平成947日目

平成3年8月12日(月)

1991/08/12

【橋本大二郎氏】高知県知事選挙出馬表明

NHKを辞職した橋本大二郎氏(44)は12日、高知市内で記者会見し、今秋の高知県知事選に出馬することを正式に表明した。橋本氏は「肩書もない一般の県民から要請を受け熱い思いに胸を打たれた」と述べ、既成の政党の公認、推薦を受けずに、市民団体を中心とした幅広い支持を受け、県民の期待に沿いたいと意欲を示した。《共同通信》

【台湾】中国人記者が取材目的で「初」の入国

中国の記者2人が12日、国民党政権が1949年大陸から台湾に移って以来初めて取材目的で台北入りした。2人は当初、中国紅十字会(赤十字)代表に同行する形を予定していたが、紅十字会の訪台が中台間の主権論争が絡み中止となったため、記者だけでの台湾入りとなった。《共同通信》

【日航ジャンボ機墜落事故】七回忌

群馬県・上野村で昭和60年8月、520人の犠牲者を出した日航ジャンボ機墜落事故から、12日でまる6年。この日、・事故現場の御巣鷹の尾根は、時折強い雨の降る不順な天候だったが、尾根の墓標には、62家族、278人の遺族が訪れ、6年間のそれぞれの思いを胸に犠牲者のめい福を祈った。

一方、七回忌の節目を迎え、残存機体を永久保存するための資料館建設など、空の安全を願う新たな動きも出始めた。

七回忌の12日、暗やみが迫るまで墜落現場の御巣鷹の尾根に残っていた遺族は18家族66人。墜落時刻の午後6時56分、ペンライトのほのかな明かりが揺れた。

6年間のやるせない思いが込み上げ最愛の夫や子供らの名前を何度も何度も叫ぶ遺族。感極まって号泣する人の姿も。尾根一帯は重苦しい空気に包まれた。《読売新聞》

【中山太郎外相】中国・銭其琛外相と会談

中国訪問中の中山太郎外相は12日午前(日本時間同)、北京市内の迎賓館で銭其琛外相と朝食をともにしながら約45分間、会談した。

銭外相は、アジア・太平洋経済協力閣僚会議(APEC)について、「中国、台湾、香港の加入問題について次期議長国である韓国に検討してもらっているので、日本にもよろしくお願いしたい。具体的には自分たちも一括して解決したい」と述べ、中国側として初めて中国、台湾、香港の一括加入の方針を明らかにした。

そのうえで、銭外相は「その中でもちろん中国が主権国家で、残りの台湾、香港が経済地域であるという原則のもとにこの案を練っている」として、あくまで、“一つの中国”を原則として一括加入を進めていく考えを強調した。

これに対し、中山外相は「韓国も一生懸命調整しているので、その努力に待ちたい」と答えた。

APECは、環太平洋地域の多国間経済協力について討議する場として、89年11月に発足。参加国は日本、米国、豪州、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)など12か国で、現在、今年の議長国である一韓国が中国、台湾、香港の加入問題について調整している。今年の会合は11月にソウルで開かれる。《読売新聞》

【海部俊樹首相】中国・江沢民総書記と会談

中国訪問中の海部首相は、12日午前9時20分(日本時間同)過ぎから約1時間半、北京市の中南海で江沢民総書記と会談した。

日中関係について、江総書記は「過去の不幸な時期」に言及したが、両首脳は青年を中心とした相互交流などによる将来に向けての関係緊密化で一致。また湾岸戦争後の新国際秩序づくりに国連中心主義で協力することでも同意した。

一方、首相の民主化と人権問題の改善要請に対し、江総書記は直接触れなかったものの、「どのような社会体制を採用するかは人民が選択する」と指摘。あくまで中国の国情に合った方針で対処する姿勢を表明して、暗に日本側の“内政干渉”を批判。軍備管理・軍縮問題でも「自己防衛の核開発で、中国の核保有は世界平和に貢献」と主張、慎重な態度に終始した。

一昨年6月の天安門事件以後に就任した江総書記が、西側首脳と会談するのは、海部首相が初めて。

首相は、湾岸戦争後、世界情勢はかえって不安定化したとの認識を示したうえで、両国関係の強化が重要だとの考えを述べた。これに対し、江総書記は、「89年の風波の後、一時期、関係は後退した」としながらも、先進国首脳会議(サミット)における対中制裁解除などの首相の努力を評価した。

新国際秩序づくりに関連して、首相は、国連平和維持活動(PKO)への協力や自衛隊掃海艇のペルシャ湾派遣など、人的面での国際貢献に積極的役割を果たす意向を表明、理解を求めた。江総書記は、日本の国際貢献には言及せず、「国連中心主義になっていくのは同感」と述べる一方、「これからの世界は一国の支配は良くなく、多極支配の世界になっていくべきだ」として、米国主導の進め方に懸念を示した。《読売新聞》

【海部俊樹首相】中国・楊尚昆国家主席と会談

中国訪問中の海部首相は、12日午後6時半(日本時間同)過ぎから約40分間、北京市内の迎賓館で、楊尚昆国家主席と会談した。この中で首相が楊主席に対し、「適切な時期の訪日をお願いしたい」と招請したのに対し、楊主席は「ご招待に感謝する。日本に行っていろいろ視察したい」と述べ、受諾の意向を表明した。ただ、時期については「これから良く相談したい」と語った。

楊主席発言は、首相同行筋によると、来年の日中国交回復20周年を記念する要人交流の一環として訪日する意向を示唆したものといわれる。実現すれば、中国の国家元首が初めて来日することになる。

楊主席はまた、揚子江を中心とした大雨による水害について、「天皇陛下にご関心をいただき、お見舞いの電報をいただいたことに感謝する」と、天皇陛下への謝意を表明した。

一方、首相は、中国の民主・人権問題について、「国際社会が強い関心を持っている。中国が自分の努力で国際社会にわかりやすい形で対処し改革・開放政策の中で人権問題を前進させることが国際社会における中国の地位を高くする」と述べて、重ねて孤立化回避のために、改善策をとる。必要性を強調したが、楊主席は具体的な言及を避けた。《読売新聞》



8月12日のできごと