1991 平成3年5月14日(火)

平成857日目

平成3年5月14日(火)

1991/05/14

【信楽高原鐵道列車衝突事故】

14日午前10時40分ごろ、滋賀県水口町の信楽(高原鉄道貴生川ー紫香楽宮跡駅間で、JR西日本京都発信楽行き臨時快速列車=A運転士(48)、3両編成=、同高原鉄道信楽発貴生川行き普通列車=B運転士(51)、4両編成=が正面衝突した。列車は双方とも脱線転覆、両列車の最前部は大破し、乗客19人が死亡、377人が重軽傷を負った模様。午後0時半現在、なお15人が車内に閉じ込められている。

両列車は「く」の字形に折れ曲がる形で互いに前部がめり込み、めちゃめちゃとなった。滋賀県警の調べでは、高原鉄道の車体が軽量のため、JRの列車に乗り上げた。JRの1両目は高原鉄道の下にもぐり込み、つぶれたとみられる。

警察庁などに入った連絡によると、JR快速は超満撮員で、乗車率240%に当たる約600人が乗っていた。信楽高原鉄道の方は、定員の一割程度の約50人だった。

両列車の車内に閉じ込められた乗客は一時、約200人に上ったとの情報もあり、信楽町の消防署などから救急車が出動、町内各病院から医師らも応援にかけつけ、救出に当たった。

事故を起こした快速列車は、JR西日本が、同県主催の世界陶芸祭のため、一日一往復、京都から信楽駅まで直通で走らせていた。陶芸祭は先月20日から今月26日まで、「信楽焼」で有名な信楽町で開かれていたもので、すでに入場者50万人を記録、人気を集めていた。

臨時快速の平日の客数はこれまで、乗車率150%程度だったが、この日は好天で特に多かった。滋賀県警などで事故原因を調べているが、事故直前、信楽駅の信号機が故障した。このため、高原鉄道の普通列車は、信楽駅を手信号によって約10分遅れで発車。一方、JRの快速も貴生川駅を約5分遅れで発車した。

同鉄道は単線で、貴生川―紫香楽宮跡駅間(9.6キロ)の「小野谷信号所」付近にある約160メートルの複線部分で、上下線がすれちがうことになっている。今回のように列車に遅れが出た場合、通常は無線で列車の連絡を取り合い、衝突を避ける体制をとっている。ところが、小野谷信号所の信号は、信楽駅の信号と運動しているため、同様に故障していた。そのうえ、臨時に乗り入れていたJR快速には無線がなく、快速は、高原鉄道列車の遅れを知ることができない状態にあった。

同高原鉄道では、信楽駅から小野谷信号所へ信号故障を知らせるため、車で職員を急行させたが、問に合わず、事故が起きたとみられる。衝突現場は、すれ違い場所の小野谷信号所から約3.5キロ紫香楽宮跡駅寄りへ進んだ地点で、JR快速は、すれ違い場所で高原鉄道列車をやり過ごさないまま、単線区間へ進んでいた。県警では、なぜこうした事故が起きたのか、関係者から事情を聞いている。

同鉄道は単線区間に列車が入ると、自動的に信号やレールが切り替わり、ほかの車両が入らないようになる「自動閉そくシステム」となっていた。《読売新聞》

滋芸県信楽町の信楽高原鉄道で14日午前、世界陶芸祭に向かう超満員の客を乗せたJR西日本の臨時快速と同高原鉄道の普通列車が正面衝突した事故は、死者42人、重軽傷者415人に上った。死者数で、昭和38年11月に161人が死亡した旧国鉄横須賀線鶴見(横浜市)事故以来の大惨事。

滋賀県警では水口署に捜査本部を設置、事故原因の解明に当たっているが、信楽駅の出発信号が故障、作動したATS(列車自動停止装置)を解除、高原鉄道側が、水口町小野谷の列車信号所を通過するJR快速に十分連絡を取らないうちに普通列車を「見切り発車」させたための人為ミスとの疑いが強まった。このため同本部では運行管理の手落ちによる業務上過失致死傷の疑いで関係者から詳しい事情を聞いている。

調べによると、JRの臨時快速は貴生川駅を5分遅れの午前10時21分、高原鉄道の普通列車は信楽駅を12分遅れの10時25分にそれぞれ出発。同30分前後には途中の小野谷信号所ですれ違うはずだった。

臨時快速のA運転士(48)は入院先での聴取に対し、同信号所を通過する際、待避線にいるはずの普通列車がおらず、「信楽駅で何かトラブルがあって来ないのか」と思ったが、出発信号が「青」表示のため、そのまま進んだところ、事故にあったと話した。一方、高原鉄道側では、普通列車の出発直前、信楽駅の信号機が故障、ATSも働いて運転ができなくなった。このため信号を手動に切り替え出発させたが、この時、保安要員を同信号所に派遣してJR快速に停止を指示すべきところ、要員の到着を確認しないまま発車させてしまった疑いが強い。

