平成2492日目

平成7年11月4日(土)

1995/11/04

【イスラエル・ラビン首相】暗殺

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ラビン・イスラエル首相兼国防相(73)は4日午後9時40分(日本時間5日午前4時40分)ごろ、テルアビブの市庁舎前の中東和平推進派集会で演説した後、パレスチナ自治拡大に反対する極右のユダヤ人青年(27)に至近距離から胸などを銃撃され、病院に運ばれたが同11時10分死亡した。青年は現場で逮捕された。

イスラエル政府は5日未明の緊急閣議で、ペレス外相兼副首相を暫定内閣の首相代行に決定した。閣議は、和平路線の継承も決めた。

しかしパレスチナ暫定自治開始、ヨルダンとの平和条約締結など、中東和平達成に大きな役割を果たしてきた首相の衝撃的な暗殺が、今後の和平交渉の行方に与える影響は計り知れない。

右派の最大野党リクードも同日、ペレス首相代行の新政権樹立を支持すると表明した。このためペレス氏が首相に正式就任し、ラビン労働党連立政権を引き継ぐことが確実となり、当面、政局の混迷は避けられそうな見通しだ。

ラビン首相の遺体は、5日午後テルアビブからエルサレムの国会前に移され、レア夫人が見守る中、ワイツマン大統領、閣僚らが弔問、その後一般国民が続々と続いた。

葬儀はエルサレムのヘルツェル山で6日午後2時(日本時間同9時)から、クリントン米大統領、河野洋平外相ら各国要人が参列して行われる。

4日夜の集会でラビン首相は10万人近い聴衆に「大多数の国民は和平を望んでいる」「人々は暴力には反対だ」などと演説。集会の最後に「平和の歌」を合唱した後、演壇を降り車に乗ろうとした際に銃撃された。

逮捕されたのは、テルアビブ郊外にあるユダヤ教正統派のバリラン大学法学生イガル・アミール容疑者。警察の調べに対し「過去に2回、首相を暗殺しようとしたが、警備が厳重で発砲できなかった。今回はペレス外相も狙ったが数分前に帰ったので、首相の暗殺に絞った。神の命令に従った」などと語っているという。

ラビン首相は1993年9月、暫定自治宣言でパレスチナ解放機構(PLO)との歴史的な和平に踏み切り、アラファトPLO議長やペレス外相とともに94年末、ノーベル平和賞を受賞した。ことし9月には、厳しい交渉の末、アラファト議長とヨルダン川西岸へのパレスチナ自治拡大協定に調印した。

しかし同協定には、西岸のユダヤ人入植者や、旧約聖書により西岸を神がユダヤ人に与えた地とみなすユダヤ教正統派などが激しく反発、ラビン首相を「裏切り者」と非難していた。《共同通信》

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ラビン・イスラエル首相の命を奪った銃声は、首相が10万人を超える和平派集会のフィナーレで「平和の歌」を合唱した直後、夜のテルアビブ市庁舎前に響いた。

1時間半後、同市内イヒロフ病院前に集まった群衆に首相の死が発表されると「ああ」「ううっ」と言葉にならない悲鳴が上がった。人々は路上に座り込み、あるいは頭を両手で抱え、すすり泣いた。

暗殺は、ユダヤ教の安息日が明けたばかりの土曜の夜、起きた。事件が伝わると、映画館の観客はいなくなり、商店も閉まり、国中がテレビとラジオのニュースにかじりついた。

5日未明までには、テルアレブにあるラビン首相の自宅前や、暗殺現場の広場にそれぞれ1000人以上がろうそくを持って集まった。

右派を非難する叫び声も開かれたが、衝撃のあまりの大きさに大半の人は押し黙ったまま。エルサレムの首相宅前に集った人々も無表情で、放心しているように見えた。

目撃者によると、首相は胃のあたりを押さえるようにして、崩れるように倒れた。銃撃の瞬間、近くにいたテルアビブ近郊ホロン市のサソン市長は「突然、銃声が3発聞こえ、警護の者が大慌てでラビン首相を公用車に押し込んだ」と語った。

病院で首相の到着を目撃したラビッドさんは「血まみれのまま担架で運ばれた」と話す。病院当局者は「ラビン首相が運び込まれた時、脈も意識もなかった。心臓の近くや背骨がひどく損傷し、たとえ銃撃現場に居合わせても助ける方法はなかった」と語った。

首相とともに中東和平の扉を開いたペレス首相代行は「彼は遺言は一言も残さなかった。しかし最後に歌ったのは“平和の歌”だった…」と悲痛の表情。「(われわれも)平和への道を歩き続けていくほかない」と訴えた。《共同通信》



【Jリーグ・ニコスシリーズ】第20節

Jリーグ・ニコスシリーズ第20節(4日・等々力陸上競技場ほか=7試合)首位のヴェルディ川崎は後半に地力を発揮し、清水エスパルスに3−1で快勝。勝ち点52(17勝3敗)で、シリーズ制覇まであと3勝と迫った。2位の名古屋グランパスは柏レイソルに勝ったが、勝ち点42(14勝6敗)で、川崎との差は変わらずに「10」。

