カテゴリー: 平成9(1997)年

  • 1997 平成9年4月26日(土) 在ペルー日本大使公邸占拠事件・フジモリ大統領、終結を宣言

    平成3031日目

    1997/04/26

    この日のできごと(何の日)

    【在ペルー日本大使公邸占拠事件】フジモリ大統領、終結を宣言

    ペルーのフジモリ大統領は26日夕(日本時間27日午前)、特殊部隊の武力突入で解決した日本大使公邸人質事件について、日本の報道機関と記者会見、「事件は成功に終わり、満足している」と述べ、救出作戦の成果を強調しながら事件の終結を宣言した。

    大統領は「日本の企業人を狙った誘拐事件で身代金が支払われた例を知っているが、こうしたテロへの譲歩は決してすべきではない。ひきょうだ」と、人質事件などでの安易な解決を強く批判、武力行使の成功を強調した。

    また、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)武装グループの一部が投降したにもかかわらず特殊部隊に処刑された、と元人質らがペルー政府を非難していることについては「救出作戦史上、これほど完全な作戦はなかった。72人の人質を救出することを命じた。そのような批判は知らない」などと退けた。

    日本政府に武力突入を事前に知らせなかったことや武力突入を選択したことへの一部日本側からの批判には、日本政府の了承を待つつもりはなかったと明らかにした上で、「これ以上、人質を放置しろというほど日本国民が自虐的だとは思わない」と明言、すべてペルー政府の責任で行うと決心したことを強調した。

    また、事件の保証人のシプリアニ大司教が、武力突入でMRTA武装グループ全員が死亡した後、「MRTAメンバーも私の兄弟だった」などと、涙ながらに、暗に武力介入を非難したことについて、大統領は、「彼は今も友人だ。(武力突入の決断は)ペルー(国民)が安全に暮らせるかどうかの問題。私は大統領だ。感情の問題ではない」と話した。

    一方、日本政府の謝意を伝えるためリマを訪問していた池田行彦外相は同日午後10時(日本時間27日正午)前、リマ空港から政府チャーター機で帰国の途に就き、昨年12月に発生以来、4カ月を超えた人質事件は幕を下ろした。同機には青木盛久大使と駐ペルー大使館員2人の元人質と家族らも乗り込んだ。

    「また帰ってくる。出張ですから」―。人質生活から解放された青木盛久駐ペルー大使は26日夜(日本時間27日午前)、笑顔で池田行彦外相のチャーター機に乗り込み、一時帰国の途に就いた。宿泊先のホテルから空港に向かう際、青木大使は人質だった日本大使館員や日本政府現地対策本部員ら約40人の見送りを受けた。報道陣から「ペルーを去るに当たって気持ちは」と問われた大使は「ペルーを去るつもりはない」ときっぱり。直子夫人も数分遅れで姿を現し、同じ車に乗り込んだ。空港では機体の真下に乗り付け、車いすごとリフトで機内へ。乗り込む直前にも、リフト上でにこやかに報道陣に両手を振った。

    同機には人質だった木本博之公使、三村晴夫一等書記官兼医務官とその家族も同乗した。木本公使は不自由な人質生活で痛めた腰に手を当て「体調万全とはいきませんが、落ち着きました」と言い残し、日本から駆け付けた夫人と寄り添い、飛行機のタラップを上った。《共同通信》

    [cc id=168777 title=”引用”]

    【いすゞ・ビークロス】発売

    1997 平成9年4月26日【いすゞ・ビークロス】発売
    http://www.goo-net.com/

    【Jリーグ第1ステージ】第5節

    Jリーグ第1ステージ第5節(26日・駒場スタジアムほか=8試合)鹿島アントラーズは1−1の後半終了直前に代わったばかりの真中が鮮やかな決勝ゴールを決めて4連勝をマーク。勝ち点を12として首位を奪った。横浜フリューゲルスも名古屋グランパスを破って勝ち点12。得失点差、総得点も鹿島と並んだが、当該チームの対戦成績で2位につけた。前節まで首位のガンバ大阪はエムボマの欠場が響き、アビスパ福岡に敗れた。福岡は初勝利。《共同通信》

    【自民党・山崎拓政調会長】改革断行へ解散回避を

    自民党の山崎拓政調会長は26日午後、福井市で講演し、橋本龍太郎首相が掲げる行財政改革に関連して「今後3年間は集中改革期間だ。選挙をやれば族議員が(利益誘導に)動くので、やってはいけない。首相も代えてはならない」と述べ、改革断行のためには政権交代や衆院解散・総選挙は回避すべきだとの認識を示した。

    また政権の枠組みについて「(自民、社民、さきがけ、民主4党の)医療保険制度改革協議会を見ていると、4党が与党になっている。今後の政権の枠組みを示唆するのかなと思った」と指摘し、将来的に民主党加えた4党体制もあり得るとの認識を明らかにした。

    同時に、山崎氏は「日本の将来を考えると、重要政策でできるだけ幅広い支持があった方がいい。テーマによっては新進、太陽とも(政策協議を)やり、安定した協力な政治を展開する」と述べ、政策別の部分連合路線を進める考えを強調した。《北國新聞》

    【橋本龍太郎首相】米副大統領、国防長官と会談

    橋本龍太郎首相は26日午前(日本時間同日夜)、ワシントン市内の副大統領公邸で、ゴア副大統領と朝食をともにしながら会談した。

    副大統領は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の情勢について「いろいろ懸念はあるが、全体としては希望的、楽観的見通しを持っている」と述べ、朝鮮半島安定化のための四者会談に北朝鮮は最終的に参加するとの見通しを示した。副大統領は、北朝鮮に対する楽観論の理由として「北朝鮮は結局、いろいろな(国際的)会合に参加している」と指摘した。

    環境問題などで日米両国が地球的規模の協力(コモン・アジェンダ)を進めるため、来年初めに東京で途上国や非政府組織(NGO)も参加した世界会議を開催することで一致。副大統領は「NGOの参加は重要なポイントだ」と積極的に協力する考えを示すとともに、テーマごとに作業部会を設けることを提案した。

    首相と副大統領はコモン・アジェンダに関連して①ハイチの民主化支援②カリブ海の環境保全で協力③地球の温暖化対策やフロンガス規制、アジアの酸性雨モニターシステム創設―などでも合意した。《共同通信》

    橋本龍太郎首相は26日昼(日本時間27日未明)、ワシントンのブレア・ハウスでコーエン米国防長官と会談し、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)見直しに関連して「中間報告を公表して一部の国の誤解を解くことが大事だ」と、中国などが抱いている日米安保強化への懸念を取り除く努力が必要との考えを強調した。

    コーエン長官は中国との関係について「軍の交流によって、中国の懸念や誤解を解くことが大事だ」と指摘。首相も日本の防衛事務次官が昨年訪中したことなどを紹介して「軍と軍の交流により、誤解が解けることは結構なことだ」と同調。日米両国が中国との安保対話を拡充することが重要との認識で一致した。

    首相と長官は指針の見直し作業を今年秋までに完了させることを確認。今後とも東アジアなど、国際情勢について緊密に協議していくことでも合意した。《共同通信》

    [cc id=168795 title=”コード”]

