平成3145日目

平成9年8月18日(月)

1997/08/18

【松山ホステス殺人事件】福田和子容疑者を起訴

松山市のホステス殺害事件で松山地検は18日、約15年間にわたり逃走を続け、時効3週間前に福井市内で逮捕された元ホステス福田和子容疑者(49)を強盗殺人罪で起訴した。時効の完成は19日午後0時で、時効ぎりぎりの起訴となった。愛媛県警松山東署捜査本部は、逃走経路や逃走資金の出所、逃走を支援した人物の有無などについて引き続き捜査する。

起訴状によると、福田被告は1982年8月19日午後3時ごろ、松山市のホステスA子さん=当時(31)=の自宅マンションで、A子さんの首を腰ひもで締めて窒息死させ、現金や整理たんす、預金通帳など計約1000万円相当を奪った。

松山地検は、福田被告がA子さんを殺害する前、愛媛県今治市のいとこに「友人の引っ越しを手伝う」と家財道具の搬出を依頼していたことなどから、当初から家財道具を奪う目的で殺害したと判断した。《共同通信》

松山市のホステス殺害事件は18日、福田容疑者の起訴で一つのヤマを越えた。愛媛県警の捜査本部は今後も約15年に及ぶ逃走経路や資金などの解明を進めるが、これまでの調べで「七つの顔を持つ女」「魔性のヴィーナス」などと形容された福田被告の顔の一部が浮かび上がった。

福井からの移送後、松山東署で逮捕写真を撮る際、福田被告は両手を体の前で合わせ、小首をかしげてほほ笑むポーズを取った。捜査員も驚くほどの落ち着ぶりで、調べにも淡々と応じていたという。だが殺害の計画性や強盗殺人容疑は否認。動機や逃走経路の供述も二転三転し、捜査員が「大うそつき」と言って、いら立つ場面も。

大阪を経由して金沢に逃走したことについては「(青森県の)恐山でA子さんの霊を供養しようと思ったが、乗った電車が金沢止まりだった」。消息を絶った昭和63年5月以降の足取りは「大阪を拠点に逃げ、4、5年前には函館にもいた」としているが、具体的な供述は拒んでおり、捜査本部もこれらの真偽を測りかねている。

逃走先では写真撮影を極端に嫌がるなど用心深かったはずの逃亡生活。それが“最終地”の福井では「明るく堂々とした振る舞い」で「人当はたりが良く、服装は派手で、目に付くタイプ」に。逃亡者のイメージとはほど遠いが、捜査関係者は「それも巧みなカムフラージュ」とみる。松山東署に拘置されていた間、家族を含め接見希望者は一人も現れなかった。逃亡生活で周囲を欺き続けたせいか、手紙すら届かなかったという。《北國新聞》



【中国・唐家璇外務次官】梶山発言を批判

中国の唐家璇外務次官は19日、中国外務省で北京を訪れた日本人記者団と会見し、梶山静六官房長官が「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)見直しに関し、「周辺事態(有事)」の対象範囲に台湾海峡も含まれると明言したことについて「大変露骨で変な発言だ。遺憾の意を表明せざるを得ない」と厳しく批判、外交ルートを通じて日本政府に釈明を求める考えを表明した。中国政府高官が梶山発言を公式に批判したのは初めて。

唐次官は、来月4日からの橋本龍太郎首相訪中の際、ガイドラインの対象範囲の確認を求めるかどうかについては明言を避けた。ただ日中首脳会談で指針見直しが取り上げられるのは必至とみられ、首相は日中関係をこじれさせないため、あらためて説明し理解を求めることになろう。一方、武大偉駐日中国公使は19日、外務省に阿南惟茂アジア局長を訪ね、梶山発言の真意をただした。

唐次官は会見で「梶山長官の発言はこれまでの日本政府の説明と明らかに異なる。台湾問題は中国の内政問題であり、いかなる国の干渉も許さない」と強い調子で不快感を表明。さらに同長官が台湾有事の際には日本が米国を支援すべきだとの考えを強調したことに触れ「(日本の)政治家がよく使う説明だが、そういう論理は中国では通用しない」と、日本の対米関係配慮の姿勢に疑問を示した。さらに米中関係についても「(指針見直しを)適当に処理できなければ中米関係発展の障害となる」と指摘した。《共同通信》

【政府・行政改革会議】「内閣府」新設で一致

政府の行政改革会議(会長・橋本龍太郎首相)は18日、東京都内のホテルで集中審議を開始、内閣機能強化策を中心に議論した。この結果、首相の補佐体制を強化するために現在の総理府と総務庁などを統合して「内閣府」を新設することでは基本的に一致、内閣官房とは別組織にするとの意見が大勢を占めた。

また(1)首相の閣議での発議権を明確化するための内閣法四条改正(2)特命事項担当相、関係閣僚会議の積極活用(3)予算編成方針を策定する「経済財政諮問会議」創設–などでも合意。閣議決定方式に関しては「多数決制の採用も考慮されていい」との考えが了承された。《共同通信》



8月18日のできごと