平成865日目

1991/05/22

この日のできごと(何の日)

【北朝鮮】「李恩恵」に反発

日程を一日延長した日本と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国交正常化第三回本交渉は、22日午後2時半過ぎから5時間弱にわたり、北京の日本大使館で五回目の会談を行い、終了した。

会談では北朝鮮の主権が及ぶ範囲を定めた管轄権について、「朝鮮半島の北半分」とする北朝鮮側の「基本問題」をめぐる新提案などを中心に論議が進められた。これには日本側も一定の評価をしたが、大韓航空機爆破事件の金賢姫元工作員の日本人教育係、李恩恵の消息各区人を日本側が求めたのに対し、北朝鮮側は強く反発。次回交渉の設定には至らなかった。《読売新聞》

昭和64年1月1日〜このサイトをご覧頂いている日の一週間前まで、すべての日の「何らかの」できごとを記しています。

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【海部俊樹首相】EC・ドロール委員長と会談

22日来日した欧州共同体(EC)のジャック・ドロール委員長は同日午後、海部首相と首相官邸で約1時間にわたり会談した。この中で、海部首相がアメリカ・EC間の農業保護削減をめぐる対立で難航している関税・貿易一般協定(ガット)の新多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウニンド)に言及、「年内の交渉妥結を希望している」と述べたのに対し、ドロール委員長も「自分もそう思う」と同意した。

また、海部首相が92年末に控えたECの市場統合について、「アジア諸国にはECがブロック化することを懸念する声もある」と述べたのに対し、ドロール委員長は「EC統合の目的は欧州人同士が戦争をしないということであり、その原点は忘れない」と、懸念を否定。このほか、日本が一提起している「日本・EC共同宣言」に触れ、「宣言の中身を密度濃くするために実態面での関係強化が進むことを期待する」と述べた。《読売新聞》

【韓国・盧在鳳首相】辞表提出

韓国の盧在鳳首相は22日午前9時30分(日本時間同)、青瓦台(大統領府)に盧泰愚大統領を訪ね、辞表を提出した。盧大統領は、早ければ同日中にも後任首相を任命し、内閣改造の全容を発表する。

盧首相の退陣は、活動家学生死亡事件を引き金にエスカレートした反政府デモの焦点として浮上、デモを主導した在野、学生勢力はもちろん、新民(金大中総裁)、民主(李基沢総裁)の両野党も事態収拾の最低条件として強く迫っていた。《読売新聞》

【大相撲夏場所】11日目

大相撲夏場所11日目(22日・両国国技館)小錦は善戦する小兵の若花田に手こずったが、最後は体を生かしてきめ出し、全勝を守った。

霧島は曙に一方的に押し出されて2敗となり、優勝争いから一歩後退。曙は4日目からの連敗を7で止めた。旭富士は貴闘力を下して1差で小錦に続いた。《読売新聞》

【インド】各地で暴動

ラジブ・ガンジー元首相(国民会議派総裁)暗殺をめぐり、一部の国民会議派支持者がインド各地で暴徒化、22日夕までに、子供2人を含め少なくとも8人が死亡、多数の負傷者が出た。また、ボンベイやカルカッタなどの大都市では、国民会議派が主体となり暗殺に抗議する大規模デモを組織、両都市は事実上マヒ状態に陥るなど全土で緊張が高まっている。

暴動は暗殺事件のあった南部タミルナド州で特に激しく。新聞社や銀行が暴徒グループに襲われたほか、公共バスにも放火するなどの事件が起こり、3人が死亡。首都ニューデリーでは野党国会議員の自宅が放火されたほか、元首相の公邸「ティーン・ムルティ」に押し掛けた国民会議派支持者の群衆に催涙ガス弾が打ち込まれた。

インド南部の3州では、暴動鎮圧に乗り出した警官隊が発砲、死傷者が出た。また、北部ハリヤナ州のいくつかの町に夜間外出禁止令が出た。

こうした事態に政府は、治安部隊に非常警戒体制に入るよう指示。軍も西部ラジャスタン州内の数都市で警戒体制をとっている。《読売新聞》

「太陽と月があるかぎりラジブ・ガンジーの名は不滅だ」。凶弾に倒れたインドの元首相ガンジー氏の遺体が首都ニューデリーに移送されてきた22日、ガンジー氏の私邸や遺体の収容された病院など市内各所にガンジー氏とネール一家の熱烈な支持者のべ1万人以上が集まった。

ガンジー氏の死を悼む反面、犯人に対する復讐を言ってシュプレヒコールをあげるグループも少なくなく、当局では軍隊まで出動させ、厳戒態勢をとっている。

暗殺から一夜明けたニューデリー市内は役所や商店が一斉に休みをとったこともあって、不気味なほど閑散としている。84年にラジブ氏の母親インディラ・ガンジー首相が暗殺された際、犯人がシーク教徒だったため大規模なシーク教徒に対するテロが発生したことがあり、当時を覚えている住民は皆息をひそめて自宅にこもっているようだ。

唯一ガンジー氏の遺体が運ばれた国立病院や自宅、そして同氏が幼年時代を過ごした故ネール首相の公邸(現在はネール記念博物館)に多数の支持者が遺体をひとめ見ようとつめかけ、熱気が満ちている。

遺体が公開された故ネール首相公邸前には七千人以上が集まったが、人数がふくれ上がるにつれ、警護の治安部隊との間で小ぜり合いが起き、投石する群衆に治安部隊が催涙ガス弾を発射する事態にまで発展した。

遺体は午後から公開されたが、頭部がほとんど吹き飛んだため、遺体全体が三色のインド国旗で包まれ参列者の涙を誘っていた。一方、白いしっくいの壁の広壮な自宅前の道路には早朝から数千人の支持者がつめかけ、ガンジー氏の死に対する悲しみと怒りを訴えた。《読売新聞》

【ソ連・ゴルバチョフ大統領】伊・アンドレオッチ首相と会談

ソ連のゴルバチョフ大統領は22日、アンドレオッチ伊首相との会談後、同首相と共同で記者会見し、7月のロンドン・サミット(先進国首脳会議)への自らの参加問題について、サミットの場で、(国内改革に関する)ソ連の考え方を十分に明することは、現時点で極めて重要だ」と強調した。その実現性に関しても、「(アンドレオッチ首相との)会談は前向きなものだった」と述べ、楽観的な見通しを明らかにした。

ゴルバチョフ大統領は、ソ連が思い切った経済改革プランの提示と引きかえに、大型の対ソ金融支援を要請する「ソ連版・マーシャルプラン」構想について、「国際秩序再編の重大局面で、新しい協力の形態を確立することは不可欠」と明言、サミット参加国の理解を求めた。

そしてペレストロイカ(立て直し)の成功は、「ソ連のみならず、サミット参加7か国にとっても大きい意味をもつはずだ」と断言、ペレストロイカ支援を論議するため、ソ連をくわえる「サミット再構成」の意義を訴えた。

また、米ソ首脳会談について、ゴルバチョフ大統領は、欧州通常戦力(CFE)「削減条約、戦略兵器削減交渉(START)に関し依然、障害が除去されていないことから、日程も決定に至っていないことを認めた。《読売新聞》



5月22日 その日のできごと(何の日)