平成1388日目

平成4年10月26日(月)

1992/10/26

【プロ野球日本シリーズ】西武、3年連続8度目の日本一

1992年プロ野球日本シリーズ第7戦は26日、神宮球場に約3万4000人の観衆を集めて行われ、西武が延長十回、2−1でヤクルトを下し、対戦成績4勝3敗で3年連続8度目の優勝を飾った。

西武の日本一は前身の西鉄時代を含めると通算11度目。西武球団発足の79年から14シーズンで8度目となった。森監督は就任7年目でシリーズ負けなしの6度の制覇を果たし、選手、コーチ時代からの連勝を20と伸ばした。ヤクルトは14年ぶりの日本一はならなかった。最高殊勲選手(MVP)には2試合に完投勝ちした西武の石井丈裕投手が選ばれた。

ヤクルトは四回、飯田が二塁打。荒井の送りバントに石井が一塁へ悪送球する間に飯田が生還して先制。西武は七回二死一、二塁から石井が安打を放って同点に追い付き、十回一死三塁に秋山の中犠打で決勝点を奪った。



【天皇、皇后両陛下】「大雁塔」ご見学

中国・西安入りされた天皇、皇后両陛下は、26日午前、古都の文化遺産などを見学、中国の古い歴史にふれられた。最初にたずねられたのは、同市の南4キロにある大雁塔。七世紀に、三蔵法師玄奘がインドからもたらした仏典を保存するために建立されたもので、高さ64メートルの七重塔。両陛下は、午前9時30分(日本時間同10時30分)すぎ、市民が沿道で迎える中、到着。塔の二階まで登って歴代王朝が都を置いた古都のたたずまいを眺め「大変いい経験をしました。今仏典はありますか」などと質問、遣隋使、遣唐使が苦難の末にたどり着いた往時に思いをはせられた。

この後、両陛下は近くの唐華賓館を訪問。日中合弁で4年前に設立されたホテルで、両陛下はロビーの四面に描かれた「二都花宴図」の壁画を鑑賞された。

両陛下は同日昼前には、市内の陝西省博物館を訪問、漢代から清朝までの石碑約1000点が常設展示されている「碑林」を見学。「平成」の語源となった「地平天成」という文字が刻まれた唐代の作品「開成石経」の前では陛下は親指の先ほどの大きさの文字の中からその四文字を見つけ、熱心にご覧になっていた。《読売新聞》

中国・西安訪問中の天皇、皇后両陛下は、26日午後もシルクロードの起点にあたる城門の見学や唐代の音楽を鑑賞、中国の古い歴史をたずねてくつろいだ一日を過ごされた。この日、市内の沿道は約5万人の人出。両陛下は車からしきりに手を振ってこたえられた。

午後の最初の訪問先は、昨年6月にオープンしたばかりの陝西歴史博物館。古代から隋、唐にいたるまでの文化財3000点が展示されており、両陛下は古代王朝の青銅器や唐代の陵墓から発掘された壁画などをご覧になり、秦代の兵馬俑の説明を受けた時には、陛下が「ああ、これが」と興味深げに身を乗り出される場面もあった。

続いての訪問先は、シルクロードの出発点にあたる明代の西大門城壁。色とりどりの衣装で着飾った約500人の小学生たちが踊りと音楽で出迎える中、両陛下は、高さ12メートルの城壁の上へ。遠く西域の方向を眺めながら、歴史に思いをはせられている様子だった。

さらに、「ホアンイン(歓迎)」と叫ぶ小学生に、「ありがとう」と声をかけながら、城壁を一周。陛下は「何の目的で造られたのか」など熱心に質問されていた。

夜は宿泊先のハイアットホテルで催された白清才陝西省長主催の晩さん会に出席。食後に催された音楽会では、琵琶など古楽器による「春江花月夜」「漢宮秋月」など中国の古典歌曲や阿倍仲麻呂の「望郷の詩」の歌に拍手を送られた。《読売新聞》

