平成1985日目

平成6年6月15日(水)

1994/06/15

【 JR関西空港線、南海空港線】開業

9月4日に開港する関西国際空港と対岸の大阪市泉佐野市を結ぶ連絡鉄道のJR西日本「関西空港線」(11.1キロ)と南海電鉄「空港線」(8.8キロ)が15日、営業を開始した。開業式典は午前10時から関西空港駅構内で行われ、同空港会社の服部経治社長、中川和雄大阪府知事や両鉄道会社の社長らがテープカット、一番電車の出発を祝った。

両線はJRと南海が空港連絡橋と駅を共用。開港までは主として空港島で習熟訓練をする国の機関、空港会社や関連会社の職員が利用する。一般客も乗れるが空港島への立ち入りは、警備などの都合から改札口周辺に制限される。輸送人員は両線合わせて一日に8000ー1万3000人となりそう。

新空港へのアクセスは、既に高速道路の関西空港線と阪神高速湾岸線が開通、7月上旬には高速艇などの海上基地も空港島に完成し、近畿の交通ネットワークは開港を前に大きく様変わりする。

この日、一般乗客を乗せた一番電車は、JRが午前11時22分の天王寺発、南海は同11時36分の難波発でそれぞれ新空港へ。16日からは天王寺発の直行電車が1日11本(平日、土曜)、難波発の電車は32本(同)が運行。JR阪和線の日根野と南海本線泉佐野から関西空港まではシャトル便の電車が運行される。

開港時にはJRが「はるか」(京都、新大阪ー新空港間)、南海が「ラピート」(難波ー新空港間)の新型特急をそれぞれ営業運転させ、これに伴い両社は新ダイヤを組む。開港後の利用者は一日、約7万人に達するとみられている。

関西国際空港と神戸・ポートアイランドの旅客ターミナル間の海上約30キロを28分で結ぶ水中翼船「クリスタル・ウイング」(165トン)と「エメラルド・ウイング」(同)が完成し、15日午前、神戸市中央区の川崎重工業神戸工場で、運航会社「海上アクセス」(本社神戸市)に引き渡された。

両船は全長約30メートル、定員230人で、船体は上方が白、下部がオレンジ色で黄、紫のストライプが入る。 船首と船尾部に取り付けられた翼で船体を浮上させ時速80キロ高速走行でも、横揺れが少ないのが特徴という。 新空港開港の9月4日から運航を始め、この2隻を含め計3隻で早朝から深夜まで一日33往復する予定。《共同通信》



【サッカー・ジーコ選手】有終ボレー

Jリーグ・サントリーシリーズ最終節(15日・名古屋市港サッカー場ほか=6試合)既に優勝を決めているサンフレッチェ広島は0−1で名古屋グランパスに敗れ、17勝5敗で全日程を終了した。名古屋は後半21分に森山が決勝ゴール。今季初登場のリネカーは最後の15分間だけプレーした。清水エスパルスは2−1で横浜フリューゲルスを下し16勝目。同勝敗ながら得失点差で鹿島アントラーズを上回り2位を確保した。鹿島は、Jリーグ最終戦となったジーコの活躍で2−1でジュビロ磐田を破った。ヴェルディ川崎はベルマーレ平塚に快勝し4位。浦和レッズは3シリーズ連続の最下位。Jリーグのニコスシリーズは8月10日に始まる。

鹿島2−1磐田◇15日◇磐田

鹿島が2−1で磐田を下し、Jリーグ最終戦のジーコは2得点ともに絡んだ。

鹿島は前半12分、ほぼ正面約20メートルのジーコのFKがゴール左上角に当たり、はね返りを秋田が押し込み先制。21分にはインタセプトから生まれた相馬の左センタリングをジーコが右足のボレーで鮮やかに決めた。

磐田は後半、ファネンブルグのミドルシュートで1点を返し反撃を見せたが、及ばなかった。《共同通信》

磐田スタジアムに敵も見方もなくなった。スタンド全体から「ジーコ、ジーコ」のコールが沸き起こる中、公式戦日本最後の試合を終えた鹿島のジーコはゆっくりとセンターサークルまで進むと、照れくさそうに両手を挙げ、静かに二度おじぎをすると、ロッカールームに引き揚げた。