    4月26日/のできごと

  • 1997 平成9年4月25日(金) 大蔵省、日産生命保険に業務停止命令

    平成3030日目

    1997/04/25

    この日のできごと(何の日)

    【大蔵省】日産生命保険に業務停止命令

    大蔵省は25日午前、資産運用の失敗で経営に行き詰まっていた中堅生命保険会社の日産生命保険(本社東京、米本宏社長)に対し、保険業法に基づく業務停止命令と、業務と財産を保全する保険管理命令を発動した。同社は8月をめどに清算されるが、同省は日産生命の保険契約を全額保護し、保険契約をほかの生保各社や受け皿会社を設立して移管する方針。戦後の混乱期を除き生保が破たんし、業務停止命令が発動されるのは初めて。大蔵省によると、日産生命の債務超過額は約2000億円に達する。

    大蔵省は業界団体の生命保険協会を業務・財産を保全管理する保険管理人に指定、破たん処理を進める。昨年4月の保険業法改正で導入した、上限2000億円の契約者保護基金制度も初めて適用する方向で、生保各社に対し資金拠出を要請するなど本格調整に入った。

    三塚博蔵相は同日の衆院大蔵委で「保険契約者の不安がないよう万全の態勢をとる」と答弁、契約者保護を優先する方針を示した。大蔵省の命令に伴い、日産生命は新規契約の締結や解約などの業務は停止するが、保険金の支払い、既存契約の保険料受け取りなどの業務は継続する。

    同社の経営破たんはバブル期に急増させた個人年金保険がその後の運用利回りの低下で高コストとなり、経営を圧迫したのが最大の要因。平成7年3月期決算で、他の中堅生保6社とともに赤字決算に転落。昨年3月期は相場の回復に伴い黒字を確保したが、9年3月期決算が大幅な経常赤字に転落する見通しとなり、株式の含み益など自己資本も底を突き経営の継続は困難と判断した。《共同通信》

    [cc id=168777 title=”引用”]

    【広島・黒田博樹投手】プロ初勝利

    広島6-4巨人◇25日◇東京ドーム

    広島のルーキー黒田が初登板完投勝利。140キロ台の速球とフォークボール、スライダーを効果的に配球、9奪三振の快投だった。

    打線は四回、制球難の西山を攻略した。一死満塁の好機で黒田が押し出し四球。入来に交代した二死後、緒方の押し出し四球にロペスが左前打で続いて計3点。三回の野村の右翼2点本塁打と合わせ5-0とし、優位に立った。巨人はわずか1点で、勝率5割に逆戻り。《共同通信》

    【ドジャース・野茂英雄投手】メジャー通算500奪三振

    米大リーグ、ドジャースの野茂英雄投手は25日、マイアミのプロプレーヤー・スタジアムでのマーリンズ戦に先発したが、5回を3安打2失点で負け投手となり2敗目を喫した。

    野茂は一回、先頭のカスティーヨから三振を奪い、大リーグ通算500奪三振を、グッデン(現ヤンキース)の61試合に次ぐ66試合の史上2位のスピード記録で達成したが、打線の援護がなく記念試合を白星で飾ることができなかった。

    この日は立ち上がりから制球に苦しんだ。一回に先制点をもらったが、その裏、二死一、二塁からアルーに高めに入った甘い球を右中間三塁打されて逆転を許した。二回以降は走者を出しながらもマーリンズ打線に追加点を与えなかったが、六回から朴と交代した。ドジャースは10残塁の拙攻で、2−4で敗れた。《共同通信》

    【政界談話室】

    ○・・・自民党の加藤紘一幹事長は25日の参院議員総会で、敗北した秋田県知事選について「一生懸命やってもらったのであのくらいの差で済んだ。県庁問題があり、最後まで馬場が重かった」と陳謝。出席者から「あの候補では勝てない」と厳しい批判が飛び出すと「反省の糧としたい」とひたすら低姿勢を決め込んだ。その上に最近、衝突することが多い村上正邦参院幹事長が「せっかく幹事長がお見えだから…」とマイクの前に立つと、加藤氏の顔に緊張が走ったが、単に新人議員を紹介しただけで終わり、一転ほっとした表情に。

    ○・・・新進党の西岡武夫幹事長は、都内で開かれた友愛会の定期総会に出席したが、服部光朗会長から「新進党は支持率も低下し、ちょう落の一途だ」と猛烈に批判され、まさに針のムシロ。西岡氏は「今はどん底にある。結党の精神に立ち返り、改革の精神を目指す」と懸命に釈明。さらに「友愛会にお世話になりながら、期待にこたえられないでいることにじくじたる思いがある。今後とも精進したい」と頭を下げっぱなし。もっとも、友愛会が新進党支援の継続を決めたことから、反省の弁や頭を下げることぐらいはへっちゃら?《共同通信》

    【橋本龍太郎首相】米・クリントン大統領と会談

    橋本龍太郎首相は25日昼、ホワイトハウスでクリントン米大統領と約2時間半会談し、沖縄米軍基地の整理・縮小への努力や、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)見直し作業を促進するなど日米安保体制強化のための協力を進めることで合意した。在日米軍削減は現段階では論議しないものの、国際情勢の変化に応じて緊密に協議することで一致。

    両首脳は日本が内需主導の経済成長を図り貿易不均衡改善に努力することを確認。また6月にも日米包括経済協議の枠内で規制緩和に関する協議を開始することで合意した。しかし大統領は日本政府の歳出削減策が対日貿易赤字を拡大させる恐れがあると懸念を表明、財政構造改革のための日本の歳出削減策をめぐり、日米対立の新たな火種となる可能性もある。

    両首脳は朝鮮半島情勢安定のため、南北朝鮮と米国、中国による四者会談の早期実現が重要との考えで一致。しかし首相は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への食糧支援について、日本人拉致疑惑などを挙げ「日本国内の北朝鮮に対する世論には厳しいものがある」として現段階では困難との見解を伝えた。大統領も一「(北朝鮮側に)困難にする事情もある」と指摘したが、会談後の記者会見では「世界は北朝鮮を飢えから守る必要がある」と述べた。

    沖縄問題で大統領は「(負担軽減のため)できるだけのことを行いたい」と表明。両首脳は普天間飛行場返還や一層の基地縮小など日米特別行動委員会(SACO)最終報告を着実に実施することを確認した。《共同通信》

    【北朝鮮】軍事パレード

    朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は 25日、金正日書紀(人民軍最高司令官)が参加して朝鮮人民軍創建65周年を祝う閲兵式(軍事パレード)を行った。北朝鮮は餓死者が出るほどの危機的な食糧難にあるが、大規模な軍事パレードを実施し改めて軍事優先の姿勢を明確にした。北朝鮮での大規模な軍事パレードは1995年10月の朝鮮労働党総研50周年以来。

    朝鮮中央通信によるとこの日の軍事パレードは人民軍陸海空軍部隊、各軍事学校、労働赤衛隊、赤い青年近衛隊などが参加。閲兵式開式を知らせる金英春参謀長の報告を受け、金正日書紀が手を高く上げ閲兵部隊に答礼を送った。しかし、金書紀は演説などはせず、空席となっている人民武力(国防)相の人事発表などもなかった。

