平成9769日目

2015/10/07

【第3次安倍改造内閣】発足


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第3次安倍改造内閣が7日夕、皇居での認証式を経て発足した。安倍首相は同日夜の記者会見で改造内閣を「未来へ挑戦する内閣」と位置づけ、少子化対策や社会保障改革に総合的に取り組む「1億総活躍社会」の実現に向け、年内の早い時期に対策の第1弾を打ち出す考えを示した。

新設の1億総活躍相に起用された加藤勝信・前官房副長官ら9人が初入閣し、林幹雄・元国家公安委員長が再入閣、麻生副総理兼財務相ら主要閣僚を中心に9人が留任した。《読売新聞》




【馳浩氏】プロレスラー出身初の大臣に

安倍晋三首相(61)は7日、第3次安倍改造内閣の陣容を決め、菅義偉官房長官(66)が閣僚名簿を発表した。文部科学相には自民党の馳浩衆院議員(54)が決まった。馳氏はプロレスラー出身初の大臣となった。

馳氏は1961年5月5日生まれの54歳で富山県小矢部市出身。小学3年より金沢在住。星稜高から専修大に進学。84年卒業後に母校、星稜高の国語科(古典)教諭に就任した。84年7月にはロサンゼルス五輪にレスリング・グレコローマンスタイルのライトヘビー級で出場した。

85年に星稜高を退職し、ジャパンプロレスに入団。87年に新日本プロレスに移籍。代名詞のノーザンライト・スープレックスやジャイアントスイングを武器に在籍中にはIWGPジュニアヘビー、佐々木健介、武藤敬司と組んでIWGPタッグ王座を獲得するなどして活躍した。

95年に参院選に立候補し、初当選。2000年には衆院選に石川1区から立候補し、当選した。05年には文部科学副大臣に就任。06年8月にプロレスラーを引退した。14年12月に衆院選で6選目を果たした。妻は女優の高見恭子(56)。《スポニチ》

【中日・山本昌投手】32年の現役生活に幕

今季限りで現役を引退する中日の山本昌(本名・山本昌広)投手(50)が7日、マツダスタジアムで行われた広島戦で50歳1カ月26日で先発。現役ラスト登板を終えた。試合は中日が3―0で完封勝ちし“引退試合”に花を添えた。

この日出場選手登録され、シーズン最終戦に先発登板。予定通り打者1人だけに対した山本昌は、丸を3球で二ゴロに仕留めて降板。自身が49歳11カ月29日でマークした最年長登板、最年長出場、最年長先発のプロ野球記録を塗り替えて32年間のプロ生活に終止符を打った。

「最後にこのような舞台を用意していただき、ありがとうございます。最後は自分も真剣勝負ができたし、丸選手も真剣勝負してくれたのでうれしかったです」。投球後、チームメート、谷繁監督らの労いに涙ぐんだ山本昌。マウンド上で広島・新井から花束を受け取り、敵地スタンドの大歓声と拍手に送られ、最後はグラウンドに一礼してベンチ裏に消えた。ベンチ前では美智子夫人が花束を渡し、夫の涙をそっと拭う姿も見られた。

試合後、三塁側ブルペンでチームメートらの手によって胴上げされた球界の”レジェンド”左腕は「いい野球人生でした」と締めくくった。《スポニチ》

【プロ野球・広島】CS進出逃す

広島0―3中日◇7日◇マツダ

広島はシーズン最終戦に敗れて4位が確定し、クライマックスシリーズ(CS)を逃した。打線が初回の1安打のみと沈黙。7回無失点の前田健を援護できなかった。3位に入った阪神が10日から東京ドームで行われるCSファーストステージに出場する。

超満員のマツダスタジアムがため息に包まれた。0―0の8回から登板した2番手・大瀬良がつかまった。8回1死二塁のピンチを招くと、エルナンデスに左中間を破られ先制を許した。さらに続く藤井の左中間への適時三塁打で2点を失った。1アウトしか取れず降板すると、代わった中崎も投手の若松に右翼線に落ちる適時打を許し3点目を失った。

打線も初回2死から新井が中前打を放ったものの、その後は中日・大野の前に6回まで四球による走者2人のみ。代わった3番手・若松も捉えられず、三塁すら踏めなかった。

3位・阪神に0・5ゲーム差及ばず、3年連続のCS進出はならなかった。今季は8年ぶりに黒田がメジャーから復帰。躍進が期待されたが、球団ワーストとなる25試合連続1桁安打を記録するなど、貧打にあえいだ打線と救援陣の脆さが浮き彫りになった。

10月7日/のできごと