令和406日目

2020/06/09

この日のできごと(何の日)

【横田早紀江さん、拓也さん、哲也さん】会見

東京・永田町の議員会館で9日行われた、北朝鮮に拉致された横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=の父で5日に87歳で亡くなった拉致被害者家族会初代代表の横田滋さんの遺族による記者会見。妻の早紀江さん(84)、滋さんの双子の息子、拓也さん(51)と哲也さん(51)が出席し、思いを語った。記者会見の主なやりとりは次の通り。

早紀江さん 皆さま、こんにちは。この度、主人の滋がだんだん衰弱いたしまして、5日に永眠しました。長い闘病生活でしたけれども、本当にいつも穏やかで苦しいとか痛いとか何もそういうことずっと言わないで、いつも笑顔で生きていましたけど、段々衰弱して息を引き取りました。

拉致されている人たちのことをいつも思って、私たち本当に二人三脚で本当に頑張ってきましたけども、やっぱり段々年をとって、互いに体のいろんなところに不具合が出てきております。私もそうですけども、たくさんの親御さんたちがもうとっくにいらっしゃらなくなったり、まだこれからも衰弱されていかれるんじゃないかと、いつも心配しております。

どうしてもなかなか(北朝鮮の)国柄が国柄なので、本当に難しい問題だなとつくづく思わされております。(報道各社に対し)長い間、いつも報道していただいて、めぐみたちを助けるために、献身的に私たち全員のことを被害者のことを家族のことを報道し続けていただいた長い年月に対して、心から感謝いたしております。

滋も皆さま(報道各社)と仲良くさせていただいて、いつも穏やかに暮らすことができたこと、たくさんのこちらの先生方や救う会の指導力も素晴らしかったし、何も思い残すことがないほど全身全霊打ち込んで、頑張ったと思っています。本当に安らかに、静かないい顔で天国に引き上げられましたことを私は良かったなと思っています。これまで長いご支援いただきましたこと、感謝申し上げます。ありがとうございました。

拓也さん 私の姉はもう承知の通り、1977年に拉致をされて。両親は当時、何の手がかりもない中で、25年間、姉のめぐみを探し続けました。しかしながら何の安否の情報を得ることなく、苦しい中を走り続けてきた25年間でした。

そして、2002年の日朝首脳会談があってから初めて姉の行方が北朝鮮にいるということがわかり、そして犯罪を北朝鮮が犯したということを、われわれ、国際社会、日本の国民、世論が知ることになり、北朝鮮っていう具体例が出てきたことによって、早期にこの問題が解決するんではないかという淡い期待を持ったのも事実です。

そして両親は、その淡い期待を現実のものにするために18年間、戦い続けてきたわけですが、残念ながら父、滋は他界してしまいました。父は、めぐみの写真を撮ることがとても大好きでしたから、報道でもその過去の写真を使っていただくことが多いわけですが、本当によく言われるように、目の中に入れても痛くない、それほどかわいがっていた姉とですね、どれだけ会いたかっただろうと思うと、本当に悔しくて悔しくて仕方がありません。

そして2002年の日朝首脳会談後に父が泣いていた姿を見て、そして今回、父が他界したことを受けて、私個人は本当に北朝鮮が憎くてなりません。許すことができない。どうしてこれほどひどい人権侵害を平気で行い続けることができるのかと不思議でなりません。国際社会がもっと北朝鮮に強い制裁を科して、この問題解決を図ることを期待したいと思います。

そして、私たち横田家、両親をですね、本当にずっと長い間そばにいて、支援してくださった安倍(晋三)総理、本当に無念だとおっしゃっていただいてます。私たちはこれからも安倍総理とともに、この問題解決を図っていきたいと思っております。

そして、国会においては、与党野党の壁なくですね、この問題解決のためにもっと時間を割いて、具体的かつ迅速に解決のために行動してほしいと思いますし、そしてマスコミの皆さま方におかれましても、イデオロギーに関係なく、この問題をわがこととして、もっと取り上げてほしいと思っています。自分の子供ならどうしなきゃいけないかということを問い続けてほしいと思っています。

そして今回、父が他界したことが、とても悔やまれてなりませんが、本当に全国1400回にも及ぶ講演会や集会に行って、現地で温かく見守ってくださった方々、1340万筆以上の署名をしてくださった皆さま方、そして、議連の先生方、救う会の先生方、そして、とりわけ同じマンションの支援してくださった皆さま、病院の皆さま方、教会の皆さま方、本当に、改めて心からお礼申し上げます。ありがとうございます。