    軍事パレードでは人民軍最高司令官旗を先頭に、陸、海、空軍旗の護衛の中で故金日成主席の肖像旗が通過し、その後を各部隊が続いた。最高司令官としてひな壇に立った金正日書紀は部隊が通過するたびに右手を挙げ答礼。向かって左隣に並ぶ李乙雪元帥らと談笑するなど余裕を見せた。《共同通信》

    【在ペルー日本大使公邸占拠事件】

    フジモリ大統領「トンネルは自分の発案」

    ペルーのフジモリ大統領は25日(日本時間26日)、NHKとのインタビューで、リマの日本大使公邸突入に使われたトンネル掘削が自分の発案だった、などと作戦の内幕を明らかにした。

    大統領はトンネルについて「3カ月前から準備を進め、1カ月前には完全に出来上がっていた」とした上で、突入実行の時期をうかがっていたと説明。「21日の午前6時以降ならいつでもよかったが、この日は条件が整わず、22日の午前中も無線機で連絡を待っていた」と述べた。

    突入の条件としては①トゥパク・アマル革命運動(MRTA)のセルパ、サルバドル両容疑者らが公邸の一階にいること②少なくとも10人のメンバーが一階でサッカーをしていること−などだったと明らかにした。22日の午後3時10分に無線連絡を受け、人質救出を命じた。

    また、事前に突入を日本政府に通告しなかった点については「諜報活動の一部であり、多くは国家機密だった」などと述べた。《共同通信》

    青木大使、公邸を視察

    ペルーのフジモリ大統領は25日、青木盛久大使夫妻、池田行彦外相らとともにリマの日本大使公邸を視察、武力突入後、ペルー側が「管理」下に置いていた公邸を日本側に引き渡した。

    青木大使夫妻は視察後、邸内から運び出した天皇、皇后両陛下と橋本龍太郎首相の額入り写真を掲げながら、大統領らと握手。さながら公邸人質事件の終幕セレモニーのようだった。日本外務省の警備担当者と警察庁から派遣の係官計22人が同日午後、現場検証を始めた。

    大統領、大使一行は午前11時40分ごろ、公邸敷地内に。まず無数の弾痕なと、突入時の破壊の跡が生々しい外壁の様子を見たほか、兵士が突入に使ったトンネルの出口付近などを見回った。

    大使は、脱出時に腰を痛めたため車いすで視察。同行のペルー政府筋によると、天井や壁の一部が崩れ落ち、窓ガラスやコンクリートの破片が飛び散った二階で、大統領自らが約20分にわたって突入の様子を大使夫凄、池田外相らに説明した。

    大使は4カ月間の人質生活を過ごした自分の部屋に入り、脱出経路を再確認するようにテラスから外を眺めていた。約1時間の視察後、大統領は公邸前で「池田外相らと中の損害などを一緒に確認して引きした」と報道陣に説明した。大統領府専用のカメラマン以外、一般の報道陣は部内取材を許されなかった。

    池田外相、大司教らに謝意

    池田行彦外相は25日午前(日本時間26日未明)、リマ市内のホテルで、日本大使公邸人質事件の保証人メンバーだったシプリアニ大司教、カナダのビンセント駐ペルー大使、国際赤十字委員会のミニグ駐ペルー代表と会談、事件解決に向けた努力に謝意を表明した。また28日に帰国予定の外相が使うチャーター機には、解放された日本人人質も同乗することが決まった。

    外相との会談で、シプリアニ大司教は「一人の犠牲者も出ずに、事件が解決することを神に祈っていた。犠牲者が出たのは残念だ」としながらも、「(事件解決で)自分としても安どの気持ちを持っている」と述べた。外相は「保証人委の努力がなかったならば救出作戦の成功はなかった」と労をねぎらった。会談には、保証人委のオブザーバーだった寺田輝介現地対策本部顧問(駐メキシコ大使)も同席した。《共同通信》

    [cc id=168795 title=”コード”]

    4月25日 その日のできごと(何の日)

  • 1997 平成9年4月24日(木) オウム・松本智津夫被告、第34回公判

    平成3029日目

    1997/04/24

    この日のできごと(何の日)

    【オウム・松本智津夫被告】第34回公判

    オウム真理教松本智津夫被告(42)=教祖名麻原彰晃=は24日、東京地裁で開かれた第34回公判で意見陳述し、一部の事件について教団の関与は認めたが「指示していない」などと自らの無罪を主張した。

    地下鉄サリン事件は「村井(秀夫元幹部)や井上(嘉浩被告)らにストップを命じたが、彼らに負けた」とし、坂本堤弁護士一家殺害事件については「指示していないと明言する。早川(紀代秀被告)らには情状がある。判例によると、2年ぐらいの求刑で、小さな罪」と言い放った。

    松本被告の公判はこの日で1年。意見陳述は裁判官の交代に伴う更新手続きの中であり、松本被告は初めて起訴された事件の認否を明らかにした。

    更新手続きは公判担当の4人の裁判官のうち2人が交代したため。検察側が起訴した17事件の起訴事実の要旨を朗読。松本被告が事件ごとに意見陳述した。

    最初の地下鉄サリン事件について「本質的には傷害事件と考える。弟子たちのかかわりも限定されている」と述べた後、信者Oさん殺害事件の認否を英語で陳述。阿部文洋裁判長が「日本語で話すように」と注意すると、自分で翻訳する形で「私自身は殺害を指示していない」などと話し続けた。

    公証役場事務長Kさん監禁致死事件について「情報収集を指示しただけ」とし、薬物密造事件についても「覚せい剤は使用していない」などと否認した。信者Tさん殺害事件を「嘱託殺人」と指摘。

    ただ、坂本弁護士事件については早川被告らと一部やりとりがあったことを認める発言をした。松本被告は昨年4月24日の初公判で「聖無頓着」と陳述、起訴事実の認否を留保した。《共同通信》

    「村井(元幹部)、井上(被告)に押し切られた」「(坂本弁護士一家殺害事件は)小さな罪」と責任転嫁の陳述を続けるオウム真理教松本智津夫被告(42)に、傍聴席からはあきれとも怒りともつかないため息が漏れた。

    初公到から一周年を迎えた24日、事件の認否をした松本被告は、紺のトレーナーに黒いズボン姿。ほおはふっくらしているが、長く伸びたひげには白髪も目立つ。着席すると、にやにやと含み笑いも見せた。

    起訴状の朗読が終わり、意見陳述のため立ち上がると、松本被告は「まず、地下鉄サリンについてお話ししたい」と切り出し、早ロで陳述を始めた後、突然、「アイスピーク…」と意表を突いて途切れ途切れの英語で話し出した。

    「日本語で話したら」と阿部文洋裁判長から注意されても、松本被告は無視。満席の傍聴席からは、ほとんど聞き取れない陳述に失笑とため息が漏れた。

    「えー、アイストップドヒム、うーん、オーライ」。国選弁護人の一人も天井を見詰めた。松本被告は事件ごとに、まず英語で陳述し、その訳とみられる日本語を続けた。

    坂本弁護士一家殺害事件について「弟子には3年から4年。判例に基づけばこういう判決になる。小さい罪である。麻原彰晃はすべて無罪」などとボソボソ。地下鉄サリン事件についても「村井、井上にストップをじたが、結果的に負けた」と述べると、傍聴席で身を乗り出して聞いていた事件被害者遺族、高橋シズヱさん(50)は一瞬みけんにしわを寄せてうつむいた。《共同通信》

