平成1852日目

平成6年2月2日(水)

1994/02/02

【細川護熙首相】自民党・河野総裁と会談

細川首相と自民党の河野総裁の連立政権発足後3回目のトップ会談が2日午後、首相官邸で開かれた。

両首脳は、政府が近くまとめる総合景気対策を中心に意見交換し(1)深刻化する不況に対し、早急に大型景気対策を策定する(2)日米首脳会談を成功させる(3)今後もトップ会談を必要に応じて行うーことで一致した。

この中で河野氏は、自民党がまとめた5兆円超の所得税減税を含む総額15兆円規模の緊急景気対策を細川首相に示し、早急に第3次補正予算を策定するよう要請した。

首相は「極力景気対策に反映させる」と、自民党の提案を可能な限り受け入れる姿勢を示した。1994年度予算については、自民党が別に要求をまとめ政府に示すこととし、減税財源のための消費税の問題などは話題にならなかったようだ。《共同通信》



【東京高裁】長男刺殺の父に実刑

家庭内暴力を振るう長男を刺殺したとして殺人罪に問われた浦和市の元高校教諭A被告(55)=懲戒免職=と妻のB子被告(51)の控訴審判決が2日、東京高裁で開かれた。

佐藤文哉裁判長は「確定的な殺意を持ち極めて残忍な犯行。対話などの努力を尽くしておらず、殺すまでのことはなかった」と述べ、A被告について懲役3年、執行猶予5年とした一審浦和地裁判決を破棄し、懲役5年を言い渡した。B子被告については、懲役3年、執行猶予5年の一審判決を支持、検察側控訴を棄却した。

両被告、検察とも上告しない見通し。《共同通信》

【政界談話室】

○…政治改革のトップ会談合意で急接近がささやかれる細川首相と河野自民党総裁が2日午後、景気対策で再会談。冒頭河野氏が「山また山で大変ですね。うちにはアルピニストがいっぱいいますからね」。続いて橋本政調会長が「山を越えたらトンネルを掘るのもいいじゃないですか」と意味深長な呼び掛けで誘い水をかけていたが、首相は無言で笑うばかり。連立与党、自民党双方の内部から急接近は「大連立の兆候」との憶測が飛び交っているだけに会談の目的を問う記者団に「ご意見をうかがう。ご懇談です」とダンマリを決め込んだ。

○…自民党の海部元首相はこの日、党本部で開かれた「各種婦人団体連合会」の新年総会で講演。政治改革推進派の旗頭だけに「着手6年目でようやく実現できた。重い荷物だったがぐるっと大回りして合意みた」と政治改革の長い道のりを回顧した。「重大な決意」発言で首相の座を降りた苦い思い出がよみがえるのか「あの時の(自民党)政治改革大綱に間違いはなかった。今回の案はあの(海部内閣)時の案と相似形である」と盛んに強調するあたり、改革が実現したうれしさとともに「あの時、実現していたならば…」の思いがよぎった?《共同通信》

【サッカー・マラドーナ選手】空気銃で記者ら撃つ

アルゼンチンのサッカーのスター、ディエゴ・マラドーナ選手が2日、ブエノスアイレス郊外の自宅で、所属チームとの契約解除問題で取材に訪れた報道陣に空気銃を発砲、記者4人、カメラマン1人に軽傷を負わせた。所属チームからの解雇に続く今回の事件で、同選手のワールドカップ(W杯)米国大会出場は絶望とみられている。

アルゼンチンのDYN通信によると、記者らが外から家の中をのぞき、庭で遊ぶマラドーナ選手の娘の写真を撮り続けたことなどに腹を立てたらしい。同選手は「マスコミが攻撃をやめなければ、いつでもやる」と話している。

ブエノスアイレスのテレビは、空気銃を手に友人2人とともに「ここから消えないと本物の弾をぶち込むぞ」と叫ぶマラドーナ選手の様子を撮影、ニュースで報じた。《共同通信》

【石川県・中西陽一知事】死去

中西陽一知事は2日午後2時55分、肺炎のため金沢市南新保町の県立中央病院で死去した。76歳。中西氏は知事在職日本一の記録を持ち、8期、30年余にわたり石川県政のかじ取り役を担った。

知事の死去に伴い、谷本正憲副知事が職務代理者となった。知事選は、職務代理者が5日以内に県選管に通知し、通知のあった日から50日以内に実施されるが、今のところ、県関係者の間では、3月10日告示、同27日投票の日程が有力視されている。

中西氏は昨年10月2日に硬膜下血腫のため頭部を手術し、同4日の県議会予算特別委の質疑中に言葉を詰まらせ、そのまま県立中央病院に再入院し療養に専念した。しかし、持病の糖尿病や動脈硬化に加え、気管支ぜんそくの発作や魔用性筋力低下、筋力委縮、腎臓機能の低下などで容体は回復せず、2日になって肺炎を併発し危篤状態に陥り、光枝夫人らが見守るなかで息を取った。

中西氏は昭和17年京大卒後、内務省入りし、30年から2年10カ月、石川県総務部長を務め、自治省会計課長を経て田谷前知事の要請により36年、副知事となり38年2月、知事に初当選した。以来、連続8期当選を果たし、この間、「裏日本」の後進県に位置づけられていた石川県を先取り精神と手堅い行政手腕で引っ張り県勢の進展に貢献した。

4年7月には知事在職期間が元奈良県知事奥田良三氏の29年5カ月を上回る在職最長記録を更新した。全国知事会副会長、財政制度審議会特別委員、北陸地方開発促進協議会長なども務めた。《北國新聞》



2月2日のできごと