平成1266日目

平成4年6月26日(金)

1992/06/26

【宮沢喜一首相】政治改革、次国会実現を

宮沢首相(自民党総裁)と、田辺・社会、石田・公明、不破・共産、大内・民社各党委員長との個別の党首会談が26日午後、首相官邸で開かれ、先進7か国首脳会議(ミュンヘン・サミット)への対応や、国連平和維持活動(PKO)への参加問題、政治改革などについて意見を交換した。

首相は、カンボジアへの自衛隊派遣について、停戦の実現を前提に、国民の理解を得て慎重に実施する考えを強調、野党各党の理解を求めた。また先の通常国会で先送りされた衆院定数是正を含む政治改革については、本格的論戦が予想される秋の臨時国会を念頭に「次の国会で実現を図りたい」と強い意欲を表明した。

カンボジアのPKO参加について社会党の田辺委員長は、ポル・ポト派の武装解除拒否により停戦が実現していない状況を指摘、「直ちに自衛隊を出すべきではない」と主張した。

これに対し首相は「政府調査団の調査結果を見たうえで(部隊派遣の可否の)態度を決めたい」との考えを表明した。また、公明党の石田委員長、民社党の大内委員長が、調査団の報告を公表するなど、国民の理解を得る努力を求めたのに対し首相は「日本に対してどのような要請があるのかを含め、報告を国民に公表する」と前向きに対応していく考えを明らかにした。

また一連の会談で首相は、政治改革について、「臨時国会の時期にもよるが、先の国会で与野党で合意したもの、合意しつつあるものについては次の国会で実現する必要がある」と述べて、与野党政治改革協議会の早期再開を要請した。

田辺氏との会談では、首相は「政治改革は野党第一党との話し合いがないと実現できない」と述べて、議員辞職願を提出して衆院解散・総選挙を迫る同党に対決姿勢の見直しを求めるとともに協力を要請した。

一方、中期防衛力整備計画の見直しに関連して首相は「(防衛力の)展望を次の通常国会までに示したい」と述べて、中期防見直し作業を年内に完了させたいとの考えを示した。首相が見直し作業の具体的な時期に言及したのは初めて。

このほかサミットの焦点である独立国家共同体(CIS)支援問題について、首相は①本格支援には北方領土問題が障害となるため、サミット参加国に領土問題の理解と協力を求める②旧ソ連の核兵器解体や欠陥原発解体には相当の資金提供を行う—などの見解を示した。《読売新聞》



【田中角栄元首相】株主総会に飛び入り

経営権をめぐって田中角栄元首相の田中家と前社長派の確執が続く越後交通(新潟県長岡市)の株主総会が26日開かれ、総会会場のあるビルに元首相が姿を見せたことが株主の間に伝わったことなどから議事が紛糾、総会はトップ人事も決まらないまま流会となった。

田中家と前社長派は関連会社の長鉄工業所有の越後交通株売却をめぐり裁判で争っており、前社長派は総会で元首相の義弟を新社長に就任させる予定だった。出席した株主らは「経営権の奪回を目指す田中家が、最後の切り札として“角さん”を引っ張り出したのは明らか」とささやき合っていた。

元首相は午前10時半ごろ、はな夫人、長女・真紀子さんとともに越後交通本社と同じビルにあり、元首相が会長を務める長鉄工業本社に到着。七階の会長室にこもり、役員や元越山会幹部と歓談した。元首相が公式の場に現れたのは4月7日、中国の江沢民総書記が東京・目白の自宅を訪問したとき以来。

総会には103人が出席。田中家側と執行部側の双方が作成した委任状の突き合わせに時間がかかり、予定より2時間遅れで午後3時過ぎにようやく開会した。

議題は利益報告と元首相の義弟、風祭康彦副社長の社長昇格案など役員人事。今月初めに片岡甚松前社長が辞任し、現在は田中家と対立関係にある風祭副社長が代表取締役に就任して総会の議長を務めたことから、「社長が議長を務める、とした内規に違反する」と一部の株主が反発。議長不信任案を提出したため、議題に入らないまま、1時間余りで流会となった。

総会会場は同ビル三階。元首相がビル内にいることは一般株主に公式には知らされなかったが、「角さん現る」の情報はまたたく間に会場を駆けめぐった。《読売新聞》

【中国】麻薬密売人66人に死刑判決、45人を即日処刑

新華社電や人民日報などによると、国際麻薬禁止デーの26日、中国各地で麻薬密売人に対する公開判決集会が行われ、少なくとも66人が死刑を宣告され、そのうち45人が即日処刑された。

東南アジアの麻薬産地に接した雲南省の省都昆明市ではこの日、4万人参加の麻薬撲滅集会で21人が即日執行の死刑判決を受けたほか、押収されたヘロイン1トン、アヘン3トンが焼却された。《共同通信》

【西武・清原和博内野手】通算200号本塁打

26日のオリックス戦で達成。62人目。初本塁打は昭和61年4月5日の南海戦で藤本から。清原は24歳10か月で、25歳4か月の王(巨人)を抜いて、史上最年少。824試合目での達成は史上9位。最速はランディ・バース(阪神)の587試合。

オリックス4-3西武

長いスランプを乗り越えた男には、記録へのプレッシャーなどなかったのかもしれない。前日の試合で199号を打って200号に王手をかけていた清原。初回、第一打席で回ってきたチャンスで快打、王の記録を破る史上最年少200号を、いとも簡単に達成してみせた。 二死二塁、カウント1-1だった。伊藤敦の内角のシュートを捕らえると、打球は左翼スタンドへ。「狙いと違う球だったけど、体がうまく反応してくれた。うまく打てた」。納得の一撃だった。

200号については「きょう決めるつもりで試合に臨んだから気合十分でした」。記録直前になると重圧から足踏みする選手が多い中、一発で決めるあたりは、さすがにスーパースターといえる。 キャンプのころの気合が空回り、どん底状態が続いていた西武の主砲。6月になってようやく復調、7本塁打と量産態勢に入った。一時のおどおどした。態度は全く見られなくなっている。 同時に、相手投手のマークが厳しくなってきた。不調時さえ、「清原」の名前で、警戒され続けていたのだが、最近はそれに拍車が掛かってきた。この試合でも内角を攻められ続けた。それでも2安打。今の清原には、投手に負けない力と技がある。

尊敬する王の記録を破ったことで、いっそうの自信がつくだろう。「王さんの記録を塗り替えたことが一番うれしい」。チームが敗れ、試合後の表情は暗かったが、花束を受けた時の笑顔は、少年のそれだった。《読売新聞》



6月26日のできごと