    [cc id=168777 title=”引用”]

    【在ペルー日本大使公邸占拠事件】

    池田外相、フジモリ大統領に謝意

    池田行彦外相は24日午後、リマの大統領府でフジモリ・ペルー代表と会談、大使公邸人質事件が特殊部隊の強行突入で決着したことについて「日本政府を代表して深甚なる謝意を表したい」と感謝の意を表明した。

    大統領は「保証人委員会やパレルモ教育相の交渉が行き詰まり、最後に実力行使をせざるを得なかった」と説明。日本側に事前連絡をしなかったことについては「ゲリラ側を急襲することが重要だったからだ」と説明、外相は理解を示した。

    外相は両国関係を一層発展させる考えを強調。対ペルー経済援助を従来通り推進することを約束した。

    池田外相は強行突入について「奇跡的とも言える完ぺきに近い成功は、大統領自身の心血を注いだ周到な作戦があって初めて実現した」と高く評価。日本の国会が「感謝決議」を採択したことを伝えた。《共同通信》

    池田行彦外相は24日午前(日本時間25日未明)リマ市内のホテルに日本大使公邸人質事件で人質となっていた青木盛久駐ペルー大使を訪ね「良く頑張ってもらった。日本国民も本当にほっとしている」と労苦をねぎらった。

    大使は「平和的解決を目指しテロに屈しない、という日本政府の毅然とした対応に人質全員が感謝している。この政府の対応と、人質の皆さんの一致団結が解決に結びついた」と強調。人質としての4カ月余については「最初の部分(事件発生時)と、最後の30分は本当につらかった。だが、その間は一種のキセルだった」と冗談を交えて報告した。

    池田行彦外相は24日夜(日本時間25日午前)、リマ市内のホテルで同行記者団と懇談し、人質事件現場となった日本大使公邸については一両日中にペルー政府から引き渡しを受けた後、当面は閉鎖する方針を明らかにした。また、人質となった青木盛久駐ペルー大使が近く日本に一時帰国することを明らかにした上で、当分の間は駐ペルー大使の任を解く考えのないことを言明。事件に巻き込まれた在ペルー大使館職員は、異動対象とする意向を示した。《共同通信》

    橋本首相、ペルー訪問「総合的に判断」

    橋本龍太郎首相は24日の政府与党首脳連絡会議で、ペルー大使公邸人質事件解決で謝意を表明するため、ペルーを訪問したいとの考えをあらためて表明した。訪問時期については「受け入れ態勢などの問題があり、総合的に判断したい」と述べた。

    首相は、シプリアニ大司教の尽力に感謝、バチカン法皇庁に書簡を送ったことも明らかにした。《共同通信》

    【政界談話室】

    ○・・・ペルー日本大使公邸人質事件の全面決着から一夜明けた24日、橋本龍太郎首相はやや遅めの午前9時すぎに官邸に出動。待ち構えた記者団に「熟睡できたよ」と明るい表情で語り掛けた。前日は「公邸に強行突入」の一報で午前5時半に起こされた上、訪米準備も重なって寝床に就いたのは「遅かった」というが、4カ月ぶりに人質事件の心理的圧力から解放されたせいか機嫌は上々。「いやあ、荷造りが大変だったよ」とぼやきながらも、元気良く米国に出発した。

    ○・・・自民党旧宮澤派の小里貞利事務総長はグループの例会で、先週開いた資金集めパーティーについて報告。「昨年は来なかった他の旧派閥幹部も今回は出席した。6、700人と予想していたが、1700人も参集した」と、例年を大きく上回る盛況ぶりを強調、「それだけ木曜研究会(旧宮澤派)の存在感が示されたと思っている」と胸を張った。党内では「保保連合」推進との関連で、自社さ3党の枠組み維持が心情の盟友、加藤紘一幹事長が微妙な立場に置かれているだけに、留守を預かる小里氏が必死で援護射撃をした?《共同通信》

    【京北病院安楽死事件】前院長を書類送検

    京都府京北町立の国保京北病院のY弘前院長(59)=現町総務課主査=が、末期がん患者に筋弛緩剤を投与して死期を早めたとされる「安楽死」事件で、京都府警は24日、殺人容疑でY前院長を書類送検した。前院長は当初「安楽死」の認識を示す発言をしていたが、その後「患者は自然死」と殺意を否定している。

    終末期医療をめぐり医師が殺人容疑で送検されたのは平成3年、東海大病院(神奈川県)で医師が末期がん患者を薬物注射で死亡させた事件以来。医の倫理をめぐり論議を呼んだ事件は、検察の司法判断が焦点になった。

    同府警は「筋弛緩剤の投与は治療行為ではない」とし、安楽死に当たるかについては、東海大事件で示された4要件をすべては満たしてはいないと判断した。

    調べによると、Y前院長は昨年4月27日午後、京北町内の末期がん入院患者=当時(48)=がこん睡状態に陥った際、自ら生理食塩水100ミリリットルに筋弛緩剤200ミリリットルを混ぜ、点滴で注入。患者を数分後に死亡させた疑い。

    Y前院長は昨年6月の事件発覚後は「安楽死の認識があった」などと発言。しかし9月に「投与は顔の引きつりを取るのが目的で、安楽死の認識はなかった」とする上申書を府警に提出した。

    末期患者の死期を早める安楽死で、刑事責任を免れるケースには厳格な要件が必要とされるが、Y前院長は患者本人に安楽死の意思確認を行っていない疑いが強いほか、患者は意識がほとんどなく「耐え難い苦痛はなかった」と主治医らが証言している。

    府警は、昨年6月から病院関係者や家族らから参考人聴取、院長執務室や京都市左京区の自宅などを家宅捜索した。京都大医学部教授に委嘱した患者の看護記録やカルテなどの鑑定結果を基に、Y前院長を事情聴取。筋弛緩剤投与で患者が死亡する認識があり殺意があったと判断、書類送検に踏み切った。

    Y前院長は、事件発覚後3カ月間休職した後、昨年9月8日付で院長職を解任され、町総務課主査に配転された。《共同通信》

    [cc id=168795 title=”コード”]

    4月24日 その日のできごと(何の日)

  • 1997 平成9年4月23日(水) 在ペルー日本大使公邸占拠事件・橋本首相「見事な作戦」

    平成3028日目

    1997/04/23

    この日のできごと(何の日)

    【在ペルー日本大使公邸占拠事件】

    橋本首相「見事な作戦」

    橋本龍太郎首相は23日午前、ペルー大使公邸人質事件での強行突入を受け、首相官邸で2回にわたって緊急記者会見し「チャンスをとらえ見事な救出作戦を行ったフジモリ大統領をはじめ、ペルー政府関係者に心から謝意を申し上げたい」と述べ、邦人人質全員の無事救出に感謝の意を表明した。

