平成545日目

平成2年7月6日(金)

1990/07/06

【秋篠宮ご夫妻】伊勢神宮に結婚をご報告

三重県入りしている秋篠宮ご夫妻は6日午前、伊勢神宮を参拝し、結婚の報告をされた。

志摩半島・賢島でご旅行第一夜を過ごしたお二人は近鉄電車、自動車を乗り継いで午前10時すぎ、外宮斎館に到着。秋篠宮さまはモ-ーニングにシルクハット、紀子さまはうぐいす色のローブモンタントと白の帽子の正装に着替えられた。

お二人は同11時前、神宮関係者の先導で、参道の玉砂利を踏みしめ正殿へ。正殿を囲む内玉垣南御門の前で、それぞれ玉ぐしをそなえ参拝をすまされた。続いて、約四キロ離れた内宮(ないくう)へ向かい再びご参拝。ご夫妻は参拝後の午後2時すぎ、伊勢市宇治山田駅から奈良県へ向かわれる。

快晴に恵まれた伊勢市内では、ロイヤルカップルをひと目見ようと大勢の市民が伊勢神宮に詰め掛けた。外宮・神楽殿前には地元幼稚園児と父兄ら約300人が並び、着替えを終えられた秋篠宮ご夫妻が近付くと、歓声とともに園児らが自分たちで作った日の丸を一斉に振った。神官らに付き添われたお二人はいくぶん緊張気味ながらも、園児の歓迎に何度も会釈を繰り返されていた。

お二人を間近に見た伊勢市内の主婦(30)は「紀子さまはテレビよりずっときれい。お姿を拝見できて本当に良かった」と感激した様子。外宮では参拝客のほか、仕事や授業を抜け出した0Lや高校生ら計約5000人(三重県警調べ)が出迎えた。《共同通信》

伊勢神宮で結婚報告の参拝を済ませた秋候宮ご夫妻は6日夕、近鉄の特急電車で奈良県入りし、歓迎の人波の中を奈良市内のホテルに入られた。7日午前、同県橿原市の神武天皇陵を参拝される。

この日午前中、正装で伊勢神宮の外宮と内宮の参拝を終えたお二人は午後二時すぎ、近鉄宇治山田駅から奈良へ。大和西大寺駅で降りたお二人は、奈良県の上田知事らの出迎えを受けられた。

車道にはみ出さんばかりに膨れ上がった歓迎の人波に、ライトブルーのワンピース姿の紀子さまは、疲れも見せずにこやかな笑顔でこたえられた。

7日は神武天皇陵に参拝後、近鉄、新幹線を乗り継ぎ、同日夕、帰京される。《共同通信》




【神戸高塚高校校門圧死事件】

6日午前8時半ごろ、神戸市西区美賀多台、兵庫県立神戸高塚高校の正門で、同校1年A子さん(15)が耳や口から血を流して倒れているのを教師が見つけ、119番した。A子さんは近くの病院に運ばれたが、間もなく死亡した。

玉津署の調べによると、同校では毎日午前8時半に教師が校門を閉め、遅刻した生徒をチェックしていることから、遅れそうになったA子さんが校門に駆け込もうとして門扉に頭を挟まれたとみているが、体ごと校門に激突した可能性もあり、門を閉めた教師から業務上過失致死の疑いでも事情を聴いている。《共同通信》

【政界メモ】海部さんって誰のこと

〇…海部首相は6日昼すぎ、官邸で番記者から「北川環境庁長官の就任祝賀会問題で海部さんが長官に注意したのか」と聞かれ、「海部さんてだれのことだよ。おれのことか」と質問した記者をにらみつけた。「世間を騒がせたからか」となおも食い下がる記者団に「世間を騒がせた?だれがそんなこと言っているの。閣僚だから厳しくいこうということだ」と突っけんどんな返事。

首相として初参加の先進国首脳会議(ヒューストン・サミット)を目前にした緊張といらだちが背景にあったようだが、昨年八月の就任直後には「海部さんと呼んでよ」と番記者に言っていただけに、変身ぶりに一同あぜん。

