1996 平成8年5月28日(火)

平成2698日目

平成8年5月28日(火)

1996/05/28

【オウム真理教・松本智津夫被告】再び意見陳述

オウム真理教に対する破壊活動防止法の団体規制(解散の指定)をめぐり、公安調査庁が教団側の反論を聴く第4回弁明手続きが28日、教団代表松本智津夫被告(41)=教祖名麻原彰晃=の拘置場所の東京拘置所(東京・小管)で開かれた。

前回に続き、松本被告が教団代理人の弁護士の問い掛けに答える形で意見陳述。教団側は同被告が「破壊活動は起きることはないでしょう」「代表者を降りましょう」などと記述していた警視庁拘置中の「麻原ノート」の内容について、意思に変わりがないかどうかを確認した。

この日の弁明手続きには、公安庁側から受命職員の堀江信之総務課長ら3人、教団側は松本被告のほか、村岡達子代表代行、代理人の内藤隆弁護士ら計5人が出席し、教団側が選任した評論家の佐高信氏ら立会人5人が傍聴。

松本被告は「麻原ノート」の内容の確認に続き、前回同様、破防法の要件とされる「将来の危険」や「政治目的」が教団にはないことを強調。松本被告は「死してでも破防法の適用をやめてほしい。教団代表を降りてもいい」「自殺を二度試みたが失敗した」などと陳述した。

公安庁は今回で松本被告の陳述を終わらせる方針。これに対し、教団側は「5月15日の第3回弁明でも公安庁から証拠が提出され、反論は7月までかかる。十分な弁明は破防法で保障されている」と反発している。

弁明手続きは昨年12月20日に官報公示され、今年1月18日の第1回と4月5日の第2回で、公安庁が規制請求理由を告知し、請求の証拠計257点一提示。今月15日の第3回では、教団側が第1回弁明以前から求めていた松本被告の弁明出席が実現した。

公安庁側は新たに、教団信者が4月現在で7500人以上いるという調査書や松本被告が拘置所から信者にあてた「獄中説法」の文書など計21点を追加証拠として提出した。《共同通信》



【橋本内閣】菅厚相の禁煙協力要請を無視

28日午前の閣議と閣僚懇談会で、禁煙問題をめぐって閣内不一致が表面化した。菅直人厚相が31日の世界禁煙デーと禁煙週間について、各閣僚に協力を要請、梶山静六官房長官が「禁煙週間中の閣議、閣僚懇談会では灰皿を用意しない」と宣言したのが発端だ。

これに対し元全専売委員の鈴木和美国土庁長官は「日本全体で禁煙に取り組むのはいかがなものか。分煙で共存共栄すべきだ」と反発。愛煙家の橋本龍太郎首相は喫煙を続け、たばこ産業を所管する大原一三農相はわざわざたばこに火をつけ、鈴木発言に賛意を示した。

梶山長官は閣議後の記者会見で「世界禁煙デーは国際的な取り決め、しかしなかなか(閣内は)足並みがそろわなかった」と煙に巻いた。《共同通信》

【政界談話室】

○・・・さきがけの鳩山由紀夫代表幹事は28日の記者会見で、中曽根康弘元首相が前日、「鳩船新党」構想を「愛とか友情とか、ソフトクリームのようで溶けてなくなる」と批判したことに対し「これからはソフトクリームのおいしい季節になる」と反論。「世代間の相違かなと思うが、愛とか美を前面に出した政策を作っていかなくてはならない。甘っちょろいと考えるのはその方の自由だ」と持論を展開。返す刀で「政治家が今まで格好の良いことを言っても、実行してこなかった責任の方がはるかに大きい」と述べ、政治不信を招いた責任は中曽根氏らの世代にあるとバッサリ。

○・・・新進党の鳩山邦夫広報企画委員長は、この日の役員会後の記者会見で「小沢一郎党首は6月7日からオランダで開かれる国際自由主義同盟(リベラル・インターナショナル)の総会に出席した後、英国に行きます」小沢氏の外遊日程を紹介「チャーター機は使いません」とわざわざ付け加えた。先の小沢氏の中国訪問では数千万円で専用機をチャーター、党内の一部から批判が出ただけに、今回は「(役員会で)議論になったわけではない」と、小沢氏が配慮したことをにおわせるなど、党内の空気に神経質になっている様子。《共同通信》

【インド・バジパイ内閣】在職13日で総辞職

インドのバジパイ首相は28日夕、内閣信任動議を審議していた下院の演説で、辞任を表明した。直ちにシャルマ大統領に辞表を提出、受理された。首相の辞任により、今月16日に成立したインド人民党主導の連立内閣は総辞職した。

シャルマ大統領は同夜、中道・左派連合と地域政党17党から成る「統一戦線」のデーベ・ゴウダ氏(ジャナタ・ダル所属)を首相に指名、組閣を要請した。ヒンズー至上主義を掲げる人民党初の政権は、発足からわずか13日で崩壊、インド歴代内閣の中で最も短命な政権に終わった。統一戦線は、国民会議派の閣外協力を得た多党連立による組閣への意欲を表明していた。

大統領は慣例に従い、第二党の国民会議派のラオ総裁にまず要請するとの見方が有力だったが、統一戦線は会議派より先に同戦線に組閣要請するよう求めていた。

大統領はゴウダ氏に来月12日までに下院での信任を得るよう求めた。ラオ総裁は、会議派として独自に政権を担う考えのないことを既に表明しているが、統一戦線内部にはラオ総裁の「返り咲き」を警戒する声もある。

人民党は総選挙で計160議席を確保し、議会(下院)第一党に躍進。今月16日、バジパイ首相が第11代インド首相として、提携政党のシバ軍団との連立内閣を発足させた。《共同通信》

【明大ラグビー部監督・北島忠治さん】死去

1996 平成8年5月28日【明大ラグビー部監督・北島忠治さん】死去

明大ラグビー部を昭和4年から60年以上にわたって率いてきた同部監督の北島忠治氏が28日午前4時28分、呼吸不全のため東京都世田谷区の病院で死去した。95歳。新潟県出身。

同氏は一昨年11月、軽い肺炎を起こして入院、一時持ち直したが昨年9月に再び悪化していた。昨年9月には元日本代表監督の大西鉄之祐氏(当時79歳)が胸部大動脈りゅうのため死去しており、戦後の日本ラグビー界を引っ張ってきた両雄が相次いでこの世を去った。

ギネスブックに「ラグビー監督経験最高記録」として記載される長寿監督。明大の学生時代には相撲部に所属。3年生の時に部員不足を理由にラグビー部に誘われたのが、ラグビー人生の始まり。昭和2年、卒業と同時にラグビー部監督に就任した。

けれんみのない「前へ出るラグビー」を基本理念に強豪チームをつくり続けてきた。鍛えられた「重戦車FW」を前面に出し、大学日本一の座を9度獲得。51年には社会人の三菱自工京都を下して日本選手権優勝を果たした。東京・八幡山の明大グラウンド近くに住居を構え、ラグビーを教え込んだ卒業生は1000人を超える。

明大教授、日本ラグビー協会副会長などを歴任し、現関東ラグビー協会名誉会長。多年にわたりスポーツの発展に貢献したとして、60年に東京都文化栄誉章、61年に吉川英治賞、平成3年に文部省のスポーツ功労者顕彰を受けた。《共同通信》



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