平成1747日目

平成5年10月20日(水)

1993/10/20

【野村秋介氏】朝日新聞東京本社で拳銃自決

20日午後0時50分ごろ、東京都中央区築地の朝日新聞東京本社(中江利忠社長)15階の社長室で中年の男が短銃を使って自殺を図った。築地署によると、男は右翼活動家の野村秋介氏(58)で近くの病発に運ばれたが、胸を撃って重体のもよう。

調べによると、野村さんはこの日朝日新聞社側とと話し合うために同本社社長室を訪れたが、話し合いの途中で所持していた短銃で自分を撃ったらしい。ほかにけが人はなかった。同著は自殺を図った動機について調べている。

野村氏は昭和38年、故河野一郎元農相宅放火事件で逮捕されたほか、52年、右翼3人と銃を持って経団連会館に立てこもり、懲役6年の刑を受けた。その後は青少年問題コンサルタントをしたり、映画製作などを手掛けたりし、昨年7月の参院選には新党「風の会」を結成して比例区に出馬したが落選した。《共同通信》

20日午後、東京都中央区築地の朝日新聞東京本社で短銃自殺を図った右翼団体「大悲会」の野村秋介元会長(58)は同日午後2時11分、収容先の病院で出血多量のため死亡した。野村元会長は自殺直前に「朝日と刺し違える」と話していたことが警視庁公安部と築地署の調べで分かり、同部は短銃の入手ルートの捜査を始めるとともに、同席していた朝日新聞社と右翼団体の関係者から事情を聴き、自殺の詳しい動機や背景などを調べている。同部は野村元会長が新右翼のリーダーであることから自殺が、右翼関係者に影響を及ぼす可能性もあるとみて動向を警戒している。

これまでの調べによると、野村元会長は同日午前11時45分ごろ、右翼関係者ら計5人で朝日新聞社を訪れ、野村元会長が結成した政党「風の会」を、週刊朝日が「虱(しらみ)の党」とやゆした問題などで、中江社長らと協議した。 約1時間の話し合いの席で、中江社長が「深くおわびする」などと陳謝した。

午後0時50分ごろ、野村元会長が突然、コートを脱ぎ、作務衣のズボンに差していた短銃2丁を両手に持ち「朝日と刺し違える」と言って、皇居の方向に一礼した後、あぐらをかいて短銃を両胸に向け計3発発射したという。弾は心臓などを貫通していた。野村元会長は辞世の句を書き入れた日の丸を持っており、計画的な自殺とみている。

野村元会長はこの日、午後0時半から都内のホテルで開かれた右翼関係者のシンポジウムに参加を予定。案内状には「朝日新聞社への抗議を一区切りする」としていた。 野村元会長は昭和38年、故河野一郎元農相宅放火事件で逮捕されたほか、52年には右翼3人と経団連会館に立てこもる事件を起こした。その後は出版、映画製作などで右翼運動を展開していた。

「朝日新聞に対する抗議と受け止めています」ー。同社では同日午後、山本博昭読者広報室長、橘弘道出版局長ら3人が記者会見した。「週刊朝日」に掲載されたイラストをきっかけに起きた突然の事件に、同社2階の読者ホールには約100人の報道陣が詰め掛けた。「話し合いの内容は」「自殺を図ったときの様子は」など報道陣からの質問に山本室長がメモを見ながら緊張した表情で答えた。「どうしてこんなことになったのか」との質問には「突然のことでびっくりするだけ。本当に残念です」。

事件後、朝日新聞東京本社には警視庁のパトカーが横付けされ捜査員が頻繁に出入り。野村元会長の支持者とみられる男性4、5人が「状況はどうなんだ」「だれか代表に会わせろ」と警戒に当たっていた機動隊員の制止を振り切る一幕も見られ、一時騒然となった。《共同通信》



【日テレ系連続ドラマ・同窓会】放送開始

【スバル・レガシイ】フルモデルチェンジ

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富士重工業は主力の「レガシィ」シリーズ(セダン・ワゴン)を全面改良し、20日からスバル特約店で一斉に発売する。低回転時からターボ機能がスムーズに発揮される新開発のツインターボエンジン(2.0リットル)搭載車を設けた。セダンの4輪駆動でツインターボエンジン搭載の5段手動変速(RS)が267万1000円。《共同通信》

【民放連大会】テレビ朝日問題で批判

第41回民間放送全国大会(日本民間放送連盟主催)が20日、宮崎市内で開かれ、「テレビは何を伝えようとするのか」をテーマに関係者約400人が参加して、記念シンポジウムが行われた。シンポジウムには木村尚三郎・東大名誉教授ら5人のパネリストが出席して多チャンネル化時代におけるテレビの在り方などについて活発な意見を交わした。

