平成5845日目

2005/01/08

【町村信孝外相】スマトラ沖地震津波被災地を視察

「現場は想像を超える激しさ、すごさ、悲惨さだ」。町村信孝外相は8日、スマトラ沖地震の津波で日本人観光客らを含む多数の死者、行方不明者が出たタイ南部のプーケットとカオラックの被災地を視察後、同行記者団に印象を語った。


https://www.mofa.go.jp/

日本の5億ドル緊急支援については「よその政府と違い、直ちにその金額を国際機関なり各国政府に振り込む。今月20日ごろまでに実行に移す」と強調した。

気温30度を超える暑さと強い日差しの中、外相はカオラックで、破壊されたコテージなどのがれきが散在する海辺を長靴姿で視察したほか、現地で活動する日本の緊急援助隊医療チームを激励し「役に立てることがあったら言ってほしい」などと声を掛けた。

これに先立ち、プーケットでは被災者支援の陣頭指揮を執るタイのポーキン内相と会談。「まだ(身元が確認できない)3000体以上の遺体がある」との説明に町村氏は「DNAの標本採取、鑑定については日本からも専門家を送っている。タイ政府と協力して作業に当たらせたい」と協力を約束。津波早期警戒システムの構築にも努力する考えを示した。プーケットでも緊急援助隊や日本人会のメンバーを激励した。《共同通信》




昭和64年1月1日〜このサイトをご覧頂いている日の一週間前まで、すべての日の「何らかの」できごとを記しています。

情報量が少ない日は随時加筆中です。

引用記事は名前、住所など一部修正の上、抜粋してあります。

外国の方のお名前、地名などは現時点で一般的に通じるものに書き換えています。(例・ロシアのプーチン氏はかつてプチン氏と表記されていました)

古い記事の多くは「書き写し」のため、誤字脱字が多数あります。見つけ次第修正しています。

このサイトについて

【小森和子さん】死去

「小森のおばちゃま」の愛称で親しまれた映画評論家の小森和子さんが8日午前1時42分、呼吸不全のため東京都港区麻布台の自宅で死去した。95歳。東京都出身。10数年前から仕事をやめ、自宅で療養していた。

雑誌記者などを経て、雑誌「映画の友」編集長だった淀川長治氏の勧めで、戦後、映画評論の道に入った。テレビやラジオの洋画解説やトーク番組などに出演し、「おばちゃまはね…」「モア・ベターよ」など独特の語り口で、人気者になった。《共同通信》



1月8日 その日のできごと(何の日)