【宮沢喜一首相】ニカラグア国民議会議長と会談

来日中のアルフレッド・セサル・ニカラグア国民議会議長は26日、首相官邸に宮沢首相を訪ね、「国造りに一生懸命、努めている。できるだけ、外国からの投資や技術援助が必要だ」と述べ、90年の内戦終結以来、同国で進められている経済復興策について、協力を求めた。

これに対し、首相は、経済復興策が急速な工業化ではなく、農林水産業の振興を優先的に目指していることに言及、「大変、現実的で合理的だ」と述べた。《読売新聞》

【宮沢喜一首相】政治改革「党独自の緊急案を」

宮沢首相は26日午後、自民党の綿貫幹事長、森政調会長と首相官邸で相次いで会談し、政治改革をめぐって(1)与野党で合意している18項目の緊急改革案への上積み(2)派閥の弊害除去など党改革の実行ーの2点について検討を急ぎ、具体案を取りまとめるよう指示した。

30日召集の臨時国会を目前に、首相が政治改革について積極的な姿勢に転じたのは、金丸前副総裁の5億円献金事件や竹下派内の抗争激化などにより、宮沢内閣や自民党全体への批判が高まっている現状への危機感から、政権の最高責任者としてさらに踏み込んだ決意を示す必要があると判断したものだ。

また首相は27日には佐藤総務会長、梶山国対委員長とそれぞれ会談、同様の決意を伝える方針だ。《共同通信》

【宮下創平防衛庁長官】プノンペン入り

国連平和維持活動(PKO)に派遣されている陸上自衛隊施設大隊の道路補修工事起工式に出席するため、宮下創平防衛庁長官が26日正午過ぎ(日本時間午後2時過ぎ)、プノンペン入りした。27日は、タケオの宿営地で一泊。28日朝の起工式に出席して帰国する。《読売新聞》

【自民党・小渕恵三前幹事長】竹下派「分裂、絶対にしない」

自民党竹下派の最高幹部会で新会長に選出された小渕恵三・前幹事長は26日、前橋市内で記者団と懇談し、「絶対に分裂しないように努力する。(小沢グループ内で)ふさわしい人がいれば、(新体制に)入ってもらうのは当然だ。そのために水面下で努力中だ」と述べ、副会長ポストに、小沢一郎・元幹事長など小沢グループからの参加を打診していることを明らかにした。

また、「国会で経世会(竹下派)にかかわる人物の問題が出る以上、それまでに何も決まらない混乱が続くというのでは困る。29日までに執行体制をつくりあげるのが念願だ」と述べ、臨時国会召集前の29日までに、副会長、事務総長などの新体制を決める考えを明らかにした。

これに先立ち小渕氏は、同市で開かれた同派所属衆院議員の後援会総会で講演し、「総会を開いて、原田(憲・同派最高幹部会座長)さんが決めたことが報告されれば、私として、その後のいろいろな手順を踏みたい」と述べた。さらに小渕氏は、今後の派閥運営について、「今すぐ(派閥)解散といっても、そんな権限は私自身にもない。しかし、将来は政治改革をやって、政策、主張の争いができる政治の仕組みを考えることに熱意を持っていきたい」と述べ、政治改革に意欲を示した。《読売新聞》

【イスラエル】レバノンに砲撃

レバノンからの報道によると、イスラエル軍は26日午後(日本時間同日夜)、レバノン南部のイスラエル占領地(イスラエル側呼称「安全保障地帯」)からレバノン領に対し陸空からの激しい砲撃を開始した。

国連レバノン暫定軍筋によると、イスラエル軍は、砲撃開始から30分以内に約200発を発射。攻撃用ヘリも投入して、親イラン・イスラム教原理主義民兵組織ヒズボラの拠点となっていると見られるシーア派の村を集中的に攻撃している。レバノン治安筋によると、少なくとも住民7人が負傷した。

砲撃は、ヒズボラが25日、安全保障地帯も路肩爆弾を仕掛け、兵員輸送車に乗っていたイスラエル兵5人を死亡させた事件に対する報復であり、バラク・イスラエル軍参謀総長は国営ラジオに対し、「ヒズボラ側が代償を払い終わるまで攻撃を続ける」との決意を示した。