哲也さん 父は2年2カ月ほど前に地元の母が住んでいる家の近くの病院に入院をしましたが、かなり長期間におよび入院していたことになります。そこでは、主治医の先生であり、看護師さんであり、さまざまな医療関係者が治療してくださり、介護、献身的にしていただきましたことを、本当にこの場をお借りして御礼申し上げたいと思います。

また、父が亡くなって以降、教会に遺体を運ばせていただきまして、月曜日に葬儀を実施したわけでありますけども、牧師の先生には本当に大変お世話になったことをこの場で御礼申し上げたいと思います。本当にここに来るまでに父であり、ここにいるわれわれもそうですけれども、さまざまな方々にお世話になっていることが、結果として、拉致問題が解決しないまんま、父が他界するものだったことは、父であり、私たち家族であり、そして日本国民が非常に憤りを感じ、無念を抱いていることだと思いますけども、父が果たせなかったその思い、遺志を私たちが受け継いで結果を出すこと、墓前で帰ってきたよと報告することこそが、残された者の使命だと思っております。

北朝鮮の今のリーダーの金正恩の前のリーダー、金正日が亡くなったのが2011年、その後に金正恩がリーダーとして就いたわけでありますけれども。その時、金正恩が前の政権の悪行を否定して生まれ変わっていれば、国際社会に復帰ができ、資金や物資がどんどん流入して、国民も豊かになり、そして拉致問題が解決していれば、被害者家族なんかも幸せになれた全てがウィンウィンの関係になれたにもかかわらず、彼らはそれをやらなかった。本当に愚かなリーダーだと思います。

また、一番悪いのは北朝鮮であることは間違いないわけですが、この拉致問題が解決しないことに対して、あるやはりジャーナリストやメディアの方々が、安倍総理は何をやっているんだというようなことをおっしゃる方もいます。

北朝鮮問題が一丁目一番地で考えていたのに、何も動いていないじゃないかというような発言を、ここ2~3日のメディアを私も見て耳にしておりますけれども、安倍政権が問題なんではなくて、40年以上も何もしてこなかった政治家や、「北朝鮮なんて拉致なんかしてるはずないでしょ」と言ってきたメディアがあったから、ここまで安倍総理、安倍政権が苦しんでいるんです。

安倍総理、安倍政権は動いてやってくださっています。なので、何もやってない方が、政権批判するのは卑怯(ひきょう)だと思います。拉致問題に協力して、さまざまな角度で協力して動いてきた方がおっしゃるならまだわかりますが、ちょっと的を射ていない発言をするのは、これからやめてほしいと思っております。

拉致被害者家族は高齢者がいるのが事実ですし、(家族会の)飯塚(繁雄)代表もかなりのお年で健康も芳しくないわけでありますが、本当にこれ以上ですね、同じようなことが起こらないうちに、国会、政権におきましては、具体的な成果を出していただきたいと思っておりますし、本当に、この国内に敵も味方もないはずです。

日本対北朝鮮、加害者対被害者の構図しかないわけなので、本当にぜひこれからもご協力をいただきながら、解決をしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

東京・永田町の議員会館で9日、北朝鮮に拉致された横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=の父で5日に亡くなった拉致被害者家族会初代代表の横田滋さんの妻・早紀江さん(84)、双子の息子、拓也さん(51)と哲也さん(51)が行った記者会見の主な質疑応答は次の通り。

–早紀江さんに。滋さんと一緒に40年以上戦ってきたが、最期にかけた言葉は

早紀江さん まだ耳は聞こえていたので、お父さん、今までは大丈夫だと言い続けてきたが、天国に行けるんだからね、と言いました。懐かしい方がみんな待っててくれるんだよ、気持ちよく眠ってください、私が行くときは待っててね、と言ったら、すっと涙を流したようで。すっと眠るように。

哲也さん 最後の瞬間、その後に右目の内側に一粒の涙がありました。母の声が聞こえていたのではと。

–滋さんはどのような旦那さん、お父さんでしたか

早紀江さん ぼくとつで器用ではなかったが、全身全霊打ち込んでものすごい頑張り屋の人だった。病床でもいたいと言わなかった。病院でもいい笑顔だねといわれ、大事にしてもらったこと感謝申し上げます。