    ただ、ペルー政府からの事前通報に関しては「残念ながらわが国に連絡はなかった。遺憾と思うと言わざるを得ない」と述べた。

    また、今後の処理に当たるため、池田行彦外相を同日中にペルーに派遣することを表明。首相自身もいずれペルーを訪れたい意向を示したが、「どこかの(訪問の)ついでに(ペルーに)寄るという性格のものではない」と述べ、24日からの訪米日程には変更がないことを強調した。

    首相は、強行突入という結果になったことについて「人質を救い出してもらう中で、通報のあるなしや、武力行使をしたことで、だれがフジモリ大統領を非難することができるだろうか」と、ペルー政府の判断はやむを得なかったとの認識を示した。《共同通信》

    政府は23日、ペルーの大使公邸人質事件の決着を受け、事後処理の取り組みを本格化させた。池田行彦外相は同夜、ペルー側へ感謝の意を伝えるため、特別機でペルーに出発。橋本龍太郎首相も事件の処理が一段落した段階で自ら同国を訪問したいとの意向を明らかにし、今後ペルー側と日程調整することになった。

    外務省は関係各国の事件への協力に謝意を示す一方、在外公館の警備面の改善策など事件の再発防止策を検討する調査委員会(委員長・林貞行外務事務次官)を同省に設置、作業を開始した。

    外相は日本時間の24日午後、ペルーに到着する。人質となっていた邦人の家族や企業関係者らのほか、警察庁の捜査専門官、人質のストレス診療などの医療専門家も同特別機で向かった。

    現地ではフジモリ大統領のほか、シプリアニ大司教ら保証人委員会メンバーら一と会談、直接、日本政府の謝意を伝達。救出作戦で死亡した特殊部隊隊員やペルー人人質の遺族を訪ね哀悼の意を伝えたい考えだ。

    また青木盛久駐ペルー大使ら人質となっていた邦人と会い、長期にわたった人質生活の労をねぎらうほか、大使館業務の正常化の指揮を執り、28日に帰国する予定。解放された邦人が希望すれば共に帰国することも検討している。

    首相は23日午後、首相官邸を訪れたペルーのアリトミ駐日大使に感謝の気持ちを伝えるとともに「フジモリ大統領の都合の良い時にペルーを訪問したい」との意向を表明。大使は救出作戦について「死者は出たが、解決できた。大変心配を掛けた」と述べた。

    外務省は緊急対策本部について「事件が終わったばかりでいろいろやることがある」(橋本宏報道官)として、現地との連絡や関係者との調整に当たるため当面存続させる方針。《共同通信》

    フジモリ大統領「ペルー政府だけが責任を負う」

    ペルーのフジモリ大統領は23日、大統領府で記者会見し、日本大使公邸への武力突入作戦について詳細に説明、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)武装グループが、人質の健康診断回数を制限すると一方的に通告してきたことが武力行使を決断した直接のきっかけとなったことを明らかにした。大統領は「投降する兆しがなく(健診制限で)人質の健康状態が危険にさらされると判断した」と述べた。

    MRTA側が健診制限を通告したのは20日。大統領は、通告があった夜、4本のトンネルを使った作戦の最終進備を開始したことを明らかにし「翌二21日午前6時にはいつでも決行できる状態だった」と語った。

    武装グループ全員を殺害するよう命じたのかとの記者の質問には「72人の人質全員を無事救出することを(突入した)部隊に命じた」と語り、MRTAメンバーの逮捕は重要視していなかったことを示唆した。日本政府に事前に作戦を連絡しなかったのは「ペルー政府だけが責任を負う」ためだったと語った。

    2000年の大統領選挙で三選を目指して世論の支持を得るため作戦に踏み切ったのではないかとの質問には「支持率では行動しない。私は国民に不人気な措置もとっている」と全面的に否定した。

    一方、ペルー政府が赤十字国際委員会ペルー事務所のシェレル副代表を国外退去させた問題については「副代表は中立の立場を失っていた。われわれの忠告にもかかわらず、MRTAメンバーと長時間、話をしていた」と、政府当局者として初めて公式に理由を語った。《共同通信》

    一階でサッカーに興じているさなかの突然の爆発に驚き、あわてて武器を手に二階に向かった瞬間に射殺−。ペルー日本大使公邸人質事件を起こしたトゥパク・アマル革命運動(MRTA)武装グループのリーダーのネストル・セルパ容疑者の最期の様子が23日、明らかになった。

    地元テレビは同日、軍が撮影した邸内の様子を放映、セルパ容疑者はカーキ色の衣服を身に着け、階段途中にあお向けに倒れていた。

    同日、記者会見したフジモリ大統領などによると、22日午後に軍の特殊部隊が突入した際、一階には8−10人のMRTAメンバーがいた。セルパ容疑者はナンバー2のロハス容疑者らとともにホールでサッカーをしていた。突入と同時に仕掛けてあった爆薬が爆発、メンバ−の一部が即死したが、セルパ容疑者ら5、6は武器を手にし、人質のいる二階へ向けて階段を駆け上がった。その瞬間、特殊部隊が銃撃を浴びせ、射殺したという。《共同通信》

    リマの日本大使公邸人質事件の武力行使による解決について、シプリアニ大司教ら保証人3人と日本政府現地対策本部の寺田輝介顧問は23日午前(日本時間24日未明)「(事件は)われわれの予期しない形で、ペルー政府の責任と権限の下で終結した」との声明を発表。強行突入が同委員会に連絡のないまま実行されたことを指摘し、17人の死者を出した作戦への批判をにじませた。

    声明を読み上げた大司教は途中で言葉に詰まり、左手で顔を覆った。震える肩とほおが無念さを物語っていた。両わきのビンセント大使と寺田顧問が大司教の背中に手を置き、言葉をかけていた。

    リマ市内のホテルで声明を発表した大司教らは「保証人委は日本大使公邸人質事件の平和的解決のためにつくられた。われわれは可能な限りの努力を尽くした。家族を失った人たちの痛みを共有している」と述べた。大司教は声明を読み上げた後「ここ数日、私は極めて深刻な胃の痛みに悩まされて、仕事を続けることが難しくなった」とコメント。「すべての人質は私の家族だった」と言いかけると目頭を押さえ、言葉を失った。

    しばらく間をおいて「(人質だった)ジュスティ最高裁判事、特殊部隊の兵士、人間としてのMRTAのいずれの死も私にとっては大きな苦しみだ」と語った。《共同通信》

    在ペルー日本大使公邸への武力突入から丸一日がたった23日午後、公邸では国家警察の爆発物処理隊が危険物を撤去するとともに、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)武装グループのメンバー14人全員の遺体が収容され、本格的な現場検証が始まった。正午すぎには、フジモリ大統領が前日に続いて、公邸を訪れ、軍幹部の案内で建物内や特殊部隊が突入に使ったトンネルの出口を視察した。

    検証に先立って公邸内に入った爆発物処理隊数十人は、MRTAの小銃、手りゅう弾などの武器や、防毒マスク、拡声器などを次々と押収。玄関前の植え込みなどの陰に設置されていた地雷も撤去した。

    武装グループメンバーの一遺体は黒いビニールシートに包まれ小型トラック3台に積まれて搬出された。軍病院などで検視されるもようだ。《共同通信》

    全長100メートルのトンネルには換気装置が付けられ、兵士が何日でも潜伏できる−。フジモリ大統領は23日の記者会見で、日本大使公邸の模型を使いながら、人質救出作戦成功のカギとなった「突入トンネル」の詳細を初めて明らかにした。

