平成2782日目

平成8年8月20日(火)

1996/08/20

【平成8年版警察白書】オウム捜査を総括

警察庁は20日、平成8年版警察白書を公表した。「新しい組織犯罪への対応―オウム真理教関連事件を回顧して」を特集し、一連の事件捜査を初めて総括。サリンなど高度な科学技術の知識が不足し、教団に対する情報収集も不十分だったと反省した異例の内容となっている。

今後の組織犯罪対策として「組織犯罪対策法」(仮称)の立法を目指す法務省とは別に、不正収益のはく奪や捜査協力者への報奨金支出などの法制度を検討する方針も打ち出している。

白書は、教団が武装化しテロ集団になった要因を①政治的傾向を持つ団体②殺人も善業となる教義に基づき活動③徹底的な上意下達体制④徹底した閉鎖性⑤出家制度による人的・財政的基盤―と指摘。一連の事件は、閉鎖的集団が高度な科学技術を悪用、組織的に証拠隠滅を図った全国にまたがる犯罪だったことから、捜査は多くの困難に直面したと分析した。

その反省、教訓として「高度な科学技術についての知識不足」「特殊な閉鎖的犯罪組織についての情報不足」「都道府県警察の管轄区域外の権限についての制限」を挙げている。

科学技術については「サリン、VXガスなど有毒物質に関する知識が不足していた」とし「(松本サリン事件で)第一通報者に多大な心労と迷惑を掛けることとなった」と会社員河野義行さん(46)への対応にも言及。「史上初めてサリンが犯罪に使用され、警察に戸惑いがあったことは否めない」としている。

教団に対する情報収集、分析体制は「必ずしも十分とはいえなかった」とし、坂本堤弁護士一家殺害事件について「教団の関与を視野に入れつつ捜査したが内部情報がほとんど得られず、かつ組織的な証拠隠滅活動がなされたため」捜査が長期化したと記述している。《共同通信》



【第78回全国高校野球選手権大会】第13日

第78回全国高校野球選手権大会第13日は20日、甲子園球場で準決勝が行われ、決勝は松山商(愛媛)と熊本工(熊本)の古豪対決になった。春夏を通じ両校が対戦するのは初めて。

松山商は同点の七回、失策絡みで3−2と勝ち越した後、八回には今井の中前適時打と渡部の内野ゴ口で福井商(福井)突き放し、5−2で勝った。松山商の決勝進出は、10年ぶり8度目で、第51回大会以来、5度目の優勝を目指す。

熊本工は四回、古閑の二塁打と、沢村の左前打で3点を先制。左腕園村が前橋工(群馬)の反撃をかわして3−2で逃げ切り、59年ぶり3度目の決勝進出で、悲願の初優勝を狙う。《共同通信》

【ソウル・延世大学】機動隊突入、学生5600人を連行

韓国の警察当局は20日早朝、ソウルの延世大学に立てこもっていた韓国大学総学生連合(韓総連)所属の学生を排除するため、同大の総合館に機動隊約2000人を突入させた。

当局は同日中に学生ら3225人を連行。12日から同日までの総連行者数は約5600人に上り、韓国の学生運動史上、最大規模となった。

これにより延世大で「祖国統一汎民族青年学生連合統一大祝典」を開いた韓総連の学生たちが12日から続けてきた機動隊との衝突は、9日目にようやく終結した。《共同通信》

【村田英雄さん】左足首切断手術後初の熱唱

今年5月に糖尿病で右足の切断手術を受けた歌手の村田英雄さん(67)が20日、大阪・新歌舞伎座で開かれた故三橋美智也さんの追悼公演に出演し、術後初めて熱唱を披露した。

舞台中央のせりに乗り、義足とつえを手に登場した村田さんは、丸刈り頭に作務衣姿の衣装で「頭を丸めたのは一から出直すため。この舞台にはどうぢても立って歌いたくて、リハビリを続けてきた。こんな嬉しいことはない」とあいさつ。

満員の観客からの熱い拍手と声援にこたえ、いすに手を添えながら、持ち歌の「王将」「無法松の一生」、三橋さんのヒット曲「哀愁列車」の3曲を力いっぱい歌った。《共同通信》

【橋本龍太郎首相】中南米歴訪に出発

橋本龍太郎首相は20日昼すぎ、羽田発の政府専用機で中南米歴訪に出発した。

出発に先立ち首相は、報道各社のインタビューに対し「経済的に発展している中南米諸国の市場活性化や民主主義政治の安定に日本が役立てたら望ましい。従来以上の関係をつくり上げることが日本にとって必要だ」と述べ、中南米各国との関係強化を目指す考えを強調した。《共同通信》

中南米歴訪のため、メキシコ入りした橋本龍太郎首相は20日午後(日本時間21日未明)、セディジョ大統領とともにメキシコ市内の国立近代美術館を見学した。

当初の日程にはなかったが、大統領が「首相とアミーゴ(友人)になりたい」と申し入れ、急きょ実現した。大統領は「(首脳会談のある)明日は仕事だが、今日は芸術を楽しもう」と首相、久美子夫人を案内。首相は「緑豊かな中に大きな美術館が点在する国をみてうらやましい」と応じた。《共同通信》



8月20日のできごと