この中で、パネリストの斎藤守慶毎日放送社長は、テレビ朝日の椿貞良・前取締役の総選挙に関する発言問題に言及。「(先の総選挙で)テレビは新しい政治の促進剤の役割を果たしたと言えるのではないか」とした上で「テレビ朝日(前)報道局長の発言は、放送側の過信、おごりももみられ、異常な発言と言わざる得ない」と批判。「テレビが自らのメディアの力を自覚する必要がある」と問題提起した。

神崎郵政相は20日午前の衆院政治改革特別委員会で、テレビ朝日の椿前報道局長が非自民政権誕生に向けて意図的な報道を指示したとされる問題に関し「社会的影響の大きさにかんがみて、できるだけの調査をしたい」と述べ、事実関係解明のため徹底して調査する考えを表明した。自民党の白川勝彦氏に対する答弁。 郵政相は放送法違反などの事実の有無を確認するため、椿前局長ら関係者からの事情聴取を進め、ていることを説明し「結果が判明した段階で放送法上の問題であれば的確に処理したい」と述べた。《共同通信》

【テレビ朝日・桑田弘一郎相談役】民放連会長を辞任

日本民間放送連盟(民放連)の桑田弘一郎会長(テレビ朝日相談役)は宮崎市内で開かれた民間放送全国大会の式典を終えた20日午後、同市内のホテルで記者会見し、テレビ朝日の椿貞良・前取締役報道局長が辞任した問題に関連し「テレビ朝日側は公正な報道を疑われる椿氏の発言について一部非を認めている。私はまだテレビ朝日の役員であり、民放連の会長を続ければ民放全体に迷惑が掛かるかもしれないと思う」と述べ、同日付で会長を辞任したことを明らかにした。

民放連会長が役員を務める放送局の問題に関連して、辞任したのは初めて。《共同通信》

【皇后陛下】59歳に

皇后さまは20日、59歳の誕生日を迎えられた。この一年間に皇太子さまの結婚や中国など計3回の外国訪問など大きな行事が続いた。エリツィン・ロシア大統領ら来日した外国要人の接待が相次ぎ、地方へのお出掛けも多かった。年末には吹上新御所への引っ越しを控え、元気に忙しい毎日を過ごされている。

皇后さまは侍従を通じて文書で感想などを寄せ、この一年を振り返り、特に印象深かったこととして伊勢神宮の遷宮と皇太子さまの結婚を挙げられた。そして「自然災害、天候の不順、その結果、人々の苦しみの多い年であったことを悲しく思います」と述べられた。

雑誌などで目立っている皇室批判記事に対して皇后さまは「どのような批判も自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います。私の配慮が十分でなかったり、どのようなことでも私の言葉が人を傷つけておりましたら許していただきたいと思います」と前置き。「しかし事実でない報道に、は大きな悲しみと戸惑いを覚えます」と心境を漏らされた。皇后さまは「幾つかの事例についてだけでも(宮内庁など)関係者の説明がなされ、人々の納得が得られれば幸せに思います」と話された。

末娘の紀宮さまの結婚など将来については「今の段階ではまだ特には(言うことはありません)」とされている。新婚の皇太子ご夫妻の生活ぶりについては「答えを控えます」と回答された。《共同通信》

【皇后陛下】倒れる

皇后さまは20日午前10時25分ごろ、東京・元赤坂の赤坂御所にある談話室で、天皇陛下や紀宮さまと会話中、突然倒れられた。この日は皇后さまの59歳の誕生日だった。体調急変後、皇后さまは赤坂御所内の寝室に移られ、東大医学部神経内科の金澤一郎教授の診察を受けた。

宮内庁の発表によると、脳に重大な障害はなく、意識もはっきりしている。軽い食事もとり、手足などのまひは全くみられないが、努力されているものの言葉が出ない状況だという。《共同通信》

【細川護熙首相】訪韓決定

細川首相が11月6、7の両日、韓国の慶州を訪問し、金泳三大統領と初めての日韓首脳会談を行うことが20日、正式に決まった。日韓両国政府が同日午後、同時に発表した。

細川首相にとって、9月の米国に続く2回目の海外訪問で、「アジア重視」の姿勢をアピールしたいとの首相の強い希望で実現した。細川内閣の「最優先課題」である政治改革法案の国会審議がやま場を迎える時期の土曜、日曜日を利用した異例の外国訪問となる。《共同通信》

【細川護熙首相】ポルトガル・ソアレス大統領を迎え昼食会

細川首相主催のソアレス・ポルトガル大統領歓迎昼食会は20日、官邸で行われた。ソアレス大統領夫妻、細川首相夫妻、羽田外相夫妻ら16人が出席。細川首相の歓迎あいさつに対し、ソアレス大統領はスピーチで「1998年にリスボンで、開かれる万国博覧会にぜひ日本に参加していただきたい」と協力を要請した。出席者は両首脳のそれぞれのスピーチが終わるごとに乾杯、細川首相、ソアレス大統領がにこやかにグラスを当て合った。《共同通信》