高原鉄道の運行マニュアルでは、信号トラブルの場合、安全を確認するまでは、故障した駅側の列車を走らせてはならない規則になっている。また、双方の連絡体制の不備も判明。無線の周波数が異なり、高原鉄道からJR列車への直接連絡ができないことも副次的要因となったとみられる。

同鉄道では世界陶芸祭の輸送力増強策として、昨年2億円をかけて同信号所を新設。列車がすれ違えるように施設設良した。陶芸祭が始まった先月から、JRからの直通乗り入れを始めたばかりだった。《読売新聞》

【大相撲夏場所3日目】貴花田、旭富士に完敗

大相撲夏場所3日目(4日・両国国技館)千代の富士は新小結貴闘力のとったりに屈し2敗となった。旭富士はもろ差しとなって元気な貴花田の挑戦を一方的に退けた。大関カド番の霧島は苦手の安芸ノ島に攻め込まれたが、辛くも逆転勝ち。《読売新聞》

【横綱千代の富士関】現役引退を表明

「もう限界です。自分でもよくここまで頑張ってきたと思います」―。目に大粒の涙を浮かべ、ウルフが土俵を降りた。大相撲夏場所三日目の14日、貴闘力に敗れた横綱千代の富士が、21年余の長い力士生活にピリオドを打った。

相手を見すえる鋭い目つきと激しい闘魂でファンを魅了した“小さな大横綱”。初日に弱冠18歳の貴花田に敗れ、世代交代をうかがわせる引退発表だったが、ファンからは「ご苦労さん」の惜しみない声が送られた。

東京・墨田区の九重部屋。この日午後8時20分過ぎ、千代の富士は九重親方とともに約150人の報道陣の前に現れ、背筋を伸ばし正座した。まず親方が、「きょうの取組の終了後、体力、気力の限界だということで、本人が引退を申し出ました。長いことありがとうございました」と報告、二人で深々と頭を下げた。続いて千代の富士が「長い間、お世話になりました」。一言話した後、みるみる両目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。しばらく一絶句して、「気力がなくなりました」と、振り絞るような声で言い、極まったようにハンカチであふれる涙をぬぐった。

平成元年6月には、生後3か月のまな娘愛ちゃんを乳幼児突然死症候群で失った。しかし、その後の名古屋場所で28度目の優勝、続く秋場所で前人未到の通算965勝を記録した。

引退は、場所前から覚悟していたという。すでに13日には夫人に対し、「明日負けたら、もう辞めるか。ら」と告げていた。

「去年の11月ごろから、もう引退だなと。(今場所初日に)貴花田とあたって、若い力が出て来たなと感じました。もう、潮どきだと思った」。ヤングパワーにあとを託せることに、ほっとした表情も見せた。

最後に、千代の富士は、全国のファンへのメッセージとして、「長いこと応援していただいて、ありがとうございました。その一言に尽きます」と、もう一度、深々と頭を下げた。燃え尽きた男は穏やかな表情で会見を締めくくった。

日本相撲協会表彰を受けた時に富士の絵を贈った平山郁夫・東京芸大学長は「初日、貴花田に敗れた時に、突っ張っていた気持ちが切れてしまったようだ。もっとやって欲しいが、燃え尽きてしまったのだろうか。大型力士が多い中、二度と出てこないタイプではないか。今後はゆっくり休んで後進の指導にあたって欲しい」と話している。

また、千代の富士と同じ国民栄誉賞を受けた山下泰裕東海大助教授は「非常に残念だ。ここまでよく頑張ったと感心し、尊敬もしている。肩の脱きゅうを何度も乗り越えているが、これは大変なことだ。今までプレッシャーを背負わされてきたのだから、しばらく心身の疲れをいやして、第二の人生でも頑張って欲しい」と話している。

三善晃・桐朋学園大学長は「初日、三日目の相撲を見ていると、年齢の問題より彼が大事にしていた、瞬発力がなくなったように見えた。かつて名横綱と呼ばれた人たちと同じように相撲界全体を支えるため、一生一懸命に頑張ってきた。引き際をきれいにすると決心した彼のいさぎよさを尊びたい」とたたえた。《読売新聞》

【中山太郎外相】海外災害に自衛隊を

中山太郎外相は14日の閣議後の記者会見で、海外で発生した大規模自然災害に派遣する国際緊急援助隊に自衛隊のヘリコプターの活用や、隊員の参加を認めるよう国際緊急援助隊派遣法の改正を検討する必要がある、との見解を表明、次期国会に改正案の提出を目ざす意向を明らかにした。