イスラエル政府は、レバノン南部でイスラエル兵5人が一挙に死亡するという数年来ない被害を深刻に受け止めており、大規模な砲撃が長期化する可能性もある。《読売新聞》

【マツダ】「ル・マン」撤退

マツダは26日、来年から2年間、ル・マン24時間レースなどのスポーツカーレースから全面撤退する、と発表した。国内販売の低迷などから収益悪化が続いているため、開発コストが高いモータースポーツ活動を見合わせた。同時にマツダは、昨年から計画を進めていた北米での第二販売網「アマティ」の設立中止や、女子プロゴルフ「マツダ・ジャパン・クラシック」の主催権返上などの合理化案を発表し、経営の大幅な緊縮化を図る。モータースポーツでは本田技研工業がF1(フォーミュラワン)世界選手権から年内で撤退することを決めるなど縮小の動きが目立っており、自動車産業の収益悪化の深刻さを示している。

マツダが撤退するのは、ル・マン24時間をはじめ、レース専用に開発した車(プロトタイプカー)で参戦するすべてのレース。一般道を走破して時間を競うラリー選手権レースも、大幅な車両改造が必要なレースについては2年の期限をつけずに活動を中止し、今後は市販車を小規模に改良した一部のラリー競技などに参加を限定する。

マツダは72年にル・マンに参戦。その後、75年から4年間参戦を見合わせたが、79年から再び参戦、一昨年は初優勝を果たし、今年も4位に入賞している。マツダは、93年3月期の経常利益見通しを151億円から70億円に下方修正するなど、業績不振が目立っていた。《読売新聞》

【貴花田関、宮沢りえさん】婚約へ

大相撲ブームの立役者、関脇・貴花田関(20)と人気タレントの宮沢りえさん(19)が、結婚を前提に交際していることが26日、明らかになった。貴花田関の父親の藤島親方(元大関・貴ノ花)が認めたもので、来月8日から始まる九州場所の終了後にも正式に二人の婚約が発表される。

藤島親方によると、二人の交際は、二、三日前に貴花田関から直接伝えられたといい、親方は「宮沢さんの母親(光子さん)とも会って、二人の結婚をその場で了承した」と話している。また、今場所は「大関とりの大事な場所なので、正式の発表は場所後に二人そろって行うつもりだった。その前に表ざたになってしまって……」と戸惑いながらも、「(結婚は)若過ぎるのでは」との質問に「私の結婚も若かったから大丈夫」と語った。宮沢さんについては「本人ともお会いしたが、清楚という印象を受けた」と話している。

貴花田関は、兄の若花田関とともに相撲人気を支える若手の実力力士。昭和63年春場所、若花田関とともに初土俵を踏み、17歳8か月で新入幕を果たし、19歳5か月で幕内優勝を飾るなど、史上最年少記録を次々に塗りかえた。先月開かれた秋場所では、初場所に続いて今年二度目の優勝を飾り、関脇に返り咲いたばかり。

一方、宮沢さんは、父がオランダ人、母が日本人。小学生時代からCMモデルとして注目され、昭和63年、十15歳で映画「ぼくらの七日間戦争」に主演し、芸能界へデビュー。NHK大河ドラマ「太平記」に出演するなど、トップアイドルとして歌やドラマに大活躍してきた。さらに昨年11月には、写真家篠山紀信さん撮影のヌード写真集「Santa Fe」を出版、100万部を超すベストセラーとなり、大きな話題を呼んだ。二人の交際はマスコミでの対談がきっかけだったという。

貴花田関は、この日は福岡市東区の藤島部屋でけいこを済ませ、午後8時ごろに就寝。“婚約”のニュースが流れたあと、かけつけた報道陣に対し、若い力士たちは「りえさんと交際しているということは聞いたことがない」と驚いていた。《読売新聞》



10月26日のできごと