平成894日目

平成3年6月20日(木)

1991/06/20

【東北新幹線】東京〜上野開業

東北・上越新幹線は20日、上野ー東京間3.6キロの開通で全線が開業し、東海道新幹線と接続する列島縦断ネットワークが新時代の幕を開けた。着工以来20年、4兆5000億円を投じ大宮開業、上お始発など曲折を経て建設された全線は東京ー盛岡間535.3キロ、東京ー新潟間333.9キロ。

上野での乗り継ぎが解消され、盛岡2時間36分、仙台1時間44分、新潟1時間40分で都心と直結。通勤利用も激増が予想されるが、北の玄関・上の駅は100年の役割を東京駅に譲った。

一番列車の盛岡行き東北「やまびこ31号」は午前6時、新潟行き上越「とき401号」は同10分、東京駅の新しい13、12番線ホームを相次ぎ出発。那須塩原発「あおば」と高崎発「とき」の上り一番列車も7時20分過ぎに到着した。

7時半からは同じホームで出発式が行われ、村岡運輸相、鈴木東京都知事、住田JR東日本社長らがテープカット。東北各県のミス代表と木村茂千代田区長らがクス玉を割る中、吉岡東京駅長の発車合図で「やまびこ1号」が北へ向かった。仙台などの沿線各駅でも、郷土色豊かな記念イベントが繰り広げられた。

東北・上越新幹線は、全国新幹線鉄道整備計画に基づき昭和46年11月に着工。51年度の開業予定が、石油ショックや沿線・住民の強い反対運動で建設計画を変更、57年、大宮を始発駅に暫定開業した。60年には当初の通過案を曲げて上野発着が実現。国鉄末期には赤字再建のため、東京始発の工事が凍結されたが、民営化で再開され全線開業の運びになった。

大宮開業年度に3400万人だった利用者は、昨年度には6400万人に増加。一日平均17万6000人が利用し、今年2月には累計で4億人を突破した。

東京開業で定期列車は日に上下201本のうち、193本が東京発着。ただし、季節・臨時便の増発列車はすべて上野発着となる。

東北、上越の経済界は、悲願の東京駅乗り入れと東海道新幹線との接続で中部、関西圏などとの交流拡大を期待。一方、約6500人と上野開業時の5倍に増えた東京100キロ圏からの通勤通学客が、さらに増えるとみられ、JRでは6人がけオール二階建て車の導入など、輸送改善を具体化する。《読売新聞》

【近鉄・入来智投手】完封でプロ初勝利

近鉄6−0日本ハム◇19日◇東京ドーム

2年目の入来が今季初先発し、プロ入り初勝利初完封を飾った。

入来は一回、いきなり無死満塁のピンチを背負ったが、ウインタース、デイエットを連続三振、鈴木を二ゴロに仕留めて切り抜けた。二回からは緩いカーブを効果的に使い日本ハム打線をほんろうした。散発3安打で奪三振7の見事な投球だった。

打線は四回に金村の中前適時打で先制、八回にトレーバーの右越え2ランでようやく追加点を奪い、九回はリリーフ陣から3点を加えた。近鉄は日本ハム戦の連敗を3で止めた。《共同通信》

【自民党】三塚派誕生

故安倍元幹事長の後継をめぐり内紛を続けていた自民党旧安倍派は20日、新会長に三塚博事務総長(63)を正式に決定、三塚派に衣替えした。同日午前の役員会で、後継問題処理の一任を受けている長谷川座長が、新会長に三塚氏を指名した。

これに対し、塩川代表世話人を会長に推す加藤党政調会長らから、反対意見が出されたが、大勢は「三塚会長」を支持、この後、世話人会を経て昼過ぎからの総会で正式に決定された。《共同通信》

【米・ブッシュ大統領】ロシア・エリツィン氏と会談

ブッシュ米大統領は20日、ソ連・ロシア共和国大統領に選出されたエリツィン同共和国最高会議議長をホワイトハウスに招き、1時間40分にわたり会談した。

スコウクロフト大統領補佐官(国家安全保障担当)によると、会談でエリツィン氏は、ゴルバチョフ・ソ連大統領と緊密な協力の下で改革を推進していく意向を「明確に」表明すると同時に、ロシア共和国と米国との直接経済協力に強い意欲を示し、私企業の育成や農業改革を加速化させるための「ロシア・アメリカ銀行」の創設を提案、米側の投資を求めた。この提案に対しブッシュ大統領は、ソ連全体の枠組みの中で考慮すべきだ、との考え示すにとどまった。

また大統領は、エリツィン氏の改革への意欲を高く評価する一方で、米国がゴルバチョフ政権との関係を米ソ関係の主軸として重視していくとの基本姿勢を重ねて強調したという。

エリツィン氏はまた、核軍縮問題や国際情勢など広範なテーマについても所見を表明するとともに、市場経済、民主化、私有財産制導入などに関する理念を説明した。これに対しブッシュ大統領は、食糧流通機構の整備や経営ノウハウの供与など各種の経済協力を、ソ連全体の枠組みの中でどのように実施すべきか、などの点でエリツィン氏の意見を求めた。そして、職業訓練教育などについては、中央政府の利益に反しない形で、対ロシア共和国経済協力を行う可能性を示唆した。

会談に先立ちブッシュ大統領とエリツィン氏は声明を発表。エリツィン氏は「ロシア共和国は断固として民主化を進め、歴史を後戻りさせない」との決意を表明した。《読売新聞》

【ドイツ】ベルリンに政府・国会移転

ドイツ連邦議会(国会)は20日、ドイツの議会・政府所在地をベルリン、ボンのいずれにするかの最終採決を行い、ベルリンに連邦議会と政府の主要部局を移し、ボンには行政執行機関を残すことを贅成多数で決定した。昨年10月3日の独統一でドイツの首都とされたベルリンは名実ともに首都機能を与えられ、第二次大戦で失った地位を回復することになる。

議会では、所在地案5案をめぐり、11時間にわたってボン賛成派、ベルリン賛成派の議員120人が次々に所信を表明、白熱した論議が繰り広げられた。投票は同日夜、記名方式で行われ、まず政府をボン、議会をベルリンに置く案など2案を否決後、残る3案で、決をとり、ベルリン案337、ボン案320票の小差でベルリン案に決まった。

同案はベルリンに国会と政府の主要部局を置き、ボンを行政執行センターとして同市周辺の雇用への影響を最小限にすることを図ったもの。議会が完全にベルリンで機能するのは4年後、すべてが完全になるまで10-12年を見込んでいる。

また、来月5日に最終決定される連邦参議院の所在地について「ボンにとどまるべきだ」と決議した。ベルリンに賛成したコール独首相は、この結果に「正しい選択」と満足の意を表明した上で「結果に勝者も敗者もない。我々は40年間、ドイツに民主主義をもたらしたボンに多くの義務を負っている」とボンの経済維持を約束した。

審議でボン派は、ナチの過去を負うベルリンへの懸念と移転に伴う費用増大、ベルリンへの機能集中による弊害を挙げた。これに対しベルリン派は、同市の完全首都化が独統一の完成であり、ドイツの民主主義はすでに証明されていると反論した。《読売新聞》



6月20日のできごと