平成1441日目

1992/12/18

この日のできごと(何の日)

【自民党・羽田派】発足

自民党の羽田・小沢派(改革フォーラム21)は18日午前、都内のホテルで、羽田孜代表(前蔵相)、小沢一郎・元幹事長ら衆院議員35人、参院議員9人(無所属の平野貞夫氏を含む)の計44人が出席して結成式を行い、正式に旗揚げした。

これにより、田中派の大半を引き継いで昭和62年7月に誕生した竹下派は、小渕派(小渕恵三会長)の62人(衆院28人、参院34人)、羽田・小沢派の44人、中立系の竹下元首相ら衆院議員4人の3グループに分裂した。この結果、自民党は三塚、宮澤、渡辺、小渕、羽田・小沢、河本の6派と加藤グループの6派1グループ体制となり、小渕派は第四派関、羽田・小沢派は第五派閥になった。

羽田氏は結成式でのあいさつで、抜本的政改革を断行し、政治、経済、社会の全般にわたる構造改革を進める必要があることを強調。その上で党内外の改革勢力を結集、改革実現を図る決意を改めて表明した。

同派は、年明けから、羽田氏を中心政治改革などを訴える全国キャンペーンを実施する計画で、国会近くの事務所開きも来月中旬に行う予定だ。また、参院小渕派議員に、今後も新たな参加を働きかけていく方針。なお、羽田氏は結成式後、正式旗揚げのあいさつのため、首相官邸に首相、小渕派事務所に小渕氏をそれぞれ訪ねた。

「改革フォーラム21」代表の羽田孜・前蔵相は18日午前、都内のホテルで開かれた羽田・小沢派結成式後、記者会見し、「党派を超えて、タブーを恐れず、先見性を持って政策を打ち出し、諸改革に取り組む」との声明文を読み上げた。

その上で、今後の同派の活動のあり方について、「まず党の中で改革をする核になろうというのが第一歩だ。ただ大きな目標を達成するには、選挙制度を含め、財政改革が第一であり、我が党だけでは対応しきれない」と述べ、当面は、自民党内での活動を進めていく考えを示す一方、将来的には政界再編をにらんで他党との連携に弾み出す可能性を示した。

さらに羽田氏は、「そのグループの方が共鳴してくれるなら、駅頭で、なぜ政治改革が必要かという問いかけを、皆の見えるところでやっていきたい」と述べ、場合によっては、党派を問わず、共同して国民への政策アピールを行う場を設けたいとの考えを明らかにした。《読売新聞》

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【前島原市長・鐘ヶ江管一さん】ヒゲをそる

長崎県島原市の前市長、鐘ヶ江管一さん(61)が18日午前、同市寺町、護国寺での雲仙・普賢岳火砕流犠牲者の慰霊法要の後、噴火の沈静化を願って1年半伸ばしてきたヒゲをそり落とした。

紋付き、はかまの正装で出席した鐘ヶ江さん。25センチに伸びたヒゲは白く、心労を物語る。吉岡庭二郎新市長、太田一也九州大島原地震火山観測所長らが少しずつヒゲにはさみを入れ、最後は夫人の保子さん(57)。鐘ヶ江さんのほおに大粒の涙が流れた。鐘ヶ江さんは「昨年6月3日(の大火砕流)は一生、ぬぐいきれないでしょう」と話していた。《読売新聞》

【ヤクルト・長嶋一茂選手】巨人へ移籍

ヤクルト・長嶋一茂内野手(26)の巨人移籍が決まり、18日両球団から発表された。交換要員のない金銭トレード(推定2000万円)で、背番号は未定。週明けの21日にもヤクルトから本人にトレードが正式通告され、入団発表は松井(星稜高)ら巨人の新入団選手とともに25日に行われる予定。

巨人の長嶋監督の長男・一茂選手は、1988年に立大からドラフト1位でヤクルト入り。昨年まで4シーズンの通算成績は259試合に出場、打率2割1分8厘、13本塁打、61打点と振るわなかった。今季は米大リーグの1Aベロビーチに留学して、日本の公式戦出場はなかった。《共同通信》



12月18日 その日のできごと(何の日)