子供が大好きで、国内旅行が多かったが、いつも子供と国内いろんなところを旅行し、いろんな写真があり、本当にいいお父さんだった。自分が倒れるまでは、ちょっとでも私がマッサージして、毎日通って、頭とかも血流をよくしてやってあげたのが良かった。それができれば何もしてあげられなかったかもしれないが、一番いい形で見れて感謝しています。

拓也さん 正直者で、真面目で、優しくて、でもとても強い大人であり、父親でした。

一度、まだ金正恩委員長の前の金正日がですね、リーダーであったころに、両親の家の中で話をしていたときに、それはお酒を飲みながらの会話でしたけども、ここでは具体的な言葉は控えますが、私は子供としてですね、金正日が許せないと、こうしてこうしてボコボコにしてやりたいといったようなことを父にお酒を飲みながら話をしたことがあるんです。珍しく父はその時、「そんなものでは済まされない」と言ったことがありました。

普段、皆さま方の前でそういうことを決して口にしないし、怒りの表情を見せない父は、きっと私たち以上の何倍も何十倍も実は怒りにきていて、頭にきていて、でもそれを皆さんにそれとなく伝えて、姉の救出を最優先するために、いつも戦ってきていたんだろうと思います。とても強い父親であったというふうに思っています。

哲也さん 私もイメージは、ひと言でいえば救出活動で、皆さまのほとんど総意だと思いますけども、やはりニコニコ笑顔なので、やっぱり笑っている印象が強く優しい人だなっていうのが思い浮かびます。

また家庭にとっては当然どこの家庭でもそうですけども、私と兄が、父と意見が違って感情的になったときにも、父は怒らずにあえて笑って話題を変えて、絶対衝突しないようにしようっていうような場面が何度も何度もありました。なので、こういう活動の中でもそういうことがあったのかもしれませんけども、そういう優しい人だったんじゃないかなっていうのがまずあります。

父は非常にお酒が好だったけれども、2年2カ月前に入院して食べることもできず、飲むことも全くできず、そして病気の影響で思うことがあまり伝えられないって非常に苦しい環境にあったわけですけども、最後の最後に亡くなってからではありますけれども、好きなお酒と、ちょっとでも接してあげられないかと思ってですね棺の中にちょっとしたちっちゃいものですけども、日本酒を入れさせてもらったんです。少しでも飲めなかった思いは同じでありますけれども、かなっていればいいなっていうのが今の思いです。

–滋さんは、北朝鮮に対して、経済制裁一辺倒ではなく、対話の糸口を探していく方だった。拓也さん、哲也さんは、滋さんの方向性か。

拓也さん 政治家同士、政権同士が交渉するのは当たり前だが、母からの言葉で間違ったことはしてはいけないというのがある。今も人質外交を行っている北朝鮮が正しいのか、日本が聞き続けることがいいのか、ジャーナリズムが意識することが必要。

哲也さん 圧力と会話にまとめられる。会話だけで済むならとっくに済んでいる。圧力が必要。

–(拉致被害者の有本恵子さんの母)有本(嘉代子)さんがお亡くなりになってから、期間がたっていない。コロナ禍だったがどのようにお見舞いしていたか。日本酒を入れた話があったが、棺に納められたものは。

早紀江さん コロナが蔓延して、病院も学校も閉鎖になって、面会は誰も入っていけなくなったが、毎日バラの花を、ピンクで30個ぐらい庭に咲いた。スケッチして手紙を添えて「咲きました。出かけられないけどお父さんと一緒だよ」と毎日届けたりしました。

さっき哲也が言いましたように、本当に全くあんなに大好きだった日本酒が一滴も飲めないような長い時間がありましたので、さすがに可哀そうだったねということで、小さな日本酒の箱を2つ2人で入れてくれまして、最初に作っていただいた布でできたブルーリボンがいくつかありましたので、それも一緒に顔の近くに置いてあげて、お花も一緒にですね。

そして、めぐみちゃんの写真を入れるのはあれなんで、佐渡で写した写真なんですが、そのちょっと大きめのがあったので、いつもそれを病院で見ていましたので、それを胸のところに、置いてあげて、めぐみちゃんと一緒にね、会えなかったけど抱っこしていってね、必ず取り返すからねって言って。あとはお花をたくさん入れていただいて、いただいた人形とかそういうものを入れて、見送らせていただきました。

