平成348日目

平成元年12月21日(木)

1989/12/21

【ルーマニア】反政府デモが首都に

全軍出動の厳戒態勢下にあるルーマニアで21日、チャウシェスク独裁体制の打倒を叫ぶ反政府デモが初めて首都ブカレストにも波及した。ブカレストの西側外交筋などによると、デモ隊は一万人に膨れ上がり、威嚇射撃をする装甲車を取り囲み対じした。

チャウシェスク大統領が出席した官製野外集会にもデモ隊が割って入り、大統領演説が妨害されるなど一気に緊迫した情勢になった。各地でも反政府デモが続いていると伝えられ、改革に背を向け、不動の独裁体制を誇ったチャウシェスク政権は存亡の重大局面を迎えた。

一方、ユーゴスラビアの国営タンユグ通信が21日伝えたところによると、大規模な反政府デモが発生したルーマニアの首都ブカレストで同日、鎮圧に出動した警官隊がデモ隊に自動小銃で発砲、戦車が群衆に向けて突入した。

ブカレスト発の同通信電は、学生ら若者中心の数千人の群衆が多数の警官隊と戦車に取り囲まれ、この後警官隊が銃撃を開始したと伝え、目撃者によると多数の死傷者が出たもようだと報じた。

非常事態宣言が布告された反政府抗議行動の中心都市チミショアラでは、出動した軍隊の撤退が伝えられているが、政府軍と治安部隊との間でデモ鎮圧の際に衝突があったといわれ、厳しい国際的批判の中で体制内部に治安政策をめぐって亀裂が生じているもようだ。

西側外交筋などの話を総合すると、官製集会はブカレスト市中心部の共和国広場で同日正午(日本時間同日午後7時)から始まった。30分後、チミショアラのデモを非難するチャウシェスク大統領の演説に対し、若者を中心とするデモ隊が一斉に不満の声を上げ、妨害した。続いて爆弾騒ぎが起き、演説が中断した。

演説を生中継していたテレビ、ラジオ放送は、悲鳴音とともに放送を中断、音楽を流したが、3分後に演説中継を再開した。デモ隊は中心街のマゲール通りとビクトリア通りに集まり「チャウシェスクを倒せ」「自由を」「チミショアラ」と口々に叫んだ。これに対し、軍は装甲車を出動させ、空に向かって威嚇射撃を繰り返した。

ソ連国営タス通信によると、反政府デモに対し、治安部隊が自動小銃を構え一列に並び対じ、戦車も出動した。治安部隊は催涙ガスを使ってデモ隊を追い散らした。上空にはヘリコプターが旋回した。《共同通信》


チャウシェスク政権打倒を叫ぶルーマニアの騒乱は21日、首都ブカレストをはじめ全国主要都市に飛び火、群衆に対する治安警察部隊の発砲などで、新たに数十人の死者が出たもようだ。一部の地方では同日夜も治安部隊とデモ隊の衝突が続いているといわれる。

デモ隊スポークスマンは22日に構えている全国ゼネストで一部工場や企業がスト入りしたと表明しており、弾圧にもかかわらず反政府運動は一層強まる一勢いだ。

首都ブカレストで起きたデモ隊と治安部隊の衝突による正確な犠牲者数は依然不明だ。しかし、ユーゴスラビア国営タンユグ通信の現地からの報道によると、治安部隊の装甲車が学生グループをひいたり、自動小銃を発砲するなどして、少なくとも学生ら二十人が死亡した。また、ソ連国営タス通信も、装甲車がデモ参加者二人をひき殺したと伝えた。

ブカレスト市内では、同日夜から22日未明にかけても数万人の市民が市中心一部に結集、治安部隊が戦車を繰り出し、催涙ガス弾の煙が立ち込めた。

タス通信によると、治安部隊は22日午前1時(日本時間同9時)実力で排除行動を始めた。一方、ブカレストからの情報を総合すると、チャウシェスク退陣を要求するデモは首都のほか、黒海沿岸都市コンスタンツァ、中部シビウ、ブラショフなど、全国各都市に拡大。ブダペスト放送は同日夜、クルージ、アラド両市で「も治安部隊が発砲し、クルージでは三十人以上が死亡、発砲がなお続いていると伝えた。アラドでも死者が出たもようだ。

ハンガリー国営通信が同日夜、ブカレスト発で伝えたところによると、首都のデモはチャウシェスク大統領が演説するプカレスト市党委員会主催の官製集会が反体制デモに転化した。

中央委本部前の共和国広場で正午に始まった集会は、チャウシェスク大統領が演説を始めると間もなく、群衆の怒号で中断。大統領は演説を終えることができなかった。《共同通信》




【長崎】偽装難民の強制送還始まる

5月以降、九州、沖縄などに次々と漂着した中国人偽装難民のうち、中国側の引き取りが決まった第一陣301人が21日、強制送還のため長崎県大村市の大村入国者収容所を出発、午後4時すぎ、中国政府がチャーターした客船「長柏号」(7889トン)で長崎港から中国・福建省に向け帰国の途に就いた。《共同通信》

【高森和子さん】引退

NHKの人気番組「おしん」のしゅうとめ役など、多くの作品で名わき役として活躍した女優高森和子さん(57)が21日、引退を表明した。

昭和28年、大阪のNHK放送劇団に入団して以来の芸能歴にピリオドを打つ高森さんは、東京・渋谷のNHK放送センターで記者会見「役者として一番いい時に自然体で辞められるのは幸せ。未練はありません」と、さっぱりした表情。今後は著述業に専念するという。《共同通信》

【政界メモ】名人の贈り物に相好崩す

○…将棋の大山康晴・永世名人が二十一日、参院議長公邸を訪れ、土屋議長に高価なかやの木製の将棋盤と「平成記念名人ごま」を贈った。子供のころからの将棋好きで五段位を持っている土屋議長は思い掛けぬ訪問とプレゼントに「わが家の一家宝として大切にします」と相好を崩した。

逆転下初の本格論戦となった先の臨時国会を無事切り抜けた矢先だけに喜びもひとしお。名人から「いつもテレビで議長の落ち着いた姿を見ています」と持ち上げられた土屋議長「おかげでスムーズにいきました。今後も国会運営に当たっては指し方を間違えないようにします」と、名人のお株を奪う答え。これには大山名人も苦笑い。

○…社会党の山口書記長はこの日朝、同党にとって歴史的な韓国訪問を前に、都内で開かれた四野党と連合との懇談会に出席。議題のはずの選挙協力はそっちのけで冒頭から訪韓論議を展開、「向こうでは桐生高校(群馬)の同窓生がたくさんいて、今晩一杯やるのを楽しみにしてるんです。飛行機も最初は別の会社にしようとしたが大韓航空機にしたんですよ。きょうは朝早くから夜遅くまで働かなくては」と得意満面。

しかし、つい調子に乗り過ぎたのか公明、民社の両書記長に向かって「韓国に行ったことがありますか」と余計な一言。両書記長から「私は一回」「私は二回」と即座にやられ、さすがの山口氏も沈黙。《共同通信》




12月21日のできごと