    大統領によると、1本の幹線トンネルが公邸裏の民家の下から公邸の壁伝いに正面玄関近くまで達し、枝分かれした3本が①公邸ホール床下②ダイニングキッチン③公邸裏の庭−にそれぞれ伸びている。また別の3本が公邸にほぼ隣接するイタリア病院側などから敷地内に達している。

    トンネルは換気装置付きで、深いところでは地下約7メートルを通っていた。出入り口は各トンネルに複数あったという。

    最初のトンネルを掘り始めたのは事件発生直後の昨年12月末。今年3月にトゥパク・アマル革命運動(MRTA)武装グループに掘削を察知され、存在を暴露された。

    22日の突入時にはトンネルの1本を使いホール下に爆弾を仕掛けて急襲。複数の出入り口から一気に特殊部隊を送り込んで、武装グループを制圧した。

    突入作戦の暗号名を、ペルーの古代遺跡の名前を取って「チャビンデワンタル作戦」と名付けたことについて大統領は「その遺跡の下にも多数のトンネルが見つかったからだ」と明らかにした。

    ペルーの日本大使公邸への武力突入の際、72人の人質の中でただ1人死亡したペルー最高裁判事カルロス・ジュスティさん(53)の告別式が23日、リマ市内の教会で行われ、4カ月あまりの人質生活をともにした仲間や、ホイワイ国会議長ら政府高官が次々に別れの言葉を告げに訪れた。日本側は、青木盛久大使の直子夫人、外務省の田中克之・現地対策本部長が参列した。

    友人の一人が「人に愛され、尊敬される人だった」と語った通り、ジュスティさんは人質の間でも信頼が一厚く、参列者の多くは涙を浮かべながら、棺に花をささげていた。

    互いに励まし合いながら監禁生活を耐えてきた同僚のウゴ・シビナ判事は、ジュスティさんが目の前で銃弾に倒れたショックで昨夜は一睡もできず、参列できなかった。妻のリサさんは「自分が助かったという喜びと親友を失った悲しみで夫は混乱しています」と涙声で話した。《共同通信》

    [cc id=168777 title=”引用”]

    【トヨタ・マークⅡクオリス】「マークⅡワゴン」がフルモデルチェンジ

    1997 平成9年4月23日【トヨタ・マークⅡクオリス】発売
    http://www.goo-net.com/

    【スピッツ】シングル「夢じゃない」発売

    【Jリーグ第1ステージ】第4節

    Jリーグ第1ステージ第4節(23日・カシマスタジアムほか=8試合)鹿島アントラーズが後半19分、名良橋の決勝点で横浜フリューゲルスとの全勝対決を制して3連勝、ただ1チーム無敗を守った。開幕3連勝のガンバ大阪は注目のエムボマが不発に終わり、0-2でサンフレッチェ広島に完敗した。横浜マリノスは城の2ゴールなどで京都サンガを下し、ジュビロ磐田も3勝目を挙げた。アビスパ福岡は浦和レッズに敗れ、開幕4連敗。3連敗中の名古屋グランバスは試合がなかった。《共同通信》

    【伊良部秀輝投手】ヤンキース入りが確実に

    ロッテの伊良部秀輝投手(27)の米大リーグ、ヤンキース入りが確実になった。米コミッショナー事務局がパドレスとヤンキースの間で伊良部の交渉権を含む交換トレードが成立したことを発表したのを受けて、ロッテの重光昭夫オーナー代行は23日記者会見し、パドレスから合意の連絡があり、ヤンキースに伊良部との交渉を認めることを明らかにした。

    ロッテは、1月にパドレスとの業務提携の一環として伊良部の独占交渉権譲渡を発表した。しかし、伊良部がヤンキースに固執し、独占交渉権に異議を唱えたことから、選手会や最高経営会議など大リーグを巻き込んだ騒ぎに発展した。

    交渉が不調に終わったことで今季の大リーグ入り断念を宣言した伊良部は、この日の発表を聞いて、前向きな姿勢を示しており、身分照会の手続きが終わり次第、ヤンキースとの交渉に入るものとみられる。入団すれば、エンゼルスの長谷川滋利投手に続く日本選手5人目の大リーガーとなるのは確実だ。《共同通信》

    【茨城県警】動燃本社などを捜索

    動力炉・核燃料開発事業団(動燃)東海事業所の火災・爆発事故で動燃が監督官庁の科学技術庁に虚偽の報告をしていた事件で、茨城県警生活保安課とひたちなか西署は23日、原子炉等規制法違反(虚偽報告)の疑いで、東京都港区の動燃本社、茨城県東海村の東海事業所など計30カ所を家宅捜索した。

    原子力関連施設の事故での強制捜査は初めて。県警は今後、押収資料を分析し、動燃上層部への虚偽報告書作成への関与や組織ぐるみの隠ぺい工作の全容解明を急ぐ。《共同通信》

    【政界談話室】

    ○・・・自民党の加藤紘一幹事長は23日、党本部で開かれた研修会であいさつし、ペルーの日本大使公邸人質事件に触れて「ゲリラはサッカーをしていた。日中、油断していたところを突かれた」と紹介した。その後、話題を国内事情に転じ「照る日もあれば、曇る日もあるが、『やっぱり頼りになるのは自民党』という気持ちでやっていきたい」と第一党であることを誇示していたが、わざわざ「“保保”だ“連立”だと言われたが、世間がみているほど毎日けんかしているわけではない」と釈明しなければならないのが、加藤氏のつらいところ。

    ○・・・民主党の鳩山邦夫副代表はこの日、国会内で与謝野馨官房副長官とバッタリ。梶山静六官房長官の腹心といわれる与謝野氏に「これは“保保”のキャップじゃないですか」と呼びかけた。与謝野氏も、梶山氏との会談が憶測を呼んだ経緯がある鳩山氏に「“保保”はあなたの方ではないか」と切り返したが、鳩山氏は「そんなことはない。“保保”をやる時は事前に連絡を下さい。その間に入り込む形で行きますから」。隣の選挙区で当選7回同士の気安さからか、鳩山氏は勝手に「押し掛け女房」宣言。《共同通信》

    【新進党】党大会

    新進党は23日午後、都内のホテルで第3回定期大会を開いた。小沢一郎党首はあいさつで、米軍用地特別措置法改正をめくる橋本龍太郎首相との合意を「各党の理念、政策と政治行動がこの3年間で初めて一致した」と評価。行財政改革、安全保障などの今後の課題についても「党派を超え、理念、政策を同じくするものが力を合わせ、勇気を持って進んで行くべきだ」と述べ、政策別の部分連合を模索する考えを表明した。

    大会は「橋本内閣の打倒」と「改革勢力の大結集を進め、新しい新進党政権の樹立を実現する」ことなどを盛り込んだ運動方針や「日本再建のための基本政策構想」を採択、閉幕した。

