平成572日目

平成2年8月2日(木)

1990/08/02

【イラク】クウェートに侵攻

領土問題や原油問題をめぐり、クウェート国境に集結していたイラク軍が2日午前2時、大挙して国境を越えクウェートに侵攻した。クウェート側も砲撃などで応戦したが、大量の戦車のほか、空海軍力も投入したイラク軍はそのまま進撃して首都クウェートを制圧した。

クウェートには400人前後の日本人が滞在しているが、在クウェート日本人大使館によると、日本人の死者は出ていない。

イラク国営放送は同日朝、イラク革命軍事評議会の声明を伝え「クウェート政府はクウェートの革命勢力によって転覆された」と発表するとともに、午後にはジャビル首長の政権転覆後に樹立された「クウェート暫定自由政府」が発表したというコミュニケを伝えた。

コミュニケには新指導者の名前はないが、①ジャビル首長の追放②国民議会の解散③情勢安定後に自由選挙実施–などを明らかにした。《共同通信》

人影が途絶えた首都クウェートの通りに、戦車を伴った完全武装のイラク軍兵士が展開、ジャビル・クウェート首長の宮殿を完全包囲した。激しい砲声、銃声が響く中、国営クウェートラジオは「若者たちよ、野蛮な侵攻を許すな」と抵抗を呼び掛けた。しかし近代的なビルが並ぶ首都は、あっという間にイラク軍の占領下に入ってしまった。

クウェートからの情報によると、2日、産油国として日本にもなじみの深いペルシャ湾岸の小国クウェートは、アラブの軍事大国イラクの突然の侵攻にわずか半日でもろくも崩れ落ちた。

「ドーン、ドーン」。「ダー「ダッダダッ」。同日午前7時(日本時間同午後1時)すぎ、首都クウェート市内で、砲音、自動小銃の銃撃音がこだました。「イラク軍だ」。おびえて自宅に閉じこもる市民。街は350両の戦車、装甲車両を押し立てたイラク軍になすすべなく制圧された。侵攻開始からわずか約6時間後の速攻だ。

侵攻当初、クウェート放送は民族音楽をバックに「アラブ諸国よ。クウェートをこの危機から救ってほしい」と近隣の国々に支援を要請。一方で、「若者よ。野蛮な侵攻を許すな。国を守る時が今やってきた」と再三にわたりアナウンサーが叫んだ。しかしイラク軍の制圧下に入ったためか、やがてテレビもラジオも放送を中止してしまった。

首長宮殿を50両の戦車が取り囲み、砲撃戦があった、という目撃者の話が流れ、大半の市民も聞こえる砲声、銃声におびえ、自宅にこもったまま。市内はひっそりと静まっているという。中には、窓越しに、または屋上からこわごわと付近の状況をのぞく人もいるが、だれもが青ざめこわばった表情という。《共同通信》




【東京株式市場】一時3万円割れ

2日の東京株式市場は、中東情勢の緊迫化を嫌気してほぼ全面的に売られ、平均株価(225種)は一時、5月1日以来、3ヶ月ぶりに3万円の大台を割った。引けにかけて市場はやや落ち着きを取り戻し、平均株価は前日比592円81銭安の3万245円18銭で引けた。《共同通信》

【皇居】大嘗宮の地鎮祭

11月に予定される大嘗祭(だいじょうさい)の斎場、大嘗宮(だいじょうきゅう)の地鎮祭が2日午前、建設予定地の皇居・東御苑で行われた。

大礼委員を務める宮内庁の幹部職員3人や建築業者らが参列。宮内庁楽部の演奏する神楽歌が流れる中、宮中祭事をつかさどる衣冠姿の掌典職員が、大嘗祭の主要儀式の行われる悠紀殿(ゆきでん)と主基殿(すきでん)の予定地に米や酒、紅白の絹布などを供え、災いの起こらないことを祈る祝詞を読み上げた。