〇…午前中、国会内で開かれた税制問題両院協議会の専門者会議の冒頭、「専門者」と「専門家」との違こいがひとしきり話題に。「われわれは一家を成していないということだ」と自民党の加藤政調会長が言えば、社会党の伊藤政審会長は「英語で言えば両方ともスペシャリストで同じじゃないか」と異論を唱。え税制問題より先に名称論議に流れそうな雲行き。

自民党の越智通雄政調会長代理らが慌てて「専門家より専門者の方が幅が広い」との統一見解をまとめ、その場を取りなしていたが、それぞれ一家言持つ専門家の集まりだけに早くも議論百出の気配。《共同通信》

【エリツィン・ロシア共和国最高会議議長】民主勢力同盟の創設を

ソ連共産党大会は五日目の6日、一般討議を再開し、今大会で初めて発言した急進派のリーダー、エリツィン・ロシア共和国最高会議議長が、党名を「民主社会主義党」に変更することを提案した。また保守派の攻勢からペレストロイカ(改革)を守るために、内外の民主勢力を集めた「民主勢力同盟」の創設を呼び掛けた。

この同盟は党内の急進派だけでなく、複数政党制導入とともに結成された政党や民主団体を広く集めた民主勢力の“連立ブロック”結成を目指すものとみられる。エリツィン議長は演説後、記者団の質問に対し「この同盟はソ連の民主勢力の政治的基盤になる」と述べた。

議長は、ゴルバチョフ大統領が、この同盟創設の提案に賛成すると思うかとの質問に対し「党大会の結果を見ながら考えると思う」と述べた。議長は、党が提案を拒否した場合「民主勢力の一部は党を出るだろう」と答えたが、議長自身の進退については明しなかった。

エリツィン議長はこのほかに大会に対する要求として①今大会では指導部を選出するが、綱領や規約は半年か一年後に改めて党大会を開いて採択する②軍隊や国家保安委員会(KGB)を含む国家機関に対する党の指導を廃止し、議会政党に脱皮する―などの諸点を挙げた。

議長は、急進派、保守派との妥協を図りながら党の統一を目指す大統領の姿勢についても言及し「皆が一つの船に乗っていると再三宣言したことにより、保守派の立場は強められた」と指摘、大統領に対し、党内保守派を切り捨て、急進派と団結するよう求めた。

議長は党内の保守派について、改革の第一段階では守勢だったが、民主化の進展とともに改革に対する攻勢に転じたと指摘した。エリツィン演説に対して会場からの拍手は小さく、保守派の今後の反撃が予想される。《共同通信》

【ブルガリア・ムラデノフ大統領】辞任

昨年末の「戦車投入」発言が発覚、各党から辞任要求を突き付けられていたムラデノフ・ブルガリア大統領宣言は6日、国民議会に辞表を提出、辞任した。社会主義政権を打倒した東欧諸国で、国家元首が辞任に追い込まれたのは初めて。4初めの就任以来、わずか3カ月余りの辞任だ。

辞任声明は、同日午後8時(日本時間7日午前2時)の国営テレビのニュース番組で読み上げられた。国営ブルガリア通信によると、大統領はこれに先立ち、トドロフ国民議会議長に辞表を提出、議長は各党代表を招集し、辞任を伝えた。大統領は声明の中で「国内の緊張拡大の原因になりたくはない」と辞任を決断した理由を述べた。同日午後8時までに辞任しなければ、ゼネストに突入すると、した学生らの圧力に屈した形だ。

問題の発言があったのは昨年12月14日。ジフコフ政権打倒後、共産党書記長の座にあったムラデノフ氏は、憲法の「党の指導」条項の削除を求め議会前に集まった群衆を解散させようとして失敗。その際「戦車を投入したほうがいい」と口走っていたことが、先月、野党が公表したビデオテープで明らかになった。

大統領は当初「ビデオは合成」と主張したが、今月4日独立調査委員会が「本物」との鑑定結果を出したため“大統領のうそ”に、改めて批判が噴出していた。《共同通信》




7月6日のできごと