平成785日目

平成3年3月3日(日)

1991/03/03

【若人あきらさん】海釣り中に行方不明に

3日午後5時40分ごろ、静岡県熱海市の熱海港防潮堤付近で釣りをしていたタレント若人あきらさん(46)が行方不明になったと家族から熱海署に届け出があった。

調べによると、若人さんは家族、知人らの6人グループで熱海市に観光に来たが、午後3時ごろから1人で釣りを始めた。午後5時ごろ家族が迎えに行ったが若人さんの姿はなく、消波ブロック近くで釣りざおと帽子が見つかった。熱海署は波にさらわれた可能性が高いとみて岸から捜索している。《共同通信》



【社会党・土井たか子委員長】厳戒の長崎遊説

社会党の土井委員長は3日、長崎市を訪れ、同党長崎県連などが主催した統一地方選に向けての総決起集会に出席した。

集会には労組員ら約3000人(主催者発表)が詰めかけ、同党から支持されて長崎市長選4選を目指す本島市長も姿を見せた。土井氏は「議席を大きくすることで始めて自治の政治を実のあるものにできる。厳しい中で勝つこそ本物だ」と訴えた。

同市では1日、長崎地裁と長崎市役所に銃弾が撃ち込まれる事件があり、2日には土井委員長が長野県内で右翼の男に襲われそうになったため長崎県警は警察官320人を動員、厳戒態勢を敷いて警備に当たった。

【湾岸戦争】イラクが停戦に合意

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多国籍軍とイラク軍の代表による湾岸戦争の停戦協議がイラク時間の3日正午前から、イラク南部バスラ州のサフワン近郊の航空基地に仮設された大型テントで行われた。

協議は約1時間半で終了、多国籍軍側代表のシュワルツコフ中東軍司令官は協議終了後、イラク軍との間で(1)多国籍軍捕虜とイラクに連行されたクウェート市民の即時開放(2)イラク軍がクウェート領および公海に敷設した地雷、機雷の位置の明示ーなどすべての点で合意が成立したと述べた。これで事実上の停戦が成立した。

司令官はまた、国連安保理の手続きを経て正式に停戦協定が署名された後、多国籍軍がイラク国内から撤退することも表明した。

シュワルツコフ司令官によると、今後国際赤十字が双方の捕虜交換の日時、場所を決定するための作業に入るが、これに先立ち象徴的な形での捕虜交換が近く行われるという。また地雷と海上の機雷についても司令官は「われわれは位置に関する情報を得た。直ちに除去の作業に取りかかる」と語った。

さらに司令官は協議全体について「永続的な平和への大きな一歩が踏み出された」と強調した。

協議には多国籍軍側からシュワルツコフ司令官、ハリド・サウジアラビア軍司令官らが、イラク軍側からは2人の将軍が出席した。《共同通信》

【仏・ミッテラン大統領】安保理で首脳級協議を

フランスのミッテラン大統領は3日夜(日本時間4日未明)湾岸戦争終結後初めてテレビを通じて演説し、中東和平問題を協議するため国連安全保理で国家元首・政府首脳級会合を開催するよう提唱した。

大統領は中東和平国際会議の必要性を改めて主張する一方、国連安保理での首脳級会議の開催について「冷戦時代と違ってわれわれの手の届く範囲にある」と述べ、実現の可能性を力説した。

国連の役割について大統領は、対イラク武力行使を認めたことに触れ「国連は平和の回復を組織する義務がある」と指摘。「クウェート解放は問題の一つが解決したことを意味しているにすぎない」として、イスラエルの安全保障問題、パレスチナ国家の問題、レバノン問題、軍備管理問題などを具体的に列挙した。

また大統領は1万2000人の中東派遣フランス軍部隊について「秋までに帰国するだろう」と述べ、部隊によっては撤収に時間がかかることを明らかにした。《共同通信》

【米・コロラド州】旅客機が墜落、炎上

3日午前9時40分(日本時間4日午前1時40分)ごろ、米コロラド州コロラドスプリングズ空港近くで、同州デンバー発コロラドスプリングズ行きのユナイテッド航空ボーイング737(乗客20人、乗員5人)が着陸に失敗し、滑走路の南約7キロの住宅地近くの干上がった池に墜落した。機体は直後に巨大な炎に包まれて爆発炎上した。

地元警察と空港当局の発表によると、乗員乗客25人全員が死亡。ユナイテッド航空本社から在サンフランシスコの日本総領事館に入った連絡によると、乗客の中に日本人1人が含まれており、搭乗者名簿によると福島市の学校法人事務職員Aさん(45)と分かった。Aさんは2月25日から米国旅行に出掛けていた。

これまでの情報を総合するとボーイング機は最終着陸体勢に入った直後、急に機首を下向きにして斜めに突っ込むように高度を下げ、住宅地のアパートビルを避けながら地上に激突した。

機体は大きな爆発音とともに原形をとどめず、1メートル程度の大きさの破片になって周囲に飛び散った。救急車がいったん出動したが、生存者なしとみて引き返したほど現場は黒焦げ状態で、遺体の収容作業は難航している。

墜落の原因については米連邦航空局(FAA)が中心になって調べるが、着陸当時の空港周辺上空の気象状態は不安定で、強風が吹いていた。

米国では昨年12月3日、ミシガン州デトロイト空港でノースウェスト航空機の衝突事故があったほか、2月1日にもロサンゼルス空港でUSエアの航空機事故で34人が死亡す。るなど、過去3カ月間に航空機事故が頻発している。《共同通信》



3月3日のできごと