    討論で、山形県の代議員が「政策的に協力することはあっても、保保連合は脱線ではないか」と保保路線への懸念を示したが、小沢氏は「政局論の前に理念、政策があるべきだ。われわれの主張に共鳴する人がいるなら協力して、改革を実現するのは当然だ」として、政策を軸とする自民党との連携は問題ないとの認識を強調した。

    来賓の笹森清連合副会長は「自民党以外の結集軸の中核になってほしい」と述べ、結党の精神である「非自民勢力結集」の姿勢を貫くよう求めた。これに対し、藤井富雄公明代表は保保路線について「どういう形であれ、国民が平和で豊かになることは大賛成だ」と容認、対照的な姿勢を見せた。

    大会には国会議員や地方代議員ら約500人が出席。執行部が「時間的制約」を理由に国会議員の発言を禁止し、代議員の質問を事前通告制にしたことなどから、混乱もなく約3時間で終わった。《共同通信》

    【日立製作所、松下電器】DVD-RAM駆動装置開発

    日立製作所と松下電器産業は23日、世代のコンピューター用記憶媒体のDVD-RAM(書き換え可能なデジタル、ビデオ、ディスク)の駆動装置を世界で初めて開発したと発表した。日立は「GF−1000」シリーズを6月20日からパソコンメーカーなどにサンプル出荷する。価格は1台10万−12万円、松下も年内にはサンプル出荷する予定。

    また、日立マクセルはDVD-RAMのディスクを6月20日からサンブル出荷すると発表した。サンプル価格は1万円だが、量産段階では5000円以下になる見通し。松下も年内にディスクの出荷を始める。

    DVD-RAMは、記憶容量が片面で2.6ギガバイトとフロッビーディスクの約1800倍。関係メーカー各社は今月企画の骨格で合意し、7月ごろまでに最終的な規格をまとめる。日立と松下は最終規格がまとまり、一定の需要が確認でき次第、本格出荷を開始する。《共同通信》

    [cc id=168795 title=”コード”]

    4月23日 その日のできごと(何の日)

  • 1997 平成9年4月22日(火) 在ペルー日本大使公邸占拠事件・武力突入

    1997 平成9年4月22日(火) 在ペルー日本大使公邸占拠事件・武力突入

    平成3027日目

    1997/04/22

    この日のできごと(何の日)

    【在ペルー日本大使公邸占拠事件】武力突入

    リマの日本大使公邸人質事件で、ペルー陸軍、海軍と国家警察の特殊部隊約140人は22日午後3時23分(日本時間23日午前5時23分)、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)武装グループが立てこもっていた公邸に突入、人質72人のうち、青木盛久・駐ペルー大使ら日本人人質24人全員と日系人全員を含む71人を救出した。

    作戦でリーダーのネストル・セルパ容疑者ら武装グループ14人全員が殺害され、ペルー人人質のジュスティ最高裁判事が銃撃を受けて負傷し、その後、心不全で死亡、特殊部隊の2人が死亡した。日本政府現地対策本部によると、日本人人質のうち1人が骨折し、15人が軽傷を負ったが、白昼の大胆な作戦は奇跡的な成功を収めた。

    事件は昨年12月17日(同18日)の発生以来、127日目にペルー政府による強行突入で一挙に解決した。

    フジモリ大統領は武装グループがほぼ鎮圧された22日午後4時すぎ、現場に乗り込み、「作戦は成功した。テロリストに絶対に屈しないという模範を世界に示した。これ以外に方法はなかった」と、笑顔で記者団に述べ作戦の成功を宣言した。大統領は作戦を目ら命じたものの、事前に日本政府に通告していなかったことも明らかにした。

    ペルー政府は平和的解決を目指し、保証人委員会を設置、武装グループと交渉を続けたが、収監中のメンバーの釈放などで難航。事件長期化で人質の疲労も極限状態に達したため、突入に踏み切った。保証人のシプリアニ大司教らが調停を続けていた中の強行突入は、今後論議を呼ぶ可能性がある。

    ペルーの古代遺跡の名から「チャビンデワンタル作戦」と名付けられた作戦は大きな爆発音とともに公邸屋上などに潜んでいた特殊部隊員が一斉に発砲して開始。公邸外に隠れていた完全武装の部隊が一気に突入。自動小銃の発射音や手投げ弾とみられる大きな爆発音が繰り返し響き、白煙が上がる中、人質らが次々に救出され、警察病院、陸軍病院などに搬送された。作戦は約37分で終了した。

    地元ラジオによると、武装グループの一部は、部隊が突入した時、公邸の一階ロビーでサッカーをして遊んでおり、油断を突かれた。

    武装グループは昨年12月17日夜、天皇誕生日の祝賀パーティーが開かれていた公邸を襲撃、日本大使館員、日本企業関係者、ペルー政府要人らゲスト多数を含む約600人を人質に立てこもった。その後、女性や高齢者を解放、ペルー政府との予備的対話を開始。フジモリ大統領がキューバなどを訪問して、武装グループの出国先を確保するなど、交渉による解決の努力が重ねられていた。《共同通信》

    大きな爆音とともに日本大使公邸の北側の壁で突然、白煙が空に噴き上がった。22日午後3時23分(日本時間23日午前5時23分)、公邸屋上などに隠れていた軍の特殊部隊員が、換気口とみられる穴に向け一斉に発砲した。自動小銃の音がこだまする。邸外に待機していた完全武装の部隊も一斉に突入した。はいつくばるように次々と邸外に出る人質たち。みな元気そうだ。30分余りの救出劇だった。

    青木盛久大使が無事を誇示するように手を振った。何本もの煙がもくもくと上がる公邸の屋上で、右手を高く上げるペルーの特殊部隊員。勝利を宣言するかのように隊員らは赤と白のトゥパク・アマル革命運動(MRTA)の旗を引きずり下ろし、「ビクトリア、ビクトリア」(勝利)と叫んで、突入作戦の成功を祝った。

    午後4時(同6時)前、126日間にわたって立てこもっていたMRTAのメンバーを制圧した兵士らは、公邸の周囲でペルー国歌を斉唱し全身に喜びを表した。

    担架で次々と運ばれる負傷者を運び出す救急車。外には多数の部隊員。

    黒い防弾チョッキ姿のフジモリ大統領が公邸前に姿を見せ、人質と抱き合って解放を喜び、バスに乗り込む一人ひとりと握手した。大統領は午後4時半すぎ、公邸前で右手を大きく振り上げ、完全武装の兵士を激励した。軍のトラックからは大音響の音楽が流れ、上空にはパラグライダーの隊員の姿。

    「大統領、大統領」と、突然の武力制圧に驚き、公邸周辺に集まった群集が声を掛ける。救急車が続々と到着、救出された人質約50人は警察病院に運ばれ、医師や看護婦が病院外にまで出て、けが人の介抱に当たった。《共同通信》

    「わたしの人生も終わりだと思った」。ペルーの日本大使公邸人質事件で無事救出された青木盛久大使は22日夜の記者会見で、一時は死を覚悟しながら生還した喜びを語った。

    会見に臨んだ青木大使は、青いシャツにスラックス姿。脱出の際に腰などを痛めたため車いすに座り、右ひじには白い包帯が巻かれていた。少しやつれた様子だが、好きなたばこをふかしながらしっかりとした声で報道陣の質問に答えた。