次いで鎮物(しずめもの)と称する青、赤、白、黒、黄の絹布を埋め、くわで掘る動作をするなどして約1時間半で地鎮祭は終了した。

大嘗宮は縦99メートル、横95メートルを柴垣で囲い、中に悠紀殿、主基殿や天皇、皇后両陛下が着替えをする廻立殿(かいりゅうでん)など大小39棟の建物が並ぶ。材料はカラマツの原木などで11月上旬に完成の予定。建築費は約9億円だが、土地整備費などを含めると約14億円になる。

大嘗祭は11月12日の「即位の礼」の後、同月22日夕から23日未明にかけて行われる。天皇が即位後初めて新穀を皇祖などに供え、自らも食べて五穀豊穣(ほうじょう)を祈念するとされる一世一代の重要儀式で、皇室の公的行事として費用は宮廷費から支出することが決まっている。《共同通信》

【米ソ外相会談】アジアでも冷戦終結

イルクーツクで二日間にわたり会談したシェワルナゼ・ソ連外相とベーカー米国務長官は2日午前、市内の迎賓館で三回目の会談を終えた後、共同記者会見。

シェワルナゼ外相が冒頭、声明を読み上げ、米ソ両国が欧州と同様にアジア・太平洋地域でも互いを敵対者とみなすことをやめるとの相互理解ができたと述べ、米ソがアジアでも冷戦構造を終結させ、協力して緊張緩和と地域紛争解決に本格的に乗り出すことを明らかにした。

アフガニスタン紛争問題で同外相は①国連監視下での自由・公正選挙の実施②ナジブラ政権の権限の一部を選挙実施のための第三者機関に移譲するとの基本線で米ソが初めて合意したことを明らかにした。

ベーカー長官は、アフガニスタン問題について、移譲する権限の内容や、第三者機関など具体的な問題で詰める点が残っていることを指摘し、近く米ソ両国が専門家レベルで協議を開始することを確認した。

またカンボジア紛争についてシェワルナゼ外相は、米国の対ベトナム直接対話開始を「正しい方向」と評価、「近い将来、解決も可能である」」との楽観的見方を示した。

外相はソ連アジア地域のイルクーツクで開かれた外相会談で初めて、アジア・太平洋地域の安全保障問題について全面的な討議をした、と会談の意義を強調した。

朝鮮問題でも外相は、米ソが南北朝鮮の対話を促進できるとの理解が生まれた、と述べた。また北方領土問題も米国側が提起したことを外相は確認した。

しかし、ソ連が提唱しているアジアにおける安全保障機構創設について、ベーカー長官は、「条件整備が必要であり、機構創設を目的化して急ぐべきではない」と慎重な姿勢を示した。《共同通信》

【政界メモ】夏休みはゆっくり読書

◯…海部首相は2日も引き続き群馬県嬬恋村のホテルで夏休み。この日は前日のハードな山歩きの疲れが残っていたのか、ホテル周辺を1時間ほど散策しただけで終日、自室で読書三昧(ざんまい)。司馬遼太郎氏の「明治という国家」を読みふけった。

「歴史物が好きで、司馬さんの本は大抵読んでいたんだ」という首相だがが、慌ただしい政治日程で「ずっと積んであったが、読む暇がなかった」とかで、早々に部屋に引きこもった。首相の夏休みもあと二日。山を降りれば再び難問山積の中に飛び込まねばならず、つかの間の読書で「平成という国家」が描けたかどうか。

◯…社会党中央執行委員会に、超党派訪米団に参加した伊藤政審会長が出席。ところが、伊藤氏は訪米中にコメの輸入自由化に柔軟と取られかねない発言をしたとあって「いろいろ慎重を欠いた点はおわび-したい。市場開放阻止の党の方針は不変です」と平謝り。

この後、記者会見をした田並広報局長はこの伊藤発言を猛烈な早口で紹介。記者団から「もう一度ゆっくり」と求められると、「こういう政治的発言は二回は言えないんだよ」とぶつぶつ。ようやく再説明に応じたもののコメ問題に神経過敏になっている社会党の内情をはしなくも示した格好。




8月2日のできごと