平成662日目

平成2年10月31日(水)

1990/10/31

【土呂久ヒ素公害訴訟】和解成立

宮崎県の土呂久鉱山(同県西臼杵郡高千穂町)周辺の慢性ヒ素中毒患者18人(提訴時41人)と遺族計128人が、同鉱山の最終鉱業権者、住友金属鉱山(本社東京)に対し、2陣に分かれて総額21億6000万円の損害賠償を求めた「土呂久公害訴訟」で、患者、会社側双方は31日、最高裁第三小法廷(坂上寿夫裁判長)の勧告に従い、和解した。

和解成立により会社側は総額約4億6500万円の見舞金を支払うが、訴訟の争点となっていた鉱業法上の賠償義務によるものではないとされた。

これで水俣病、イタイイタイ病などに続いて第4の公害病とされた土呂久公害の裁判は、初提訴からほぼ15年ぶりに全面解決した。《共同通信》




【東京六大学野球】立大、11度目の優勝

東京六大学リーグの優勝決定戦、立大ー法大は31日、神宮球場に2万5000の観衆を集めて行われ、立大が4−1で快勝して昨秋以来11度目の優勝をした。

立大は四回二死満塁から古内の中前適時打で1点を先制。5回にも山口の中前適時打で1点を加え、八回には松永の中堅左への2点三塁打でダメを押した。エース高橋は法大を4安打1失点に抑えて完投した。

先手を取られた法大はいいところなく敗れ、4度目の優勝決定戦で初めて黒星を喫した。《共同通信》

【日本ハム・河野博文投手】9月から連絡取れず

日本ハムの河野博文投手(28)が9月初めから球団と連絡が取れない状態になっていることが31日、明らかになった。同投手は5月24日の西武戦(東京ドーム)の試合前に左アキレス腱断裂で全治3カ月の重傷を負い、東京都墨田区内の病院で8月中旬まで治療、リハビリテーションを続けていた。

ところが9月初めごろから行方が分からなくなり、球団関係者が東京都世田谷の自宅マンションを訪ねても本人と連絡がつかず、10月28日の球団納会にも出席しなかった。

日本ハム球団の大沢常務取締役はこの日、パ・リーグの村田事務局長に事情を伝え、一両日中にも連絡がなければ警察に捜索願を出すとしている。

しかし31日、同僚の武田、津野両投手が確認はできなかったものの都内で河野投手を見かけたと語っており、事件に巻き込まれたというより再起への不安から姿を隠したのではないかとの見方が強まっている。

河野投手は88年にはパ・リーグの最優秀防御率投手に輝くなど活躍したが、昨年、今年と一軍での勝ち星はなかった。《共同通信》

【ロッテ・金田監督】高橋慶彦内野手の放出を言明

ロッテの金田監督は31日、高橋慶彦内野手(33)を交換トレードで阪神に放出することを言明した。

同監督はこの日開かれたプロ野球コンベンションで阪神の中村監督と接触。コンベンション終了後「中村監督とは基本的な線で合意した。高橋のためにも阪神でやった方がいい。11月15日ごろに正式に決定するだろう」と述べた。

阪神側の交換選手には遠山昭治投手(23)らが候補に挙げられているが、金田監督は「高橋と1対1ということはないだろう」と阪神側の交換選手は複数になるとの見通しを明らかにした。

金田監督は高橋慶とともにトレード候補に挙げられていた牛島和彦投手(29)については「ロッテで再生させる。トレードには出さない」と言明した。《共同通信》

【プロ野球・ロッテ】来年からの移転を断念

本拠地の千葉移転問題で、ロッテの松井球団社長は31日「来年からの移転はあきらめざるを得ないとオーナーに報告する」と述べ、主張し続けてきた来季からの早期移転を事実上断念することを表明した。

松井社長は同日のオーナー会終了後に、吉国コミックヨナー会談。「ロッテの来年からの移転は無理」との見解を示した同コミッショナーから説明を受けた。会談後、松井社長は野球協約上の移転期限がこの日(10月末日)で切れることも踏まえて「きょうの話では時間切れ。規定がそうなっている以上、残念だがやむを得ない」と語った。《共同通信》

【自民党】国連平和協力法案の成立を事実上断念

自民党は31日、国連平和協力法案の今国会での成立は、野党の賛成が得られず、参院の与野党逆転状況から困難との判断を固めた。

小沢幹事長ら執行部は「今国会での成立を目指す」との方針を変えていないものの、社会党だけでなく公明党も会期延長反対、法案修正にも応じない考えが明確になったことから、今国会での成立は事実上、断念せざるを得ない状況だ。《共同通信》

【名古屋高裁】がん告知は医師の裁量

がんと告知せず手遅れになったのは、医師の債務不履行に当たるとして、妻をがんで亡くした名古屋市名東区、会社顧問Aさん(65)ら遺族4人が、日本赤十字社(東京都港区、山本正淑社長)に約4850万円の損害賠償を求めた「がん告知訴訟」の控訴審判決が31日午後、名古屋高裁(伊藤滋夫裁判長)で言い渡された。

伊藤裁判長は「病気の説明の相手や内容、程度については医師の裁量の範囲内」として請求を退けた一審判決を支持、原告の控訴を棄却した。

判決の中で、伊藤裁判長は「当時、医師と患者との関係は、まだ病名を告知してよいだけの信頼関係はなかった」と認定「昭和58年当時の状況としては、大多数の医師が告知しなかったと考えられる」として、原告側の債務不履行の主張を退けた。

訴えによると、Aさんの妻で看護婦のB子さん=当時(50)=は昭和58年1月末、腹部の痛みを訴え、名古屋市昭和区の名古屋第二赤十字病院で診察を受けた。コンピューター断層撮影(CTスキャン)などの検査結果から、医師は「胆のうがん」と診断したが、本人には「胆石がひどく胆のうも変形しているので早急に手術が必要」とだけ伝えた。

