平成956日目

平成3年8月21日(水)

1991/08/21

【ソ連】クーデター失敗

ソ連保守派クーデターによる非常事態下のモスクワで20日夜、外出禁止令が発令されたのに続いて、21日午前0時半(日本時間同6時半)過ぎ、国家非常事態委員会指揮下のソ連軍は、エリツィン・ロシア共和国大統領らと市民約3万人がバリケードを築いていたロシア共和国ビルに向けて、戦車や装甲車数十両による武力行使を開始した。

軍側の発砲などにより、市民5人が死亡、外国人記者1人を含む十数人が負傷したと伝えられる。沿バルト・ラトビア共和国でも軍が共和国政府庁舎に突入した。

モスクワでの攻撃は午前2時(同8時)ごろ停止されたが、ロシア共和国側は徹底抗戦の構えで、流血事態に首都の緊張は一気に高まった。

一方、20日夜、国家非常事態委メンバーであるパプロフ首相が病気のため休養、ヤゾフ国防相とクリュチコフ国家保安委員会(KGB)議長も辞任したと伝えられるなど、クーデター派内部の混乱の兆候もあらわれ、流動的な様相を見せ始めている。

ソ連保守派クーデターの主体となった国家非常事態委員会のメンバーが21日午後(日本時間同夜)、航空機でモスクワを脱出。その消息は不明だが、世界を揺るがせたクーデターはわずか3日目にして失敗に終わった。

ソ連最高会議幹部会は同日ゴルバチョフ大統領の復帰を決定、ロシア共和国のルツコイ副大統領らがゴルバチョフ大統領に面会するため空路クリミアに向かった。モスクワ市内から戦車部隊の引き揚げも始まった。

エリツィン・ロシア共和国大統領は、同日開催したロシア共和国最高会議で、戦車部隊に立ち向かった市民の勇気をたたえた。クーデターの失敗でソ連の改革は新たな段階を迎えることになるが、武力行使から一転した新情勢に、ブッシュ米大統領をはじめ西側各国指導者は歓迎の意向を表明した。

19日に政権掌握を宣言、クーデターの主体となっていた「ソ連国家非常事態委員会」は21日午後、崩壊し、主要メンバーはーはモスクワ・プヌコボ空港から飛行機で首都を脱出。中央アジア・キルギス共和国に向かったとの情報がある。ロシア共和国系の放送局「ロシア・ラジオ」が伝えたところによると、同共和国当局は全員逮捕の方針で、行方を追っている。

ただ、クーデター派の動向については情報が錯そうしており、ロシア通信は、非常事態委メンバー8人のうち、ヤゾフ国防相が銃で自殺、残り7人は全員逮捕された、と報じた。また連邦最高会議国防安保委員会のオチロフ副委員長は、同国防相とクリュチコフ国家保安委員会(KGB)議長が「ゴルバチョフ大統領に謝罪するため」クリミア半島に飛行機で向かった、と。報道機関に語った。さらに「エリツィン・ロシア共和国大統領は、西側首脳らとの電話会談で、「8人全員がクリミア半島に向かった」と語っており、自殺や逮捕を裏付ける証拠は明らかになっていない。

19日に発生したクーデターは、21日未明、国家非常事態委員会側の戦車、装甲車が改革派のが城となったロシア共和国ビルに武力突入をはかり、多数の死傷者を出す惨事となった。しかし武力行使の前後から、クーデター派内部の分裂、動揺が表面化、軍、KGBの組織の一部が次々に非常事態委に反旗をひるがえしてロシア共和国側についたほか、21日になって共産党や労働組合中央評議会など保守派勢力からさえクーデター批判が続出、非常事態委は完全な抵立状態となった。モスクワからの逃亡は、同委が政権維持は困難との判断から決定したと見られる。

クーデター崩壊の結果、クリミアで軟禁中のゴルバチョフ大統領は21日中にモスクワに帰還する予定で、タス通信によると、ソ連最高会議幹部会は同日、ゴルバチョフ氏の大統領職への復帰を正式に決定した。

クーデター派逃亡に伴い、軍事行動も終息に向かい、ソ連国防省がモスクワに出動していた全部隊に対し兵舎に撤退するよう命令した。同市中心部マネージ広場に配備されていた装田車、兵士が撤退を始め、これ以上の流血は回避される見通しだ。《読売新聞》

【米・ブッシュ大統領】エリツィン大統領を評価

ブッシュ米大統領は21日、メーン州ケネバンクポートで記者会見し、「ソ連情勢は依然不確定要素があるが、良い方向に向かっている」と述べながらも、「終結宣言にはまだ時期尚早」と指摘した。ブッシュ大統領はまた、エリツィン大統領から「(クーデター首謀者8人のうち)5人が逃走している」」との情報を得たことを明らかにした。

さらに、ブッシュ大統領は、「エリツィン氏は、民主主義と自由を守る最大限の勇気を世界全体に示したと高く評価。今後とも、エリツィン氏との協力関係を強化していきたい考えを強調した。

ゴルバチョフ大統領の安否については、ブッシュ大統領はこの朝、通話を試みたが、成功しなかったという。また今後のゴルバチョフ大統領の立場については「わからないが、エリツィン氏もゴルバチョフ氏を強く支持しており、2人で協調していってもらいたい」と、“エリツィン株”の急上昇ぶりを強調した。《読売新聞》

【第73回全国高校野球】大阪桐蔭、逆転で頂点

決勝◇21日◇甲子園

大阪桐蔭(大阪)が史上13度目の初出場V—超満員の観衆を集めた甲子園球場で沖縄水産(沖縄)大阪桐蔭の決勝が行われ、29安打、21得点の打ち合いの末、大阪桐蔭が16安打の猛攻で中盤に逆転、創部4年目で全国の頂点に立った。初出場優勝は第58回(昭和51年)の桜美林(西東京)以来、15年ぶり13校目。大阪代表としては第69回のPL学園以来で9度目の制覇。沖縄水産は2年連続決勝で敗れた。

大阪桐蔭の「サイクル男」が、4安打6打点と打ちまくって初優勝を呼び込んだ。

試合前、長沢監督がナインに打順を通告した。「一番、玉山」。前の2試合で一番を打っていた沢村は、「エッ?おれは外されるのか。なぜ?」と一瞬ショックを受けたという。しかし、すぐ「五番・沢村」と聞いて「ほんま、うれしかった」。

今大会、八番—六番―一番と打順が変わったが、クリーンアップ抜擢は高校へ入ってこれが初めて。五番を打っていた玉山が不調で、「少し元気をつけさせよう」と一番に上げ、その穴へ、秋田戦でのサイクル安打をはじめ18打数9安打と当たっていた沢村をすえたのだが、これが的中。

萩原が敬遠されるのを見越し「お前の前に走者がたまる。頼むぞ」と送り出した1メートル72、64キロの小兵が、見事に重責を果たした。《読売新聞》



8月21日のできごと