–記憶に残っている滋さんのめぐみさんへの言葉は

早紀江さん あまりにも長い年月ですので、とにかく北朝鮮には負けたくないねと。

拓也さん 全国1400回以上の全国行脚、父の手帳を見たとき、週に1回休みを設けないとだめだと言ったことがあるが、それはできない、行くんだと言っていた。自分の命を削ってでも行くと決めていたのだと思いました。

哲也さん 入院中に、早く朝鮮から取り返したいねと言ったら。そうだよねと言った。その思いはいつも持っていたのだと思う。親世代から子が受け継ぐ中で、その思いをかなえられなかったのは残念に思います。

–(早紀江さんはクリスチャンとなったが)滋さんは(長らく)キリスト教に入信されなかった。滋さんの強さはどこからきているのか。

早紀江さん 宗教的には、小さいころから、鳥居があったりしてもくぐらないというような頑固さを持っていた。「自分の力で一生懸命頑張ればどんなことでもできるんだ」という思いを持っていました。

拓也さん 私自身も神がいるなら何でこんなむごいことをするのだろう、こんな神ならいらないと思っていた。皆さんも家族が同じ目にあわされていたら同じことを思うと思う。北朝鮮が人質外交を行っている、皆さん自身にその可能性があると思えば、同じように思うと思います。

哲也さん 子供のためならみんな同じだと思う。普通のことをやっていたという心境では。

–これまで北朝鮮の拉致問題を伝えてきた滋さんが亡くなったが、これからも戦っていくという思いをお聞かせていただきたい。

早紀江さん 主人にもこれからも頑張るからねと言ったし、日本という国が放置しないよう、取り返すということだけは、力のある限り頑張っていきたいと思っています。

拓也さん 43年前、姉は叫んでいたと思う。自分の父が亡くなったことを仮に知っていたとして、言葉に言いようがないほどの苦しみを負っていると思う。絶対にあきらめるわけにはいかない。家族会、政府と一枚岩になって戦い続ける。国際社会に訴えることができないような状況だが、コロナが収束していけば国際社会に訴え、人権の観点から北朝鮮を包囲したい。

哲也さん 限られたことしかできないが、政府との連携は重要。若い人へのインタビューを見ていても、(拉致問題を)よく知らない人もいました。日本人全体に認識・認知を広げるのも大事だと思います。

早紀江さん めぐみは未成年だったので、こんな学生が連れていかれたということで取材してもらっているが、拉致というのはみんな同じ。なかなか立ち直れない、拉致事件が何の罪もない人たちが連れ去られたということが、私だったかもしれないと思うことが必要。こんなに大変なことが長年行われ続けたということ。本当に一刻を争う日本の国家の問題だと思っています。

–これまでも対北朝鮮にどうでるかということについて、(家族の)名前の公表でも滋さんと意見が違うこともあったと思うが、その中で滋さんの強さは。

早紀江さん 北朝鮮の内情についてあまり知らなかったが、そういうところで名前を出してとなったときに、苦労してきたものがダメになったら大変だと思ったが、主人は20年間も何もわからなかったことを思えば、進まなかったらダメだという覚悟でやった。世界中が知ることになったことは、お父さんのやったことは間違ってなかったんだなと思います。

拓也さん 私たちは一般人、外交権も警察権もない。氏名を公表してこの問題を前に動かすというのは父の本能的な勘、それがようやくここまで大きく国民、世論の運動としてあと一歩のところまできているので絶対に止めてはならない。横田家の課題ではなく日本の問題として、報道も一枚岩になってほしいです。

哲也さん 報道に名前を出す出さないというのがあって、(実名という)父の意見が良い方向になり、今のようになっている。ただ、北朝鮮は人の命を虫けらよりも低いと思っているので、次の日に殺されていたかもしれない。「帰国したよ」と父に報告できることが、私たち家族の使命であり、日本国民の使命だと思います。

–棺に入れられたのは、めぐみさんのどの写真か

早紀江さん 病室にいつも置いて眺めていたうちの一つで、佐渡でうつした、ピンクのジャケットを着た写真。

拓也さん 正確には写真が写った新聞記事の紙を入れた。

–北朝鮮に求めていきたいことは

拓也さん 亡くなった有本嘉代子さんも「うちだけじゃダメなんだ」と言っていた。政府が認定している方、されていない方も含めて、今も助けを待っている。全拉致被害者の即時一斉帰国、この方針がぶれないように引き続き日本政府に強く働きかけていきたい。《産経新聞》

