平成568日目

平成2年7月29日(日)

1990/07/29

【リベリア】乳児含め600人虐殺

内戦が続くリベリアの首都モンロビアで29日夜、ドウ大統領配下の政府軍兵士約30人が市内の聖ペテロ・ルーテル教会を襲撃し、同教会に避難していた約600人以上を虐殺した。犠牲者の大半は、政府軍を攻撃中の反政府ゲリラを構成するマノ族などの人々で、なかには乳児や子供、女性らも多く含まれていたという。

生存者らの話によると、反政府ゲリラがモンロビアを包囲し始めた3週間前から、戦火を避けて約2000人が同教会に避難していた。政府軍兵士は自動小銃を乱射しながら教会に突入、二階で寝ていた数百人を無差別に銃撃、一部はナイフで殺した。

兵士は子供を逃がそうとした女性を並ばせ、その場で銃殺したという。教会の内部は血にまみれ、ふだん信者らが座るいすの下には、遺体が散乱、祭壇の上にも少年の遺体が放置されていたという。

教会の屋根に隠れて難を逃れた生存者の一人は「初め、兵士は尋問のために教会に来たと思った。突然彼らは虐殺を始め、人々は悲鳴を上げながら先を争って逃げ惑った」と恐怖の模様を語った。

生存者によると、避難民の多くはゲリラの属するギオ、マノ両族だったのに対し、政府軍兵士はこれと敵対するクラン族だったという。

反政府ゲリラの指導者の一人は西側カメラマンに対し、内戦を終結させるため米国に海兵隊200人を派遣するよう要請したが、米国が拒否したと批判した。《共同通信》




【モンゴル】史上初の自由選挙

与党、モンゴル人民革命党(共産党)の出直し改革か、野党勢力による急進的改革か−−。アジア社会主義国の中でただ一つ一党独裁から複数政党制へ移行した草原の国モンゴルで29日、史上初の自由選挙の投票が全国一斉に行われた。

中央選管の発表によると投票は午前7時から午後10時までで、登録有権者数は98万7000人。即日開票だが、作業に手間取るため体勢判明は31日午後となる見通しで、最終結果の発表は8月3日となる。

29日は未明の曇り空が一転して晴れ上がり、モンゴル特有の抜けるような青空の絶好の選挙日和。出足も好調で首都の各投票所の前に民族衣装の「デル」を着た人々の長い列ができた。投票率は90%を超えるとみられる。《共同通信》

【WBAフライ級タイトル戦】レパード玉熊選手、初戴冠

世界ボクシング協会(WBA)フライ級チャンピオン李烈雨(韓国)に同級1位レパード玉熊(国際)が挑戦したタイトルマッチ12回戦は29日、水戸市の水戸市民体育館で行われ、玉熊が10回2分21秒、TKO勝ちで新王者になった。玉熊は二度目の挑戦で王座獲得に成功。李は初防衛に失敗。

身長で10センチ上回る玉熊はボディーを打ちながら遮二無二前に出る李の戦法に後退しながらも、機を見て体を入れ替えると左右の連打で徐々にダメージを加えた。中盤からは一方的にペースをつかみ、10回に連打で2度のダウンを奪い、TKO勝ちした。日本の世界チャンピオンは28人目、フライ級では8人目。これで日本の世界チャンピオンは世界ボクシング評議会(WBC)ストロー級の大橋秀行(ヨネクラ)と2人になった。《共同通信》

【海部俊樹首相】初のお国入り

海部首相は29日、昨年夏に政権の座に就いて以来初めて郷里の愛知県一宮市(愛知3区)にお国入りし、地元支持者の熱烈な歓迎を受けた。

首相はこの朝、8時前に宿泊先の名古屋市内のホテルを出発するハードスケジュール。まず、秘書として政治生活のスタートを切った故河野金昇衆院議員の銅像に手を合わせた後、隣接の広場で約2000人の尾西市民に首相就任を報告。「河野先生の声なき声に励まされて一歩一歩歩んできた。(国政に)すべてをささげてこれからも前進を続け、ふるさとのため、国のために頑張っていきたい」とあいさつ。このあと一宮市の真清田神社に参拝した。

首相は記者会見の冒頭でお国入りの感想を聞かれ「非常に感激している。責任の重大さも痛感している」と述べた。首相はさらに石川啄木の「ふるさとの山に向かいて言うことなし。ふるさとの山はありがたきかな」の短歌を引用し「啄木と同じような気持ちだ」と感慨深げだった。

この日の本番は、一宮市の繊維団地での大集会。首相の威光もあって約1万人の支持者を集め、首相はこの1年の政治実績と感謝を熱っぽく訴えた。30度を超す日差しの中、首相は大粒の汗をぬぐう間もなかった。

現職首相のお国入りは3代前の中曽根政権以来。支持率が60%台という絶頂期に到達した首相にとって、またとない機会をとらえたお国入りとなった。《共同通信》




7月29日のできごと