【政界談話室】

○…細川首相は20日、種子島への鉄砲伝来に始まる友好450周年を機に来日したポルトガルのソアレス大統領を迎えて昼食会。首相は16世紀後半に日本に滞在し、織田信長の横願を記録するなど貴重な文献を残した宣教師ルイス・フロイスに触れ「彼の活躍は昨年、テレビの大河ドラマを通じて広く知られることになった」と、親近感を盛んに強調。さらに「余談だが、私の祖先の細川忠興も当時はやった南蛮趣味を取り入れて、ローマ字つづりの印章を作った」と、祖先まで動員して精いっぱいのサービスに努め、大統領を喜ばせていた。

○…この日、自民党の全国遊説第一弾として、野田聖子衆院議員ら女性国会議員5人が東京・数寄屋橋の街頭に立った。野田さんは「自民党にはこれまで悪いところに気付かない議員がいた。これからは後ろ指を指れないための改革をしなければ」と演説後、「触れ合いトークイン」と銘打ち、街の声を開いて回った。「消費税アップに反対を」などの声にまじり「自民党はおじさまが多く、セクハラもあるのでは」という若い女性も。「皆さんが思っているより紳士です」と弁護していたが、党のイメージの悪さを改めて実感させられたのかも。《共同通信》

【東京高裁】「南京大虐殺」検定は違法

高校用日本史教科督に対する昭和55、58年度の文部省検定で「侵略」「南京大殺」戦争記述の書き換えを求められた著者の、家永三郎・元東京教育大教授(80)が「検定は違憲、違法で、精神的な苦痛を受けた」として国に200万円の損害賠償を求めた「第三次家永教科書訴訟」の控訴審判決が20日、東京高裁であった。

川上正俊裁判長は「南京大虐殺」の検定について「検定意見は殺害理由や態様について一面的な事実を記述させ、見過ごし難い誤りがあった」として、2カ所の検定を新たに違法と認定。「草莽(そうもう)隊」の記述に関する検定を違法として国に10万円の賠償を命じた一審の東京地裁判決を変更し、国に30万円の支払いを命じた。国側の控訴は楽却した。

検定制度そのものについては、一次訴訟最高裁判決(ことし3月)を踏襲して合憲と判断した。家永氏は上告する方針。《共同通信》

【羽田孜外相】ロシアに放射性廃棄物投棄中止を要請

羽田外相は20日未明、ロシアのコズイレフ外相と20分間電話会談し、同日中にも予定されている日本海への液体放射性廃棄物の投棄を中止するよう申し入れた。これに対し、コズイレフ外相は「申し入れは政府や大統領に必ず伝達する」と述べるとともに、先の日ロ首脳会談で海洋投棄に関する合同調査に合意していることを受けて「この問題の解決には双方の協力が必要で、調査の実施を加速化させたい」と強調した。

羽田外相は、細川首相が「極めて遺憾」と憂慮していることや政府内でもこの問題について懸念の声が強まっていることを指摘した上で「二回目の投棄が報道されているが、ぜひ中止してもらいたい」と強く要請した。さらに「エリツィン大統領の来日で築かれた日ロ関係の進展の新たな基礎を維持するためにも、大統領に日本側の懸念を伝え、関係者に投棄中止を働き掛けてほしい」と述べ、投薬中止に向けた大統領の高度な政治判断を促した。

羽田外相も合同調査に関する合同作業部会の早期開催を提案。「日本側として、(放射性廃棄物の処理に)いかなる協力が可能かを検討したい」と述べた。《共同通信》

【山本安英さん】死去

舞台劇「夕鶴」のつう役で知られる新劇女優、山本安英さんが20日午前11時32分、急性呼吸不全のため東京都文京区の自宅で死去した。90歳。東京都出身。一人暮らしの山本さんは、9月下旬から、気分が優れないため自宅療養、「山本安英の会」のメンバーが世活をしていた。20日午前、山本さんは急に苦しみ出したという。

初舞台は大正10年、帝劇の「第一の世界」。同13年、小山内薫、土方与志が創立した築地小劇場に参加、日本の新劇発展の母体を作った。この時期の代表作に「何が彼女をさうさせたか」がある。

昭和4年の築地小劇場分裂を機にプロレタリア演劇を目指した新築地劇団を結成し、山本有三の「女人哀詞」や長塚節の「土」など、同劇団が15年に強制解散されるまで多くの公演に主演した。戦後になってからは、木下順二氏らと「ぶどうの会」を作り、24年初演の木下氏の「夕納」はその後、新劇を代表する舞台になった。

「夕鶴」で25年度の芸能選奨(現芸術選奨)文部大臣賞を受賞、35年には杉村春子主演の「女の一生」とともに中国公演を行った。「ぶどうの会」解散後の40年からは新たに「山本安英の会」を主宰。「夕鶴」を携えて全国を回り、これまでに1037回上演という大記録を作った。

また「ことばの勉強会」の活動を通して、美しい話し言葉の研究と普及にも力を注いだ。《共同通信》



10月20日のできごと