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【東京株式市場】

9日の東京株式市場の日経平均株価(225種)は7営業日ぶりに反落した。前日までの急速な株高を受けて相場の過熱が警戒され、利益を確定する売りが出た。円高ドル安進行も嫌気された。

終値は前日比87円07銭安の2万3091円03銭。東証株価指数(TOPIX)は2.29ポイント安の1628.43。出来高は約15億2158万株だった。《共同通信》

【COVID-19】

非正規解雇5000人に迫る

厚生労働省は9日、新型コロナウイルス感染拡大に関連した非正規労働者の解雇や雇い止めは見込み人数も含めて5日時点で4943人と発表した。5月29日時点は2366人で、約1週間で倍増。都道府県の労働局やハローワークに相談をした事業所から集計した。

労働者全体の解雇、雇い止めは2月から集計を開始しており、見込み人数も含め2万933人。2月~5月24日の集計では雇用形態別にカウントしていないため、非正規労働者数は4943人よりも多いとみられる。

2万933人の内訳を業種別に見ると、ホテルや旅館など宿泊業が4348人で最も多かった。《共同通信》

国内新規感染45人

国内では9日、新型コロナウイルスの感染者が新たに45人確認された。このうち15人は、成田空港での検疫で感染が判明した。死者は神奈川県の1人で、累計923人になった。

厚生労働省によると、空港検疫で感染が確認された15人は外国籍で、10~60歳代が13人、10歳未満が2人。全員症状はないという。15人のうち14人は7日にパキスタンから到着。残り1人はペルーやメキシコに滞在し、8日に同空港に着いた。

東京都内では、感染者が12人確認された。1日の感染者が20人を下回るのは3日連続で、累計感染者数は5408人となった。都によると、12人のうち感染経路が判明していないのは7人。接待を伴う飲食店の従業員や客ら「夜の街」関連の人はいなかったという。

大阪府では、宿泊施設での療養者2人が療養を解除され、4月14日の受け入れ開始以来初めて療養者がゼロとなった。感染者は2日連続で確認されなかった。《読売新聞》

【京都アニメーション放火殺人事件】容疑者が出廷

京都アニメーション放火殺人事件で、殺人や現住建造物等放火などの疑いで逮捕された青葉真司容疑者(42)の勾留理由開示手続きが9日、京都地裁で開かれた。容疑者本人が出廷したが、意見を述べなかった。昨年7月の事件時に大やけどを負っており、ストレッチャーに乗せられた容疑者が出廷するのは極めて異例。

京都地検は9日、青葉容疑者の事件当時の精神状態を調べるため、鑑定留置を京都地裁に請求し、認められたと明らかにした。期間は9日~9月10日。

開示手続きの冒頭、鵜飼奈美裁判官に名前を尋ねられた青葉容疑者は、横たわったまま「青葉真司です」と答えた。《共同通信》

【韓国、北朝鮮】連絡絶縁状態に

韓国統一省当局者は9日、北朝鮮が韓国との全ての通信回線で通話に応じていないと明らかにした。北朝鮮は脱北者によるビラ散布に反発し同日午前、南北間連絡の完全遮断を表明していた。南北関係改善を最優先課題に掲げてきた韓国の文在寅政権にとって痛手だ。

通信遮断は過去にもあり、北朝鮮の常とう手段といえる。ただ北朝鮮は緊張緩和に向けた2018年の南北軍事合意の破棄など追加措置も示唆しており、強硬姿勢をエスカレートさせる可能性がある。文政権は北朝鮮の意図を見極めながら、対話再開を模索する。《共同通信》

【香港】1000人がデモ

香港で政府への抗議活動が本格化してから1年を迎えた9日夜、香港中心部の金融街セントラル(中環)で若者らが政府への抗議デモを行い、道路を占拠して行進したため、香港警察が催涙スプレーなどで排除した。香港メディアによると、約1000人がデモに参加した。

一方、林鄭月娥行政長官は同日午前の定例記者会見で、中国が過激な抗議活動処罰のため香港への導入を決めた国家安全法制を巡り、機構設立など執行に向けた作業に着手したと表明した。香港、中国両政府の強硬姿勢に市民には無力感も漂うが、反発は根強く、抗議活動を抑え込むのは困難だ。《共同通信》



6月9日 その日のできごと(何の日)