平成6292日目

2006/03/31

【民主党・前原誠司代表】辞任表明

民主党の前原誠司代表は31日の両院議員総会で「送金指示」メール問題で党の信頼を失墜させた責任を取り、代表を辞任することを表明、了承された。長引く混乱にけじめをつけ党を立て直すには、自らの引責は不可避と判断した。


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鳩山由紀夫幹事長ら党執行部も総退陣する。新代表は7日の両院議員総会で選出される。新執行部発足は10日。今後の焦点は前原氏の後継選びに移る。党内では小沢一郎前副代表の後継論が強まっており、小沢氏を軸に調整が進む見通しだ。《共同通信》

永田寿康衆院議員(民主党の党員資格停止中)は31日午後3時半過ぎ、秘書を通じて議員辞職願を河野洋平衆院議長あてに提出し、受理された。週明けの衆院本会議で正式決定する。《毎日新聞》




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【この日の小泉総理】

食育推進会議(第2回)

平成18年3月31日、総理大臣官邸で第2回食育推進会議が開催されました。

この日の会議では、食育推進基本計画が決定されました。今後はこの計画に沿って全国で食育推進運動を進めていくことになります。また、都道府県、市町村においても国の基本計画に基づいて国民運動として展開していきます。

小泉総理からは、「食生活、運動、休養、これは健康の三原則だということを厚生大臣のときから何回も申し上げてきました。国民運動として、子どもも、学校も、家庭も、地域も食生活の重要性を考えて健康になっていただくのは大変いいことだと思います。」と述べました。《首相官邸》

【この日の民主党】

常任幹事会で前原代表、辞意を表明

31日午後2時より、党本部において第367回の常任幹事会が緊急に開催され、前原誠司代表が辞意を表明するとともに、「メール」問題検証チームの報告書が提出された。

会議は川端達夫常任幹事会議長の司会の下に行われ、まず前原代表が挨拶に立った。前原代表は報告書を取りまとめた検証チームに感謝を述べた後、「メール」問題について「永田議員の提案であるとはいえ、私の判断で党首討論において取り上げ、問題を大きくした責任は私にある。支援者をはじめ皆さんにつらい思いをさせた責任は私にある」と語り、続いて「私が辞職し人心を一新することが、民主党のため、日本の民主主義のためになる」と語って、代表の座を退くことを表明した。前原代表は、「自らを支えてくれた皆さんに感謝する」と挨拶を結んだ。

続いて、鳩山由紀夫幹事長より「メール」問題検証チームの報告書が出されたことが報告され、また外部チームの報告書が近々出されることが報告された。そして、玄葉光一郎幹事長代理が内部チームの報告書の内容について報告を行った。幹事長代理は、調査の結果、情報の対価としての金銭の授受はなく、また民主党のリスク管理能力を高める必要があると述べた。

鳩山幹事長は、永田寿康議員が議員辞職を決意し、そのための手続をすすめることを報告した。また、代表辞任が承認された後の党内手続きについて、説明を行った。

人心一新が必要と判断 前原代表

前原誠司代表は31日午後、両院議員総会終了後に党本部で記者会見を行い、代表辞任の意向を改めて表明した。

この中で前原代表は、「先ほど両院議員総会において、私から代表を辞したいということを申し上げ、ご了解をいただいた」とし、「今回、『メール』問題については、永田議員が取り上げた問題だったが、私自身、党首討論等で取り上げ、また、3月一杯までこの問題を引きずるという対応になったのも、全て私の責任だと思っている」と言明。

「この問題を打開し、野党第一党としての責任を果たし、国民の信頼を本気で取り戻し、次の総選挙で政権交代ということを腹の底から訴えていくためには、人心一新が必要だと考え、自ら代表を辞し、一議員となってもう一度、しっかり一から出直し、がんばっていきたい。誰が代表になられても一生懸命支えていきたい」と語った。そして、国民の皆さま方に「ご心配をおかけし、ご迷惑をおかけしたことを、お詫び申し上げたい」と述べた。

更に、記者団からの質問に答え、「一番初めにこの職を辞さなければならないと考えたのは、2月20日だった」とした前原代表は、野田佳彦国会対策委員長(当時)から、「メール」の信憑性について、「これは本物でない可能性が高いということを聞かされた時に、それを取り上げた党としての責任を感じ、そして自分のポジションも含めて判断をしなければいけないという思いに至った」と述べた。その後の党首討論等を経て、2月28日の謝罪の会見になり、「その時は、事態の収拾に努めるのが代表として役割だろうという思い」があったとした。

前原代表は更に、「常にこの問題の収拾で、自分自身が決断をすることのタイミング・必要性は考えていた」とし、「今回、報告書を出すということで、永田議員の辞職とは全く別の問題として、これだけこの問題を引きずって、国民の皆さま方に失望をもたらし、民主党への厳しいご意見をいただいている。全ての責任は私にあるという思いの中で、今回、決断をした」と語った。そして、党再生に向けて、「今回、報告書が出るタイミングで人心一新を図ることが、国民の皆さま方からも、民主党として最大のけじめをつけて、再生への決意をお示しする最も適当な方法だと考えた」などとした。

また、代表就任から半年余りの所感を問われた前原代表は、「辞める者が、生意気なことを申し上げるつもりはない」としつつ、対案・提案路線が定着してきたこと、現職を含めれば200名余りの、次期衆院選の公認候補内定者を早々に決めることができたことなどを挙げ、今後は、党が一致結束をして、議論する時はしっかり議論し、まとまる時はまとまるという体質をつくっていくために、微力ながらがんばっていくなどと語った。《民主党ニュース》



3月31日 その日のできごと(何の日)