平成787日目

平成3年3月5日(火)

1991/03/05

【イラク】暴動11都市に拡大

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テヘランに本部を置くイラク反体制組織イラク・イスラム革命最高評議会(ムハマド・ハキム議長)のスポークスマンは5日、イラク中部のシーア派聖都ナジャフとカルバラが反政府派市民に制圧された、と語った。これまでの報道や情報を総合すると、イラク第二の都市バスラを中心に発生した反フセイン体制の市民暴動は、首都バクダッドや南部、さらにはクルド、居住区の国内北部を含む計11都市で火の手が上がっており、さらに拡大する気配を濃厚にしている。

同革命評議会によると、ナジャフは4日午後、カルバラは同日夜、民衆の手に落ちた、との連絡がイラク国内からあった。

また評議会スポークスマンは、アマラでは戦車30両を含む大統領警護隊の機甲旅団が民衆側についた、と述べた。また、これまでの報道と同様、反政府騒乱はバグダッドや北部の諸都市にも広がったとしている。イラクからの避難民らの話によると、イラク政府側は4日、バスラ、アマラ市内の反政府拠点に空爆を加えた。《共同通信》



【海部俊樹首相】「PKO」予備自衛官参加に慎重姿勢

海部俊樹
https://www.kantei.go.jp/

参院予算委員会は5日午後、多国籍軍への90億ドル追加支援実施のための平成2年度第2次補正予算案を自民、公明、民社などの賛成で可決した。

海部首相は質疑の中で、政府が検討を進めている国連平和維持活動(PKO)への協力で焦点になっている予備自衛官の参加問題について「(自公民)3党合意の趣旨を踏まえて成案作りに努力している。(文民による非軍事的貢献に限るべきだとの)指摘を念頭に置いて作業中だ」と述べ、予備自衛官としての肩書を残したままでの参加には慎重な姿勢を示した。《共同通信》

【政界メモ】海外反響利用して自画自賛

○…公明党の市川書記長は5日の代議士会でのあいさつで、賛否激論の中で最終決断した90億ドルの追加支援容認について、米英の一流新聞の報道ぶりを引用しながら「日本の政治史上初」めて自民党以外の政党が中心的役割を果たした、と書いている。わが党の決定が海外で反響を呼んでいる」と自画自賛、「確信を持って地方選に臨んでほしい」とげきを飛ばした。

さらに市川氏は「自民党との取引は一切なかった」「“やきもち”が永田町周辺に根強くある」と釈明したが、否定すればするほど逆効果、との見方も。

○…海部首相はこの日、前日とは打って変わってスムーズな参院予算委審議の進行に「こういうのを本当の委員会というのかな」と上機嫌。すかさず記者団が国連平和維持活動(PK0)への予備自衛官活用について尋ねると「そういう誘導尋問には引っ掛からないようにしているんだ。慎重にしているんだよ」とニヤリ。

首相を苦しめ続けた湾岸戦争も終結、追加支援のための補正予算成立のメドも立ったせいか、記者団とのやりとりにも余裕たっぷり。桜のつぼみのように政権維持への自信も膨らんできた?《共同通信》

【巨人・原辰徳外野手】骨に異常なし

右足かかとの痛みを訴え、チームから離れている巨人の原辰徳外野手(32)は5日、東京・西新橋の慈恵医大病院で精密検査を受けた結果、骨には異常なく、右アキレスけん周囲炎と診断された。13日に同病院で再検査を受けるが、原辰は6日から多摩川グラウンドで軽い練習を始め、7日出発の西日本へのオープン戦遠征には参加しない。

グアム・キャンプ中に空足を踏んで右足かかとを痛めた原辰は、宮崎キャンプ終盤に痛みが再発し、4日に帰京していた。

診断後の原辰は「気持ちの上ですっきりした。できる範囲内で練習し、早めに「チームに合流したい」とホッとした表情。同行した萩原トレーナーは「スパイクを履いてのベースランニングを全力で走れない、というので検査した。診断した医師からもバッティングはしていいと言われた」と話していた。《共同通信》

【プロ野球・ロッテ】「改装」川崎球場で初練習

ロッテは5日、人工芝、電光スコアボードなど約14億円をかけて改装された川崎球場で初練習した。

午前11時、本塁付近で神主のお払いを受けた後、練習開始。早速金田監督自らノックバットを握り、一、三塁線際の打球の切れ具合やバウンドをチェック、内、外野の連係プレーでは外野手に前へ突っ込ませるなど人工芝対策の練習内容だった。

「人工芝で内野のエラーは減るが、外野手は肩が勝負になる。そのために鹿児島キャンプで野手にしっかりと肩をつくらせたんだ」と金田監督はチームのイメージチェンジも宣伝していた。《共同通信》

【テニス・沢松奈生子選手】プロ転向

日本女子テニスのエース、沢松奈生子(17)=兵庫・夙川学院高=のプロ転向が5日、決まった。

日本テニス協会が同日の常務理事会で、沢松から1日に提出されたプレーヤーズ(プロ選手)登録申請を認めたもので、沢松は4月から松蔭女大に進学するが、同大のテニス部には所属せずにプロ活動する。

日本テニス協会によると、学生の身分のままでプロ登録するのは女子では沢松が初めて。沢松は企業とのスポンサー契約は結ばず、ツアープロに専念する予定。プロ転向後の第1戦は15日からのリプトン国際(米フロリダ州キービスケイン)となる。

沢松は1986年に全日本ジュニア選手権に優勝。88年には15歳6カ月で全日本選手権を制し、日本一のトッププレーヤーとなった。グランドスラム大会を中心に海外遠征にも積極的に挑んでおり、現在、世界ランク28位。学生プロとして学業とツアーを両立させながら、グランドスラム大会での上位進出を目指すことになった。《共同通信》



3月5日のできごと