試合開始から左サイドにじっと陣取り、そこから絶妙なパスを繰り出した。前半12分、ゴール正面で得た得意のFKはバーを直撃。先制点のアシストとなった。さらに9分後、左の相馬の前にボールがこぼれフリーと見るや、逆サイドに手を挙げながら回り込み、ダイレクトのボレーで合わせた。とても41歳の反応ではなかった。「いい終わり方ができた。これからが本当のアントラーズの始まりだ」。教え子たちにそう言い残して、ジーコは去った。《共同通信》

【 JR東日本】週刊文春の販売を拒否

16日販売予定の週刊文春(文藝春秋発行)に掲載されるJR東日本の労務体質などをリポートした記事にJR東日本が15日、「(記事は)怪文書を基にした誤った内容で、29日に行われる第一回株主総会を妨害する行為」と反発、JR東日本管内の駅売店(キオスク)で同誌の販売を拒否し、車内広告の引き受けも拒否することを決めた。

約11万部が発売拒否の対象となり、文芸春秋は「法的措置も含めて対応を協議する」としている。文芸春秋は、実績ある週刊誌が発売禁止処分など流通ルートから締め出されたケースはない、としており報道の自由をめぐる議論も起きそうだ。《共同通信》

【羽田孜首相】経済改革実行は公約

政府は15日午前、外国企業の日本市場への参入促進や輸入拡大策を協議するため関係閣僚や国内業界の代表が参加する第16回貿易会議(議長・羽田首相)を首相官邸で開いた。羽田首相は「たとえ痛みが伴っても国民生活の改善につながる経済改革先頭に立って実行することを公約する」と述べ、規制緩和の実行と市場参入改善に取り組一む決意を表明した。

会議には今回初めて海外の経済人3人を招き、市場開放策に対する要望を直接開いた。米国の輸送機器メーカー、キャタピラー社のジェームズ・ウォグスランド副会長は、日米企業の協力関係を強める必要性を強調するとともに、外国企業の参入を促すことの重要性日本の社会全体が十分理解するよう求めた。

ベルリン商工会議所のホールスト・クランプ会頭は、入札の透明性確保や複雑な許認可制度の簡素化など非関税障壁の除去を要請。タイ貿易会のスウィット・ワンリー会長は「日本が競争力を失った分野は(発展途上国に)譲るべきだ」と主張した。《共同通信》

【羽田孜首相】外相らと北朝鮮核問題で協議

羽田首相は15日夜、首相官邸に柿沢外相、熊谷官房長官と外務省首脳を集め、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発問題をめぐり、米国が国連安保理に提出する北朝鮮制裁決議案草案の内容と今後の政府としての対応について緊急協議した。

首相は制裁実施に当たっては「憲法の枠内での最大の措置」など三原則で対応するよう柿沢外相らに指示した。《共同通信》

【政界談話室】

○…社会党の村山委員長は15日昼のテレビ番組で「社会党は踏まれても踏まれてもついていくげたの石といわれ、何でも抵抗するやっかい者ともいわれた」と連立政権時代の社会党を振り返った。その上で「国民の期待に答えるために、やるべきことはどんなに辛抱してもやる。しかし何でもイエスでは連立政権の意味はない。いいものは残し悪いものは改める」と強調。「社会党はやっかいだから存在価値がある」と締めくくったが、連立与党が「保・保連立」の動きまで見せている時に、やっかい者が相手にされるかどうかが気になるところ。

○…羽田首相は、日本新聞協会の総会であいさつ。「少数政権のままで終わるわけにはいかない。社会党の皆さんに理解していただいて、透明で民主的な決定手続きも考えていただきたい」と、社会党へのラブコールを繰り広げた。さらに細川政権での8カ月に触れ「違う者同士が集まって垣根を踏み越えることができた。社会党も税制や安保について真正面から議論しなければならなくなったところに価値がある」と指摘。「一日一生のつもりで延命なんか考えずに取り組んでいきたい」と強調したが、社会党への復帰呼び掛けは延命策ではないのか。《共同通信》

【米・カーター元大統領】北朝鮮訪問

朝鮮中央通信によると、カーター元米大統領は15日、板門店から朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌に到着し、金永南外相主催の歓迎夕食会に出席した。