和子さんは「胆石症ならすぐ入院しなくても大丈夫」と判断、通院をやめ、入院もしないまま同年6月に倒れ、半年後に死亡した。

Aさん側は「医師は診断結果を正確に患者に伝える診療契約上の債務がある」などとして病院側の債務不履行を主張。一審・名古屋地裁は昨年5月「病気の内容の説明相手や内容、程度については医師の裁量の範囲内」として、Aさん側の請求を棄却した。《共同通信》

【社会党・土井たか子委員長】平和協力法案廃案へ戦い抜く

第27回護憲国民大会は31日、金沢市の石川厚生年金会館で三日間の幕を開け、開会総会であいさつした社会党の土井たか子委員長は、国会で審議中の国連平和協力法案について「成立すれば最初の一兵の派遣で平和憲法は終わってしまう」と指摘するとともに、同法案の粉砕で自衛隊の海外派遣を阻止するとの立場から「社会党は志を同じくするすべての人たちとスクラムを組み、衆議院段階で国連平和協力法案を廃案とするため戦い抜くことを誓う」と述べ、憲法擁護に向けて参加者に総力の結集を訴えた。

全国から社会党関係者や旧総評系労働組合員ら約2000人が出席した。開会総会では、主催者を代表して憲法擁護国民連合の石橋政嗣議長、石川県憲法を守る会の北尾強也代表委員がそれぞれあいさつし、来賓の祝辞に移った。

この中で、土井委員長は「国連平和協力法案の成立は憲法九条の命取りであり、非核三原則、武器輸出禁止原則をもホゴにする道に通じる」などと主張したほか、連合参議院を代表して粟森喬参院議員が「津々浦々で国連平和協力法案に反対し、敏感に行動してほしい。そのことが院内で戦う私たちや社会党を支えてくれる」と述べた。

引き続き、護憲連合の牟礼敦己事務局長が大会の基調を提案し、石川県のあすを築く女たちの会の吉田寿子事務局長が同法案廃案をめざす緊急アピールを発表した。この後、「冷戦終結後の世界と日本の国際貢献」のテーマでシンポジウムが行われた。《北國新聞》

【政界メモ】雨の日も風の日も委員会

◯…衆院国連平和協力特別委員会の論議も六日目を迎えた31日、海部首相は「毎日、毎日委員会に縛られて、雨の日も風の日も委員会だよ」と論戦にややバテ気味。

自衛隊派遣と大正時代の出兵などを絡めた野党側の質問には、さすがに困惑した様子で「大正7年の陸海軍の出撃や日清戦争の開戦のことを持ち出して法案がどうのこうのと言われても分からんよ。もう時代は変わっていると言ってるんだがなあ」と、なかなかかみ合わない議論にぼやきも。記者団に「歴史書を横に置いて答弁したら」と突っ込まれても「そうだなあ」と苦笑いを繰り返すだけだった。

◯…来日中のアフリカ民族会議(ANC)副議長ネルソン・マンデラ氏はこの日午前、都内のホテルで社会党を除く各野党党首とそれぞれ会談。大内民社党委員長との会談では、ANCへの日本の経済援助に不満を示し「われわれは2500万ドル要求したが、日本が示してくれた援助は、デコレーションケーキの上に乗ったサクランボだけだった」と側面支援を要請。

会談後大内氏は「カネがないのは民社党と同じだな。ただ向こうは自由選挙が実現すれば大統領になれるからなあ」とポツリ。「カネなし、ポストもなし」の民社党の実態を嘆くことしきりだった。《共同通信》

【カンボジア】再び戦闘激化

本格的な乾季入りを前にカンボジアでは、ヘン・サムリン軍とポル・ポト派を中心とする国民政府(三派連合)軍との戦闘が再び激化している。

31日夜のプノンペン放送(サムリン政権)によると、三派連合軍が10月27、29日の二日間、カンボジア北西部のシエムレアプと中部のコンボントムにあるサムリン軍陣地を激しく攻撃した。

これに対しサムリン軍は、三派軍兵士をシエムレアプ地区で108人、コンポントムで12人殺害したという。サムリン軍が二日間で三派側兵士計120人も殺害したというのは最近では珍しい。

同放送は戦闘の状況、サムリン軍側の被害などについて詳しくは触れていない。しかしハノイ放送も31日夜、ポト派が乾期入りを前に大々的な攻撃を開始する準備を進めていると伝え、特にポト派がアンコールワットのあるシエムレアプ地区での攻勢を計画していると警告した。

9月のジャカルタでの四派当事者協議で設置されたカンボジア最高民族評議会(SNC)も、構成をめぐるサムリン政権と国民政府の対立で発足が宙に浮く中、カンボジア問題パリ国際会議議長国のフランスとインドネシアは、粉争当事者と関係国によるジャカルタ国際会議の11月開催を呼び掛け、和平への機運を再び盛り上げようとしているが、当事者は政治交渉を有利に導くための思惑から戦場でのせめぎあいを活発化させているとみられる。《共同通信》

【幸田文さん】死去

明治の文豪幸田露伴の二女で日本芸術院会員の作家、幸田文さんが31日午前3時43分、茨城県石岡市の石岡第一病院で死去した。86歳。東京都出身。

明治37年、東京・向島に生まれ、女子学院卒業後、酒問屋に嫁いだが、婚家の没落で苦労を重ね、10年で離婚。一人娘を連れて、晩年の露伴に仕えた。

昭和22年の露伴の死後、父を追憶する「雑記」「終焉」「葬送の記」などを相次いで発表、清新で無駄のない文体でたちまち注目を集めた。《共同通信》




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