平成2889日目
1996/12/05
この日のできごと(何の日)
【オウム・松本智津夫被告】第18回公判
オウム真理教松本智津夫被告(41)=教祖名麻原彰晃=の第18回公判が5日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、地下鉄サリン事件の検察側証人の元幹部林郁夫被告(49)が弁護側の反対尋問に「完ぺきに麻原の指示と理解した」と述べ、犯行を直接指示した村井秀夫元幹部=死亡当時(36)=のしぐさから松本被告の指示と認識した経緯をあらためて証言した。
前回公判で不規則発言を繰り返し、退廷させられた松本被告は座り直したり、顔をなでたりしたほかはほとんど無表情で証言を聞いた。林被告への反対尋問は10月17日の第12回公判に続き2度目。
弁護側は林被告が検察側主尋問に「村井元幹部が『これは…だからね』と首を上下させてサリン散布を指示した」と証言したことについて、一緒に犯行を指示された元幹部広瀬健一被告(32)らはそうしたしぐさを覚えていないとして「そんなことはなかったのではないか」と尋問。林被告は「法廷でなかったことは言わない」と述べ、松本被告指示を強調した。
また、村井元幹部から犯行を指示された後、地下鉄事件の実行犯として3日逮捕された元幹部林泰男容疑者(38)から「何かいい(散布)方法を考えましょう」と話し掛けられたことなど、主尋問で証言した内容を繰り返した。《共同通信》
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【坂本弁護士一家殺害事件】松本被告「私が指示」
オウム真理教元幹部岡崎一明被告(36)の公判が5日、東京地裁(三上英昭裁判長)で開かれ、坂本堤弁護士一家殺害事件について、松本智津夫被告(41)=教祖名麻原彰晃=が「私と一部の弟子たちが行ったことは間違いない。岡崎らを集めて『ポアするしかない』と指示した。一身をもって償う」などと供述した捜査段階の検察官調書が証拠採用され、朗読された。
犯行の動機については、「(事件のあった)1989(平成元)年は教団にとって躍進の年だったが、オウム攻撃も始まった。坂本(弁護士)は何としても目的を遂げようとしていた」と供述している。坂本弁護士事件の犯行を一認めた松本被告の具体的な供述内容が明らかになったのは初めて。朗読された供述調書は昨年10月1日付。
調書によると、松本被告は「真実を語ると権力が教団つぶしにかかってくると思い、黙秘してきたが、それでは弟子を救うことにはならない」と説明。「ポアするしかない」と犯行を指示した状況について「89年11月1日か2日に佐伯(岡崎被告の旧姓)早川(紀代秀被告)村井(秀夫元幹部)中川(智正被告)を呼び集めた。後から新実(智光被告)端本(悟被告)が来た」と述べている。《共同通信》
【新進党・羽田孜元首相】年内離党も選択肢
新進党の羽田孜元首相は5日昼、都内の議員宿舎で「記者団の質問に答え、年内に離党して新党を結成することを、有力な選択肢と位置付けていることを明らかにした。
羽田氏は「政治は常に一寸先は闇だが、一寸先に光が輝くときもある。いま政治がないとか閉塞状況にある時に行革などもあって、本当にそれでいいのかな、といろんな人が議論している。閉塞感を打破していかないといけない。それにはいろいろなやり方がある」との認識を示した。《共同通信》
【橋本龍太郎首相】沖縄県・大田昌秀知事と会談
橋本龍太郎首相は5日午前、沖縄県宜野湾市で大田昌秀知事と会談し、米軍普天間飛行場移設に伴う代替ヘリポート建設問題について「日米特別行動委員会の最終報告が出た。沖縄県にも協力して欲しいと」と延べキャンプ・シュワブ沖の「海上施設」への移転を念頭に、沖縄県の協力を要請した。
これに対し大田知事は「普天間返還問題に積極的に取り組まないと、2015年までに基地をなくすとした県の『基地返還アクションプログラム』は意味をなさない」と述べ、代替ヘリポートの撤去期限の明示などをあらためて要請。「地元が相談に乗ってほしいという場合、県がかかわるのは当然だ」と述べたにとどまった。
首相は年内に建設地を確定したいとしながらも「地元の同意が第一だ。できる限り時間をかけて話し合いたい」と強調した。《共同通信》
【政界談話室】
○・・・橋本龍太郎首相は5日午前、沖縄県糸満市のひめゆりの塔をはじめ太平洋戦争の沖縄戦跡を訪問、予定外にひめゆり平和祈念資料館を訪れるなど、自らの沖縄への思い入れぶりを示した。国立沖縄戦没者墓苑では雨の中、厳しい顔で深々と頭を下げて献花し、記者団に「君たちも取材してないで頭を下げろよ」と注文も。首相は「この碑は僕が厚相の時にできたんだ。当時は(周囲の)杉の木はまだこんなに伸びてなくて、向こうの海が見えた」と感慨深げ。杉の木が茂るほどの時間がたっても、沖縄の戦後問題が未解決なのは政治のせいでは、との声も。
○・・・中尾栄一前建設相はこの日、都内の事務所で開かれた自民党旧渡辺派の総会で同派トップの「議長」に就任。記者団に「中曽根イズムという伝統を生かす思想行動集団として進んでいく。中曽根イズムとは国際的視野に立って日本の国益を求めていくことだ」とぶち上げ、中曽根康弘元首相の後継者として名乗りを上げた。今回の人事決定についても「中曽根さんに一任し、大命が下った」と中曽根氏を持ち上げ意気揚々だったが、何かとまとまりの悪い同派のこと、同席した越智伊平事務総長は「中尾派とまではいかないね」とばっさり。《共同通信》
【金沢地裁】男同士でセクハラ訴訟
金沢市内の40代の男性が、勤務していた職場の60代の男性上司から性的嫌がらせを受けて退職に追い込まれたとして、上司を相手に3000万円の損害賠償を求める訴えを金沢地裁に5日までに起こした。上司側は事実を著しくわい曲していると反論。法廷ではセクハラの有無をめぐり、激しい論争が繰り広げられており、職場の上下関係が直接的に絡んで異性間のセクハラ訴訟とは異なった複雑な展開を見せている。
セクハラ訴訟は、10月に名高裁金沢支部で控訴審判決があり、原告、被告双方が上告した珠洲セクハラ訴訟をはじめ、異性間では全国で数件あるが、同性による訴訟は異例とされる。
訴状などによると、この上司は昭和62年ごろから原告の男性を自宅に連れ込み、裸にして抱きついたり、体を触ったりするようになった。さらに「男女役のどちらでもよいから付き合え」と性行為を強要したほか、手紙まで出して性的要求を繰り返したとしている。
平成4年に入ってからは役員就任の時期を遅らせたり、役員会の日時を知らせないなど、男性を無視、差別する行為を続けたという。過去には要求に応じれば将来を約束するといった言葉もあったとし、原告代理人の北尾強也弁護士は「男性が性行為の要求に応じなかったため、不利益を受け退職せざるを得なくなった」と主張している。
これに対し、上司側は男性を自宅に呼んだことはあるが、性行為を要求したことはなく、原告の主張は虚偽、または著しくわい曲していると答弁書などで反論している。また、役員は総会で選挙により選任されるもので差別することはできず、役員会の日時を連絡しなかったことは一度もないとしている。
被告代理人の合田昌英弁護士は「原告は自らの意思で退職を希望しており、十分な退職金も受領している」と主張し、双方の言い分は真っ向から対立している。《北國新聞》