カーター元大統領はあいさつで「今、二国間には完全な親善と理解、開かれた貿易、人的交流をはじめとする全面的な関係が樹立される時が来た」と語り、「われわれはこの目的を実現するに当たり、当然、あなたがたと協力する準備ができている」と強調した。

金永南外相は「米国がわれわれとの対決関係を抜け出し、わが国の主権を尊重し、平等に対応すれば、核問題をはじめとする米朝間のさまざまな懸案も円満に解決し、両国がお互いに親しく過ごすことができれば、これはすなわちアジアと世界の平和にも寄与することになる」と述べた。

金外相はカーター元大統領の訪朝について「米朝両国間の不信と敵がい心が善隣と友好、相互尊重に変わっていく良い機会になると信じたい」と述べ、その意義を強調した。これに対しカーター元大統領は「お互いに意見の違いはあるが、共通の目的のために努力すれば、どんな問題も解決することができ、直接会談を通じて相互理解を増進することができる」と語った。《共同通信》

【衆院予算委員会】細川前首相の元秘書を証人喚問

衆院予算委員会(山口鶴男委員長)は15日午後、細川前首相の佐川急便グループからの1億円借入れ、NTT株購入疑惑などをめぐり、細川事務所の経理を取り仕切っていた深山正敏元秘書を証人喚問した。

深山氏は1億円の返済にあたり、貸主の旧佐川急便から「佐川グループ各社が利息担当額を政治献金する」との申し出を受け、領収書をやりとりする形で処理したことを認めたが、「1億円は天地神明に誓って返済した」と述べ、完済したなどとする細川氏の国会答弁に大筋では沿う証言をした。《共同通信》

【天皇、皇后両陛下】ニューヨーク入り

ワシントンでの日程を終えた天皇、皇后両陛下は15日夕日本時間16日早期)ニューヨーク入りし、メトロポリタン美術館での歓迎晩さん会に出席された。

晩さん会には、歓迎委員会のデービッド・ロックフェラー・シニア氏をはじめ、シラク元仏首相、中曽根元首相など約420人が出席。皇太子妃雅子さまの両親小和田恒国連大使夫妻やデザイナーの森英恵さん、コシノ・ジュンコさん、不動産王ドナルド・トランプ氏など各界の著名人が顔をそろえた。

これに先立ち、両陛下は第3代大統領ジェファソンゆかりのバージニア州シャーロッツビルに立ち寄り、ジェファソンの邸宅だった「モンティチェロ」を見学。18世紀後半の米国建国当時をしのばれた。

ジェファソンが創立したバージニア州立大学では、40度近い猛暑の中、出迎えた日本人留学生らに声を掛けられた。

皇后さまは日の丸の小旗を握りしめた赤ちゃんに「少し暑いので、お水を飲まないとね」と笑顔。邦人が「お声はどうですか」と気遣うと、「ありがとう」と元気な表情を見せられていた。《共同通信》

【前広島市長・荒木武さん】死去

自ら被爆者で、広島市長を4期連続、16年間務め核廃絶を世界に訴え続けた荒木武氏が十五日午前8時20分、間質性肺炎のため広島市中区の広島市民病院で死去した。78歳。広島市出身。

東大法学部卒。勤務先の三菱重工広島造船所で被爆。広島市議、県議を経て昭和50年に広島市長に初当選、平成3年2月に引退した。自宅で執筆活動などをしていたが、今年2月、体調を崩し入院した。

毎年8月6日の原爆の日の平和祈念式で世界に向け核廃絶をアピール。昭和57年6月、ニューヨークの国連本部で開かれた第2回国連軍縮特別総会で演説し、「ヒロシマは単なる歴史の証人ではなく、人類の未来への限りない警鐘。人類がヒロシマを忘れるとき、人類の歴史が終えんすることは明らかだ」と世界に訴えた。

その後も63年非同盟諸国の平和・軍縮首脳会議など国際舞台で演説、平成3年1月には世界平和連帯都市市長会議の代表として国連で核戦争阻止を訴えた。この間国際平和への功績でハマーショルド賞を受賞した。「核兵器の恐ろしさを伝えるのは生き残った人間の義務」が持論だった。

55年に10番目の政令指定都市広島を実現。ことし10月開催の第12回アジア競技大会誘致を成功させ、100万都市としての基盤を築いた。ことし4月、勲二等瑞宝章を受けた。《共同通信》



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