲の琴ヶ梅を組み止めて左すくい投げで下し、小錦は左四つとなって寺尾の動きを封じて寄り切った。

大関カド番の霧島はタイミングのいい上手出し投げで貴花田を仕留めたが、新関脇の曙は栃乃和歌の上手投げに屈し、土がついた。《読売新聞》

【千代の富士関】来年に九重部屋継承

引退を表明し、年寄「陣幕」を襲名した横綱千代の富士(35)(九重部屋)は15日、国技館内で九重親方とともに記者会見し、親方としての抱負などを語った。一夜明けた心境を「意外にサッパリしているが、寂しさもないではない」と、複雑な胸の内を披露。台頭著しい若手力士に「もっと上を狙うつもりで頑張って、この(相撲)人気をずっと続けてもらいたい」と話した。

引退相撲は来年初場所後の予定。当面は、部屋付の親方として後進の指導に当たるが、来年中に九重部屋を継承することで九重親方と話がついている。このため、東京・墨田区の九重部屋から徒歩五分のところにある千代の富士の自宅を、新しい九重部屋にするため、近く工事にかかる予定。千代の富士は「しっかりした指導方針を持って、いい弟子をたくさん育てたい」と抱負を語った。

なお、千代の富士に日本相撲協会から特別功労金として1億円が贈られるが、引退力士では北の湖の5000万円を上回る史上最高額。《読売新聞》



5月15日 その日のできごと(何の日)