同援助隊への自衛隊の参加は、同法が昭和62年に成立した際、政府部内で議論されたが、野党側が「自衛隊の海外派兵につながる」として強く反対、見送られた経緯がある。国連平和維持活動(PKO)協力法案における自衛隊活用論議と絡んで、与野党間で議論を呼びそうだ。 見解は、13日に決定した、バングラデシュへの消防庁ヘリコプターの派遣に関連して示されたもので、外相は、海上保安庁や消防庁のヘリは運用面で難点があることを指摘しながら、「陸上自衛隊には輸送用へリがたくさんあり、(活用を)一度議論する必要がある」と述べた。さらに、自衛隊に新たな任務規定を設ける関係から自衛隊法の改正も必要との認識を示した。

坂本三十次官房長官は14日午前の記者会見で、国際緊急援助隊派遣法の改正による自衛隊ヘリの活用について、「これをどうするかということも、今後の検討課題だ。いろいろ(幅広く)考えてみればいい」と述べ、国連平和維持活動(PK0)への協力のあり方と並行して国際緊急援助隊への自衛隊活用を検討することに前向きの姿勢を示した。《読売新聞》

【自民党・安倍晋太郎元幹事長】病状悪化

東京・本郷の順天堂大付属病院に入院中の自民党の安倍晋太郎・元幹事長の病状が14日、悪化した。同日夜、竹下元首相や金丸信・元副総理、宮沢喜一・元副総理、渡辺美智雄・元政調会長のほか中山太郎外相、三塚博安倍派事務総長ら安倍派幹部らや財界人などが相次いで見舞いに駆けつけた。関係者によると、安倍氏の病状は小康状態にあるものの予断を許さない状況という。

三塚事務総長や病院関係者らの話を総合すると、安倍氏は同日朝、カゼの症状から発熱、肺に水がたまったため、医師が熱を下げる措置をとった。容体悪化を聞いて同日午後4時過ぎ、同派幹部が見舞った時は、安倍氏は意識もはっきりし、「心配するな。大丈夫」だ」と話していたという。夜になってからは竹下氏に続いて金丸氏らが安倍氏の容体悪化を聞いて続々と病院を訪ねたが、安倍氏は、眠っていたという。

症状について、医師団は安倍派幹部に対し「今日、明日にどうこうということはない」と語っているといわれる。

安倍氏は2年前の平成元年5月、総胆管結石の手術を受け、同7月に退院。その後、昨年8月に体調を崩して9月の訪ソを断念、その後退院したものの、今年1月中旬から再度入院していた。2月のゴルバチョフ・ソ連大統領来日の際、入院先から歓迎昼食会に姿を見せ、大統領と懇談、健康の回復ぶりを誇示していた。《読売新聞》

【韓国】反政府行動に15万人

明知大生、姜慶大君が機動隊の暴行を受けて死亡した事件に端を発した韓国の反政府運動は14日、全国13か所で約15万人(警察推計)が参加して姜君の葬儀に伴う集会・デモが行われ、今月9日に次ぐ規模となった。運動を主導している「汎国民対策会議」は18日にも光州で大規模な抗議集会を計画、今のところ、強硬姿勢を崩さない盧政権もなんらかの収拾策を迫られそうだ。

ソウルでは同日午前、明知大で、金大中・新民党総裁ら野党議員も参加して姜君の告別式が行われた後、同日夕、葬儀を主催する汎国民対策会議所属の在野活動家や学生、遺族ら約8万人が延世大近くの新村ロータリー周辺に結集。学生らは口々に「打倒盧泰愚(大統領)、解体・民自党」とシュプレヒコールを挙げ、退勤途中の市民も集会に参加する姿が見られた。

デモ隊は、焼身・飛び降り自殺した学生・労働者5人との合同葬を行った後、市庁前広場で路上追悼祭を行うため移動を始めた。しかし、梨花女子大前で、機動隊が行く手を催涙弾発射車両でふさぎ、催涙弾を連発し激しい衝突を繰り返し機動隊車両3台が炎上した。

これに先立ち、明知大から新村に向かった葬列が、盧泰愚大統領、全斗煥前大統領の私邸のある西大門区延禧洞地域に入ろうとして機動隊に阻止され、数時間対峙を続けた。

延世大、新村ロータリーで葬列の到着を待っていた学生約2万人が延禧洞の反対側に応援に駆けつけようでとして機動隊と衝突した。デモ隊の一部は、延世大で徹夜の座り込みに入った。

このほか、光州、釜山、大邱などで行われた葬儀には約6万人が参加した。また、全国98大学で約4万人が出陣式を行った。これに対し警察側は全国で約5万人の機動隊を動員、盧政権で最大規模の厳戒態勢をとった。《読売新聞》



5月14日のできごと

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