横浜マリノスはベルマーレ平塚を2−1で破った。ジェフ市原は4−2でサンフレッチェ広島を圧倒し、ジュビロ磐田は2−1で浦和レッズを下した。横浜フリューゲルスは1−0でガンバ大阪に勝った。セレッソ大阪はPK戦の末、鹿島アントラーズを振り切った。

【河野太郎氏】衆院選神奈川15区の候補者に浮上

河野洋平外相の長男太郎氏(32)が4日、次期衆院選神奈川15区で自民党公認候補に浮上した。地元の党平塚支部が同日の拡大役員会で太郎氏の擁立方針を決定、茅ケ崎など区内の支部の同意が得られ次第、同党神奈川県連に公認申請する見通し。

河野外相は同17区の候補に確定しており、親子そろって出馬の公算が大きくなったが、党内には「一族による地盤の私物化だ」との批判もあり、論議を呼びそうだ。

太郎氏は米国の大学を卒業し河野家の関連企業役員を務める傍ら、党総裁、副総理兼外相として多忙を極めてきた父に代わり地元活動を支えてきた。

河野外相が隣の17区に転出するため、自民党の候補者調整が難航していたが、外相支持者を中心に「世襲への反発も承知しているが、もう河野以外の名前ではまとまらない」(後援会幹部)と太郎氏待望論が高まっていた。《共同通信》

【村山富市首相】沖縄県・大田昌秀知事と会談

村山富市首相は4日午前から、米兵の女子小学生暴行事件を契機とした沖縄基地問題を打開するため大田昌秀沖縄県知事と4時間余り首相官などで会談した。

米軍用地強制使用の手続きで、大田知事は代理署名を重ねて拒否。首相は知事の決意が固いことから翻意を促すことを断念、自らが署名代行する意向を固めた。20日の日米首脳会談後にも法的手続きに入る方針。

会談では①政府と沖縄県で基地問題などに関する新協議機関を設置する②日米間で発足する高官レベル協議機関で、政府と県の新協議機関が提起した問題を最り上げ、反映させる−との方針を実定。沖縄県との新協議機関は関係閣僚、県知事らで構成する見通しで、近く設置を閣議決定する。

このほか、既存の沖縄県、那覇防衛施設局、米軍による「三者連絡会」の活性化でも合意した。

村山首相は会談を受けて「知事の気持ち、立場は十分理解できた。あとは政府の責任で検討し、判断する」と記者団に述べ、署名代行を示唆した。

政府は週明けにも与党3党首、関係閣僚で再論議、日米首脳会談をにらんで最終調整に入る。

村山−大田会談は4日午前から4時間余りにわたって首相官邸、公邸で行われ、野坂浩賢官房長官らも同席した。懸案の代理署名問題について、大田知事が署名拒否の理由や米軍基地の実態を詳細に説明しながら「今の状況では代理署名を引き受けられない」と拒否した。

また知事は日米地位協定改定で騒音防止や環境保護、民間地域での行軍禁止などを挙げ、全面見直しを求めた。首相が「どのよう改善が実質的にできるか真剣に検討する」と約束。これに関連、野坂長官は騒音など開発に支障がある問題で、協定の運用改善に柔軟に対応する意向を示した。《共同通信》

【韓国最高検】韓宝グループ会長を聴取

盧泰愚前大統領の秘密政治資金事件で韓国最高検は4日、前大統領の政治資金の預金を自分名義に書き換えた中堅財閥、韓宝グループの鄭泰守会長に出頭を求めて事情聴取、財界への本格捜査に乗り出した。同事件で企業家が聴取を受けるのは初めて。

検察は韓国を代表する財閥、大宇グループの金宇中会長も鄭会長と同様、名義を書き換えたことをつかんでおり、現在海外にいる金会長が帰国次第、聴取する方針。捜査は他の企業にも広がる見通しで、事件は韓国財界の中枢部に波及することになった。

検察は書き換えの時期や経緯、盧前大統領の依頼があったかどうかについて追及。特に、前大統領の「収賄事件」立件を念頭に置いて、利権絡みで前大統領に金を渡したことがないかどうかについても調べたもようだ。

検察はまた、マスコミや野党が盧前大統領や家族の資金口座があると指摘しているスイスの銀行や、ソウル市内のビルなど不動産についても捜査を始めた。《共同通信》

【エジプト】王妃の墓を一般公開

エジプト南部ルクソールの「王妃の谷」で、第19王朝のラムセス2世の夫人で絶世の美女とされたネフェルタリ王妃の墓が4日、発見から90年を経て初めて、観光客に公開された。

3200年前の墓は、地下奥深くに430平方メートルの大規模な部屋がつくられ、随所に王妃の若き日の姿が色彩豊かな壁画として残されていたが、1904年の発見時、既に湿気や塩分などで壁画の傷みが激しく、研究用以外は閉鎖された。

特にハゲタカの羽根飾りの付いた冠をかぶりイシス女神と並んだ同王妃の立像壁画は傑作とされる。壁画には古代エジプト文字で「神々の寵愛を受けた」など最高級の賛辞が添えられている。王には5人の妻と50人近い側室がいたとされるが、王妃は最愛の妻。

入場者は一日150人に制限され、料金もエジプト遺跡では最高額で、外国人は30ドル。《共同通信》



11月4日のできごと