    銃撃戦が始まった時は「これでわたしの人生も終わったな、と思った。まさか、私たちの結婚記念日にフジモリ大統領からこのような(救出という)プレゼントをもらうとは思わなかった」と述べた。

    無事解放された日本人人質や家族、会社の同僚ら100人近くは22日午後6時すぎ、リマ市内の日本大使館に集まり、喜びをかみしめた。夫に対面した妻はロ元を押さえたきり、泣き崩れた。「けががなくてよかった」と肩を抱き合う人質も。大使館はビール、ジュースや軽食を用意したが、涙を流す人質たちは手を付けようとしなかった。《共同通信》

     [cc id=168777 title=”引用”]

    【オウム裁判】井上嘉浩被告、教団の教義は「悪魔の技」

    オウム真理教元幹部井上嘉浩被告(27)は22日、東京地裁で開かれた公判で意見陳述し、一連の犯行に導いた教団の教義について「悪魔の技としか表現しようがない」と指摘した。松本智津夫被告(41)の公判に証人出廷し、松本被告の姿に接したことからそのような結論に達したとし「本当に大ばか者でした」と自分を悔いた。

    意見陳述は裁判官が人事異動で交代したことに伴う公判の更新手続きの中であった。黒いスーツ姿の井上被告は約15分間にわたり、メモを持った手を震わせながら陳述した。

    井上被告は「逮捕直後は松本氏の教えを完全に否定し取り除くすべがなかった」と告白。その後、両親からもらった仏教の本を読み、法廷でも井上被告を意のままに操ろうとした松本被告を見て「本来の仏教とは根本的に違う松本氏の教えが原因で自分は変化した」と考えるようになったという。

    教義は「自分を空っぽにして、そこへグル(教祖)からデータをコピーしてもらい、クローンとなることによってのみ、救われるとした」と陳述。仏教が「現実世界の中に存在の本質を自覚し、解脱する」のに対し、「松本被告は、存在の本質を知るのは最終解脱者の特権とし、現実世界を全否定した」と述べた。《共同通信》

    【政界談話室】

    ○・・・橋本龍太郎首相は22日の衆院環境委員会で、社民党の秋葉忠利氏から「環境保全と開発と、どちらを優先するか」と厳しく迫られ「環境保全に適切な配慮が行われ、開発が行われるべきだ」と型通りの答弁でかわそうとした。秋葉氏は長崎県・諫早湾の干拓事業で「ムツゴロウが絶滅の危機にひんしている」と食い下がったが「自分の目で見たことがない。的確な意見を述べる資格はない」などと逃げに終始。沖縄基地問題を契機に関係がぎくしゃくしているものの、与党の枠組みにとどまっている社民党議員の質問だけに、議論好きの首相も全面激突は避けたい様子。《共同通信》

    ○・・・自民党の野中広務幹事長代理はこの日の役員連絡会で、新進党に敗れた秋田県知事選に触れ「地元国会議員が選挙のヤマ場に東京にいた」「(自民党の)衆参国会議員が応援に行っている中で、異常な感じがした。反省しなくてはならない」と、複数の議員名を挙げ地元議員の熱心さが足りなかったのが敗因の一つとかみついた。知事選応援で空席が目立つ先週の衆院本会議場などで地元議員の姿を見かけたことが発言のきっかけのようだが、議員の務めである本会議出席を批判するあたり、選挙を取り仕切る野中氏の八つ当たり?《共同通信》

    【野村証券】新社長に氏家純一氏

    総会屋親族企業に対する不正利益供与事件を起こした野村証券は22日、経営責任を明確にするため、鈴木政志会長兼社長(61)が5月1日付で代表権のない会長に退き、氏家純一常務(51)が社長に昇格する首脳人事を決め、正式発表した。外村仁副社長ら代表権を持つ9人(副社長5人、専務4人)を含む15人の取締役は4月30日付で一斉に退任する。

    同社の取締役は現在38人だが、約4割が入れ替わる大刷新で、今月末までに新任役員候補を含めた新しい経営陣が固まる。

    鈴木社長は記者会見で、「会社創業以来の難局で社の現状は緊迫している。氏家常務は変革のリーダー役を果たせる人物だ」と述べ、氏家氏は「(総会屋、暴力団などの)反社会的な勢力と決別し、明確なルールにのっとった信頼性の高い経営体制を一刻も早くつくらなければならない」と、抜本改革への意欲を表明した。

    氏家氏はこれまで、主に国際部門の仕事に携わり、今回の不祥事で問題になった総務部の関連業務と関保が薄かったことも社長抜てきにつながったとみられる。

    野村証券は3月の事件公表後、酒巻英雄前社長が引責辞任し、鈴木会長が社長職を兼務して1カ月しかたっていないが、批判が予想以上に大きく、社債引受けなどで野村証券外しの動きが加速している。このため若手常務の社長抜てきを核とする異例の人事刷新を断行し、失墜した信頼の回復と経営体制の立て直しを急ぐことにした。《共同通信》

    【マラソン・有森裕子選手】タレント活動開始

    “プロ宣言”していたマラソンの有森裕子選手(30)は22日、契約先のリクルートS&C室を通じ、CM出演などのタレント活動を開始すると発表した。同選手は現役のままでの自由な活動を求めており、今週中にも選手登録を申請する。日本オリンピック委員会(JOC)と日本陸連の間で進行中の協議の結果を得たずに、プロ活動を見切り発車する形となった。

    米国滞在中の有森選手は、リクルートを通じて①走ることを生かした中で、広告やイベント、講演などへの出演活動を始める②新たに創設するリクルートACの選手として競技者登録を申請する③JOCと日本陸連の協議が、選手が主体性を発揮できる方向に進むことを期待する−と述べた。

    リクルートS&C室の古西宏治課長は、JOCと日本陸連の協議が続いている中でのタレント活動開始宣言について「当初は3月末にも結論が出ると思っていたが、協議は長引くと聞いた。有森は今のタイミングでの始動を望んだ」と説明。また同課長は「有森は現役のままでの活動にこだわっている。選手登録が受理されない場合でも、受理されるよう求めていく」との考えを示した。

    日本陸連の佐々木秀幸専務理事は、有森の選手登録が現在は切れているため「今、タレント活動を行うことには問題がない。ただ、新たな選手登録を受理するかどうかは分からない」と述べ、今後の対応に戸惑いを示した。

    有森が求めていた自由なタレント活動については①日本陸連の選手規定に反する②JOCの協賛企業以外へのCM出演を禁じている「がんばれ! ニッポン!」キャンペーンの原則に抵触する−などの理由で、JOCと日本陸連で協議していた。

    日本陸連では「申請された選手登録を受理せず、しばらく保留する。保留期間中はタレント活動は自由」との妥協策も検討していたが、日本陸連、有森側とも「そうした裏約束はない」と否定した。《共同通信》

    [cc id=168795 title=”コード”]

    4月22日 その日のできごと(何の日)

This website stores cookies on your computer. These cookies are used to provide a more personalized experience and to track your whereabouts around our website in compliance with the European General Data Protection Regulation. If you decide to to opt-out of any future tracking, a cookie will be setup in your browser to remember this choice for one year.

Accept or Deny

PAGE TOP